『協同の發見』2002.3No.117
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協同のひろば
「ワーカーズフォーラム2002」参加記

岡安喜三郎(埼玉県/協同総研専務理事)

 2002年の3月3日、新横浜のコープかながわユーホールで、ワーカーズ連絡会が主催する「ワーカーズフォーラム2002 〜 私たち楽しくはたらいています」が開催され、連絡会に加入するキュービック、愛コープグループ、NPO(うらら、ふれんど)の組合員、コープかながわの組合員が110人ほど参加し、今までの歩みの確認と今後の夢を語り交流しました。
 この報告におけるパネリストの発言要旨はフォーラムにコーディネータとして参加した筆者の責任において報告するものです。


はじめに


 ワーカーズが発足して12年、年々大きくなり仲間が増えてきています。このように組合員が一堂に会して集いを行うのは初めてだそうです。ワーカーズ連絡会は現在25のワーカーズで構成され、内キュービックが企業組合の法人、うらら、ふれんどの2つがNPO法人を取得しています。コープかながわ(生協)の組合員が主体のワーカーズコープで、その仕事も気持ちもコープかながわとのつながりが強いものとなっています。
 一方で、ワーカーズも当初から発足に携わった人たちが年々減少し、新しく参加してきた人たちが多数を占めるようになり、ワーカーズとは(注1)について立ち上げ時期より意識されなくなってきていることが長い経験のリーダーの悩みになってきていました。いわゆるリーダーへの依存傾向をどう克服するかの課題でもあります。極端には「雇用でもいいからキチンとした保障を」との声も出る場合があるそうです。
 フォーラムはこのような状況の中、あらためてワーカーズの歩みを振り返り、組合員のヨコの交流を深めて、今後の21世紀を歩みたいとの想いから開催されました。フォーラムは3部構成で行われました。


コープかながわの講演


 第一部はコープかながわの常務理事木下長義さんから「ワーカーズコープに期待すること」と題した講演です。コープかながわにおけるワーカーズコープの誕生と展開を踏まえて、ワーカーズコープの課題と発展の方向性について、参加者に問題提起がありました。

(1) 真の自立・自発的組織としての基盤確立と労働の課題化、生協とのパートナーシップ
(2) メンバーの拡大と意識の多様化、協同労働への理解をめぐって
(3) 社会的貢献と社会的認知、法的整備などの環境作りと社会的地位向上のための運動


コーディネータの問題提起


 第二部はパネルディスカッションです。
 コーディネータとして参加した岡安の方から、私が何故ここに参加しているかの自己紹介の後、様々な生協や企業の経営を見てきて、その成否を判断するには4点ほどのポイント――ビジョンがありそれを共有して運営しているか、サービス・運営に必要な技術をきちんと身につけているか、コミュニケーションを基礎にした働く者どうしの信頼関係があるか、これらを推進するリーダーシップが存在しているか――があることを紹介し、事業組織の力と言った場合は、P-D-Sサイクル(計画−実行−見直しのサイクル)に第一義的な意味があるのであって、ツリー構造などの組織形態は一つの便法であり、それが第一義的なものではないとの視点から、このここに臨みたい旨発言してパネルディスカッションを開始しました。


ワーカーズ発足時の想い


 まず、パネリストから自分たちのワーカーズの発足当時を振り返り、当時の想いを語ってもらいました。
 連絡会の中では最初に発足した(1990年2月)ワーカーズの愛コープからは内浜洋子さん(ワーカーズコープ愛コープ藤沢理事長)が発言しました。内浜さんは、コープかながわのホームヘルプ推進事業の活動に「面白そう」と参加しているうち、愛コープ(分割前)設立の発起人になったこと、組合員も助け合いボランティアからの参加が多いのが愛コープの特徴で、段々大きくなり500名のヘルパーさんが参加する規模になり、「顔の見える運営」を大事にするため、行政区毎に独立(18に分割)して、4年たったことを報告しました。
 1ヶ月遅れで発足した(1990年3月)キュービックからは内井みち子さん(企業組合ワーカーズコープ・キュービック専務理事)が発言しました。内井さんはコープかながわの組合員理事が任期終了後に何か、とりわけコープで学んだことを生かした活動ができないものかが動機であったこと、神奈川にあった生クラのワーコレを参考にコープの中に働く場をつくる――それもパートではなく――ことが立ち上げの想いであったことを発言しました。その中で「やりたいことで参加する」ことが重要であったと振り返っています。
 川崎の助け合いNPOとして3年半経った(1998年)‘うらら’からは山県京子さん(NPO法人ふれあいワーカーズうらら理事長)が発言しました。山県さんは助け合いで地域に出て行くためにはボランティアでは不十分だ、ワーカーズで立ち上げようと、ホームヘルパー養成講座をコープかながわ野川店で受講し立ち上げたこと、現在自主事業、コープからの委託、市からの委託、介護の「4つのワラジ」が事業内容であること、NPOは縛りもないがメリットもないこと等々を報告しました。


