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マドリード労協連(UCMTA) での研修について |
マドリードの街並 |
日本労働者協同組合連合会センター事業団 菊地 謙 |
1996年から始まったマドリードと日本の労働者協同組合の相互研修交流プログラムの一環として、1997年5月25日から約2か月間、私はマドリードの労働者協同組合連合会(UCMTA = UNION DE COOPERATIVAS MADRILENAS DE TORABAJO ASOCIAD)での研修に派遣されました。前年の同時期には、マドリードのCES(セス)という歯科協同組合より、アナ・ヒルサンスさんが来日しており、今年は日本から研修生をマドリードへということが以前より約束されていました。私自身、93年に、CICOPAの会議に参加するためスペインを訪れた際にマドリードの労協連事務所には行ったことがありましたが、スペインの労協については実際のところほとんど予備知識もなく、言葉の問題も含めて非常に不安をもっての出発でした。
マドリードでの研修の内容は、当時、毎日E−MAILの日報という形で日本の労協連本部に報告し、一部は「日本労協新聞」にも掲載されましたので、ご覧頂いた方もいると思いますが、ほとんどの部分は未発表です。すでに3年ほどが経ち、情報という点ではいささか新鮮さに欠けるのですが、協同総研のWEBが立ち上がり、会員への参加を呼びかけているこの機会に、まとめて発表させていただきます。
私が研修したのは、スペインの中でも首都マドリードを中心とするマドリード州の労働者協同組合の連合会でした。スペイン国内には地方ごとに労働者協同組合の連合会が存在し、マドリードの連合会は、バスクやカタルーニャ、バレンシアなどの地方に比べると規模的には小さく、一単協あたりの組合員数は10人以下が平均で、製造業よりはサービス業が主体となっています。
歴史的経緯については、詳しくは分かりませんが、訪問した各協同組合で聞くところによれば、よりよいサービスの提供を目指して、専門家が集まって協同組合をつくった場合や、大学を卒業した若者が仕事を起こすためにつくった場合などが多かったように思います。その他にも、社会的・時代的な背景のなかで様々な社会運動から出発しているようなところも訪問しました。それらの単協が300程集まり、連合会を形成しているわけですが、連合会自身の役割も、日本の労協連のそれとは大きく違いっています。
マドリード連合会の機構は「組織図」の通りですが、なかでも特に教育訓練部門に大きな力を入れている印象を持ちました。実際に講座の見学もしましたが、失業者向けの講座のほかにも企業で働く労働者向けの講座や、経営に関する専門的な講座など種類も多く、国家やEUの公的資金にの援助をかなり受けているそうです。特に失業者向けの職業訓練講座は無料で、スペインの失業対策の一端を協同組合が担っている実態を見ることができました。
連合会には毎日1件から2件の問い合わせがあり、昨年(96年)実績で17の新しい労協の設立に援助をしたとのことですが、日本の連合会のように、直接、労協をつくるという機能は持っていません。もちろん法制度があることがいちばん大きな違いだと考えられますが、どちらかというとマドリードの連合会は、各単協の代表としてEUや政府、自治体、政党、労組などに対する窓口となり、少しでも多くの社会的資源を社会的経済部門または労働者協同組合セクターに振り向けさせるための活動を中心に置いているように思えました。ちなみに連合会費は5〜10人の組合で80,000ペセタ(1ペセタ=¥0.85)、50人以上の組合で300,000 ペセタということだそうです。
研修は、ほぼ毎日、マドリード市内や近隣の連合会加盟単協を訪問し、そこの代表の方や担当者から話を聞かせてもらうという形で行いました。スペインの現在の法律では、最低5人(97年中に3人まで引き下げられる予定)の組合員で出資金の下限なしに協同組合を設立することができ、特に25歳以下の若者が設立する場合の補助金制度、失業者が設立する場合の失業保険の一括給付の制度などの他、税制の優遇措置があるため、比較的容易に協同組合をつくることができます。そのため、日本に比べると多種多様な労働者協同組合があり私が訪問したものだけでも以下のようなものがあります。
・「ADEIA」法律家の協同組合
・「SERYES」協同組合向け保険会社
・「PROMETEO」若者のコンピューター関連協同組合
・「CEMO」歯科の協同組合
・「CES」歯科医の協同組合
・「CPF Pablo Iglesias」家族計画の協同組合
