厚生労働省 平成26年度セーフティネット支援対策事業(社会福祉推進事業)

一般社団法人 協同総合研究所平成27(2015)年3月 作成

 

はじめに

本冊子は、厚生労働省の平成26年度社会福祉推進事業の「生活困窮者自立支援法に基づく学習援助事業その他の子ども・若者の貧困防止に関する事業の実施・運営のあり方に関する調査・研究事業」の報告書です。

この報告書で語られている実践は、地域の中で多くの周りの人たちを巻き込みながら、進められています。それは端的に言えば、アウトリーチの学習援助事業にとどまらず、子ども・若者と地域を結びつける社会的包摂(ソーシャルインクルージョン)の市民運動であり、社会運動だと思います。

学習援助にせよ社会的包摂にせよ、その取り組みの前提には必ず排除する側や「仕組み」の存在と社会や学校から排除された当事者が存在するのであって、個人責任には帰結できないものがあります。したがって、学習援助・社会的包摂の事業は決して単なる「支援するもの、支援されるもの」「スタッフ、利用者」のパラダイムで完結するものではありません。ここに現場でのさまざまな苦悩と努力があるのだと思います。

社会的排除・疎外、貧困の克服の政策実施に当たっては、当事者をはじめとして家族やその周りの人たち、一緒に問題に関わっている人たちに、その政策実現の権限付与(エンパワーメント)があるか否かが決定的に重要です。このことは、今年(平成27年)4月からの「生活困窮者自立支援法」実施の中で、「困窮者支援を通じた地域づくりも目標の一つ」としている問題に関わることになります。

では、学習支援の場合、子どもに何をエンパワーするのか、という疑問が出てくるかもしれませんが、これこそが実は重要な課題であると思われます。その一つの事例が本報告の韓国調査において地域児童センターの「こども自治」の実践です。自治は集団による主体形成の基本です。そして自治は市民教育でありデモクラシーの形成の基盤に関わるものですか

ら、民法の成人年齢や選挙権年齢を18歳に引き下げる論議、これは「学歴」とは全く無関係〜義務教育の範囲、と密接に関連していると思います。

世界的には、貧困克服と教育等の問題を結びつけて活動している有名な団体にBRAC(Bangradesh RuralAdvancement Committee)という民間非営利組織があります。BRAC を紹介した最新の本に、アマルティア・セン、ビル・クリントンとともに安倍晋三さんも推薦されている『貧困からの自由』(イアン・スマイリー著、明石書店、2010年10月刊)があります。

この本ではBRAC に強い印象を受けたデーヴィッド・コーテン氏のまとめを紹介しています。「よくある過ちは、行動計画にしっかりと準拠することが農村開発に携わる機関にとって望ましい性格だと思い込むことである。実際に必要なのは、創造的な変化のプロセスに継続的に関わっていく能力を持った組織、過ちに建設的に対処する能力を持った組織なのである。」(下線は引用者)

コーテン氏はこれが「学習する組織」(ピーター・センゲ)の最大の特徴だと言っています。思いますに、「学習支援する組織」なら自らが「学習する組織」でなければならない。協同総合研究所が推進する「協同労働」の立場からすれば、「組織」は「働く人や人々」と読み直し、自らの成長を地域社会の改革に携わる視点で、本報告書のテーマを見ていくことになります。すなわち、当事者と一緒に活動した人・人たち、私たちがこの過程でどう変わっていったかも重要な関心事です。

イタリアには、これらのような事業活動を進める「社会的協同組合」があります。もともとが1970年代末に精神科病院を廃止され、地域で健常者と一緒に生活するコムニタから発展した協同組合ですが、今は青少年の生きにくさの克服に対応する等幅広い事業も行っています。ほとんどがワーカーズコープ形式で運営していますので、当事者と健常者が対等な立場で働いています。必要に応じてはマエストロ(その手の達人)のボランティアによって職業訓練も行い、ワーカーズコープを立ち上げます。

本報告書が、様々に可能性を拡げる一歩になることを願ってやみません。