『協同の發見』2000.8 No.99 総目次

大分のケアワークタクシーと地域おこしを訪ねる旅

手島繁一(協同総研常任理事/法政大学)
 協同総合研究所ではここ2年ほど、九州・山口地区の会員を主な対象にして「会員の集い」を開催してきたが、今年は全国の協同総研会員、そして協同組合運動に関心を持つ方々に呼びかけて「大分のケアワークタクシーと地域おこしを訪ねる旅」を企画した。以下はその報告である。

■プログラム

 今回の調査旅行のプログラムは以下の通りであった。

<7月15日>
13:00 日田駅前集合
13:30 〜 15:00 日田ケアタクシーの聞き取り調査(新三隈タクシー TEL 0973-24-2808)
16:00 〜 18:30 下郷農協の施設および鎌城地区の農家見学
19:00 夕食交流会 民宿「淵の上」 
    
<7月16日>
9:30 〜 12:00 下郷農協の施設(牛乳工場、加工品工場)見学会および聞き取り
12:30 〜 14:00  日田市皿山地区小鹿田焼見学
15:00 〜 16:30  研究会
(1)「労協法制定に向けて」---手島繁一(協同総研)
(2)「福岡高齢協の1年」---蕗谷鷹司(福岡高齢協専務理事)

 調査の眼目は「労協法制定」問題を別にすれば、(1)ケアワークタクシー、(2)下郷農協、(3)福岡高齢者福祉生協の三つであった。このうち、下郷農協については、阿部誠さんが詳しい報告を書いているので、ここではケアワークタクシーおよび福岡高齢協についてのみ、報告する。

■ケアワークタクシーの試み

 大分で展開されているケアワークタクシーは、日田市のタクシー4社の共同事業として展開されている。4社とは、日田タクシー、イサゴタクシー、日田観光、新三隈タクシーである。事業の中心になったのは新三隈タクシーであり、ご存知、労働争議の中から立ち上がった労働組合による自主経営体である。新三隈タクシーは今年、開業26周年を迎えた。
 さて、新三隈タクシーがケアタクシーを事業として展開することに向けて検討を開始したのは、昨年11月の労使協議の席からであった。その後、労使それぞれの場で検討が加えられ、さらにヘルパー講座の実施、ヘルパー資格者との懇談会などの手順を経て、今年2月1日から正式スタートとなった。
 スタートに当たって労使が合意したのは、次の諸点であった。
(1)「ケア(介護)タクシー」の事業化を図る。事業は4社(日田タクシー、イサゴタクシー、日田観光、新三隈タクシー)の共同事業とする。そのサービスの内容は、移送に伴う介護や介助を中心とする。
(2)ヘルパー資格者による「ヘルパードライバー協議会」を設ける。各社でヘルパー責任者を専任する。
(3)事業化したことにより、そうしたお客さんに対して、通常予約の場合に失礼のないよう、各社と労働組合で教育・指導を徹底する。
(4)「ケア(介護)タクシー」は、特に外出に不自由をしている高齢者に外出の機会を作ることを通じて、元気になっていただきたいとの願いから出発する。
 実際にケアタクシーがどのように展開されているのかは、本誌5月号の高野修さんの報告に詳しい。参照されたい。
 今回の調査旅行では、新三隈、関、宇佐参宮の大分自交総連傘下の3タクシーの幹部、従業員の方との懇談の席が設けられたが、その席上問題になったのは、主として経営問題であった。
 日田などの比較的狭い地域では、お客との関係は日常的あるいは閉鎖的であり、介護という新しいサービスを改めて利用しようという層が少ないという問題である。さらに、介護保険制度が始まってみると、病院などの医療法人、老健施設などを運営する社会福祉法人、さらには自治体までもが、顧客を確保するために、移送サービスを直営化する傾向が強まっている、とのことである。介護保険制度が、介護サービス提供者の競争を促し、結果としてタクシーなどの従来の輸送サービス提供事業者が苦戦するという構造になっているのである。地元の公衆衛生関連の教育機関が、最近「日田市内におけるケアタクシーの現状」というレポートをまとめたが、それによると、日田における2,3月のケアタクシーの利用回数は7回にすぎなかったという。
 さて、この隘路をどう打開するか。
 先のレポートでは、「ケアタクシーの知名度を高めるために、宣伝媒体を工夫する」ことが提言されている。
 さらに、同じ大分県でも大分市をエリアとする「大分タクシー」の事例が注目されている。「大分タクシー」は、ヘルパー資格を取得した乗務員が有料で入浴の介護をするサービスを始めているが、このサービスに介護保険が適用された。同レポートではこうした事例との比較で、「日田のケアタクシーではタクシー業務(運搬)中心であり、運搬は保険外であるために介護保険適用は受けていない」と指摘している。
 高齢者が自由に移動できる権利を高齢者福祉に不可欠の権利として社会的に認めさせること、権利要求に基づく介護保険制度の改善・拡張を図ること、という社会的運動が必要なゆえんである。
 それとともに、自主経営の運輸サービス提供事業体が、サービスの領域や事業の領域を見直し、新たなサービスや事業へ挑戦することが期待されるところである。
 研究所としても「ケアワークドライバー研究会」の課題を拡延し、積極的な支援を工夫したい。