・「EDUCADORES ANTAVIANA」養育放棄された子供たちの施設の協同組合
・「ASAMBLEA」平和運動のNGO組織
・「モンテホ村」「トレモチャ村」老人ホームを中心とした協同組合複合体
・「MIL」精神的障害のある若者の協同組合病院
・「PANGEA」自然教育と野外活動の協同組合
・「HELECHOS」造園業の協同組合
・「GARCIALORCA」「FUENLA JARDIN」造園業の協同組合
・「PRO−EMPLEO」失業者の仕事おこし協同組合
・「Las Lagnas」公園とレジャーの複合協同組合 他、計約20か所
その他にも各種の会議への参加や自治体・労組・政党などの訪問等、2か月にしては結構ボリュームのある日程でした。毎日違った目的を持った違った協同組合を訪問し、違った人に会って専門的なことも含めて外国語で話をするというのは、結構タフでないと続けられないというのが実感です。
私が訪ねた協同組合の特徴でいうと、まず第一に、先にも書きましたが、専門知識や技能を持った人たちの小規模な組合であるということです。自分が学校等で学んできた知識や技術を生かして仕事をするために協同組合を設立した、というケースが多く、例えば、私がマドリードで通っていたスペイン語のクラスは、3人の女性教師による外国人向けの語学学校で労働者協同組合として運営されていました。
また、マドリード郊外にのある街では、「PANGEA」という子供向けの自然教育や環境教育を行うグループを4,5人の若者が協同組合で運営していました。全般にどこも家族的な雰囲気で私の突然の訪問にも親切に対応していただき、熱心に話をしてくれました。
もう一つの特徴は、公的なセクターとの関係が深いということです。これは、日本に比べてということなので、必ずしも行政にべったり依存しているということではありませんが、そうは言ってもスペインも資本主義経済の国であり、労働者協同組合が担っているのが福祉や環境や文化といった採算性の高くない分野である以上、自治体等の支援を要請するのは当然のことなのかもしれません。話をしていてよく耳にしたのは、社会党や人民党といった政党との関係で、地方政府でもどの政党が政権を取るかによって協同組合に対する政策が大きく変化するので大変だという話でした。
協同組合や社会的経済といったものにに対する社会的認知度がそれだけ高く、政府の政策のなかに位置づけられている現れであるようにも思いますが、一方でEU通貨統合による経済圏の拡大を前に、規制緩和や民営化の嵐が吹き荒れるなか、いかに社会的経済部門を守り、拡げていくのかが課題であるようでした。
日本で言えば超過疎地域の人口200名ほどの村で、協同組合が老人ホームをつくり、村の自治体と協力して雇用問題も含めての村おこしをそのホームを核として行っている「モンテホ村」や「トレモチャ村」の実践はその先進的な例でしょうし、フエンラブラダという市の女性向けの職業訓練コースの受講者が卒業後に造園業の協同組合をつくり、街の公園管理を行っている「FUENLAJARDIN」という組合なども興味深いものでした。
どこの協同組合を訪問したときも「なぜ協同組合という形式で運営するのか?」という点にこだわって質問をしたのですが、「MIL」という若者の精神病院協同組合のリーダーは、「より安い価格で高い質のサービスを提供することは営利企業では不可能で、なおかつ専門性と責任の点からいうと、社会サービス部門は協同組合が担うのが一番良いと考えている」というように答えていました。
この病院の場合もそうですが、特に福祉サービスに関する事業では、初期の1、2年は組合員が全く無給で働いて資金を作ったなどという話は珍しくなく、法律的な保護や政策上の問題もあるでしょうが、やはり協同組合に対する確固たる信念がある人たちが努力をして作り上げてきている、ということが感じられました。
とにかく、スペインと日本、同じ労働者協同組合といってもその背景にあるものから国民性も含めた人間の考え方まで大きな幅があります。その意味では、日本の労働者協同組合で働いてきた私自身にとっても頭のなかを整理することができた貴重な日々でした。今後も日本以外の国の労働者協同組合の人々と交流することで、日本の労協運動を様々な視点から見直してみる機会が必要であると感じています。今回が今後の国際的な交流活動の第一歩となれば幸いですし、できることならもっと長い期間、テーマを絞って行うことが必要であるようにも思います。
最後に、私の2か月間の研修のために、力を割いてくださったマドリード労協連のルベン・ビジャ理事長を始めとする皆さん、不在のあいだ私の仕事を分担していただいた日本の連合会とセンター事業団の皆さんにこの場をお借りしてお礼を申し上げます。