今言えること


 それぞれに立ち上げの想いは様々ながらも、ワーカーズとして喜びあり、苦労ありは同じでした。今に至ってどうだったのか。
内浜さんは「愛コープはワーカーズらしくない」と言われるしそうも思える、ここにスタートのまずさがあったと思うし、時には「愛コープはなくなるよ」と言われながら、「なにくそ!」の想いでやってきた。やめたいと思うこともあったが、ずーっとやってきた理由はやはり「好きなんだ」ということがあったと振り返り、今はやってきて良かったと思っていると述べていました。
それは、仲間との出会い、利用者さんとの関わりという実感にあると言います。一人ひとりの身になって介護・助け合いの対応ができる、仲間と話し合っている、これはワーカーズだからできることだと強調していました。そういう点では、地域で何ができるかという運動論が弱いとも自己評価していました。
 内井さんは立ち上げ時に2つの仕事をしたことが大変勉強になったといいます。まずは立ち上げ時の「さくらの学校」のテキスト作りで、これは理事をやっていたので比較的得意な分野と言えた。その後アンケート5万人発送、いわば単純作業。ここでメンバーの個性が分かってきた。テキスト作りは得意でも発送作業は30分で飽きる、またその逆の人。
それぞれの仕事で得手、不得手があるのであって、即評価ということにはならない、そのことが分かればお互いにカバーしあえる関係を作ることができる。今3カ年計画をみんなでつくる取り組みを進めている。人によっては子供の世話、介護する家族がいる、キュービックは助け合ってみんなでやるという良さの再認識をすすめたい。神奈川全域にキュービックをの思いを発表しました。
 山県さんはNPOだけれども、なぜワーカーズにしたのか、それは地域が良くなって、みんな一人ひとりが良くなってとの想いからそうした(ワーカーズにした)ことを紹介し、運営が面倒であっても話し合いを大事に運営を進めてきたこと、全体運営費もしっかり当てて今20歳台のスタッフも置いている現状を述べていました。
同時に、社会保障や働き方の法的整備について言及しました。自分は『夫が稼ぎ、妻が使う』でやっていても、しばらくして自分の子供がヘルパーで働こうとした時、何も社会保障がないということに愕然とする、この働き方を社会的に認めないというのはおかしい、ぜひ協同労働を認める法的整備が必要と山県さんは強調しました。


今後の夢・感想


 最後に今後の夢を語って頂きました。「コープかながわの店でヘルプ活動の受付ができる」(内浜さん)こと、「どんなレベルの仕事でもコープの組合員に繋がっている、フィードバックのある関係づくり」(内井さん)、「分配金を地域に返し、高齢者・障害者を見守る新しい拠点づくり」(山県さん)と、夢の拡がる「ワーカーズフォーラム2002」でした。
このフォーラムに参加してふと思ったことがあります。20世紀は「女の自立」がテーマになって運動がありましたが、もしかすると21世紀は「男の自立」が遅かれ早かれテーマになるのではないかということです。20世紀は「会社人間」こそが自立の証となるような時代でしたが、21世紀は「社会人間」が自立した人間となる時代です。そうなると、21世紀は「男の自立」がテーマとなる世紀と見るほうが現実的、と男である私は感じてしまいました。これはフォーラムの最後の私のまとめでした。
 最後に第三部はお茶・ケーキ・お楽しみ「くじ引き」で楽しく交流し、散会しました。


注)1 ワーカーズとは(ワーカーズ連絡会案内より)
@ 人に雇われるのではなく、自ら出資して、自ら働く場を作り出し、自らが働き、主体的に経営の意思決定に参加していく「働く人の協同組合」。
A コープとの関わりを持ちながら、コープの活動や事業領域、そして地域で活動します。自分自身を生かす仕事、コープの発展に貢献、地域に貢献する仕事です。そして非営利の事業です。
B 提供する「労働」に見合った報酬を得ることができます。「報酬」に見合った「サービス」と「質」が求められます。
C 事業内容は、コープの事業、活動に関連しているとともに、一方で独自事業の開発にも努力します。

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