■福岡高齢協の挑戦

 福岡高齢者福祉生協は、95年10月、全国4番目の高齢者協同組合として設立された。99年4月12日に、福岡県から生活協同組合として認可され、現在の名称を名乗ることになったのである。
 高齢協としての設立から生協認可までの経由は、本誌第92号に武田正勝さんが書いておられるので、参照されたい。
 さて今回、蕗谷さんが報告したのは生協認可以後1年間の活動についてであった。詳細なレジュメが出されているので、いずれそれを元にした報告が掲載されることと思う。わたしが感じたことをメモ程度に記しておきたい。
 福岡高齢協が直面している課題は、日田のケアワークタクシーの場合とはヤヤ位相を異にしている。事業やサービスの展開や経営の問題ではなく、組織の整備課題である、というようにわたしは見た。
 経緯に複雑な問題がありそうなので、にわかに即断は出来ないが、法人としての性格と組織実体との乖離、高齢協県本部と各地域事業所との関係、高齢協と労協との関係、および一般に運動と経営との関係など、本来組織発足以前に検討整備しておくべき課題が解決されないまま組織が発足してしまったための諸問題があるようである。
 今年度になって福岡高齢協は以下のような意思統一を行っている(「2000年度機関・執行体制の確立と運営について」)。
(1)私たち福岡高齢者福祉生活協同組合は、法律的には「生活協同組合」ですが、実態的にはワーカー(仕事おこし・福祉労働者)の協同組合と生活者(とりわけ高齢者)の協同組合の結合・複合的協同組合として位置づけ、その立場から理念を掲げて実践します。
(2)協同組合としての組織の民主制と運動性、事業・経営の社会性と合理性を重視し、いずれか一面だけに偏ることのないよう留意します。
(3)法人として関連法(生協法、介護保険法、他)に従い、行政指導(模範定款他)と連合会の指導に留意します。
(4)略
(5)組織・事業の全県一組織としての一体性と各地域毎の自立を前提に全県と各地域事業所毎の意思決定機関と執行体制を確立します。
(6)三つの学習と認識の統一が必要です。
・社会運動としての協同組合(ワーカーズコープと生活協同組合)運動について(歴史、理論、法)
・高齢者問題と福祉運動・事業(考え方、法、事業)
・経営(損益計算書、貸借対照表)について
 こうした確認がどのように実践の実として結実するのか、多いに関心があるところではあるが、同時にまた、同種の問題が各地の高齢協で共通して存在していることも事実であろう。研究所の出番ではないだろうか。


■「旅」を終わって

 今回の調査旅行では、新三隈タクシー、関タクシー、宇佐参宮タクシー、下郷農協、福岡高齢協の皆さんに大変お世話になった。改めてお礼を申し上げたい。また、わざわざナガサキから参加していただいた吉田省三さん(長崎大助教授)、さらに今回の旅をコーディネートしていただいた阿部誠さん(大分大教授)には特別の感謝を捧げたい。ありがとうございました。今後もよろしく。
 実は今回の旅を準備して下さったのは協同組合ASKの松岡さんであったが、彼はその準備の途中で体調を崩して入院された。一刻も早い本復を祈ってます。

8月号目次協同総合研究所(http://JICR.ORG)