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欧米諸国の労働者協同組合法制
堀越 芳昭 (山梨学院大学)
【はじめに】
本稿の課題は、「労働者協同組合法案」および「日本協同組合法制」の検討にあたって参考になるように、欧米諸国における労働者協同組合法の比較検討を行うことである。とりあげる国々は、イギリス、フランス、ドイツ、スペイン、イタリア、ポルトガル、ロシア、カナダ、アメリカ(マサチューセッツ州、ニューヨーク州、ワシントン州、カリフォルニア州)の9カ国(アメリカは4州)である。
ここで主に取り上げる内容は、協同組合法制全般をも視野に入れて、@労働者協同組合の根拠法と法制上の特徴、A労働者協同組合の定義・目的、B労働者協同組合に独自の就業条件に関する規定、C不分割積立金規定、D協同組合原則との関連、E国等の促進義務や優遇税制その他であるが、可能な限り各国の協同組合法制の沿革や背景などにもふれていきたい。本稿によって、世界の協同組合法および労働者協同組合法の主要な動向を把握することができると思われる。しかしながら、以下の記述は、国々によって情報量や研究調査に多少があり、その内容に著しい精疎があることを否定することはできない。今後の調査研究に委ねられるところが多いことも承知願いたい。
ところで、「統一法」、「基本法」などの用語の使用法について、あらかじめ確認しておきたい。ここで、「統一協同組合法」ないしは「統一法」とは、金融分野など一部例外があるものの、基本的にはあらゆる種類の協同組合を規定した協同組合法であり、単独法となっているもののことである。イギリス法、ドイツ法、スペイン法、カナダ法、アメリカ・ニューヨーク州/ワシントン州法がそれにあたり、種類別の個別法はその場合通常存在しない。また、「協同組合基本法」ないしは「基本法」とは、協同組合の基本的枠組みを規定するものであり、フランス法、イタリア法、ポルトガル法がそれに相当し、この基本法とは別に各種の「個別協同組合法」ないし「個別法」があるもののことをいう。これとは別に「協同組合一般法」または「一般法」という言い方があるが、それは上記の意味の「統一法」の場合があったり、「基本法」の場合があったりする。「一般法」という場合は、特殊法に対する一般法であって特殊法が前提とされる。そうであるならば、「一般法」とは上記の「基本法」に近いものということができ、ここでは、そういう言い方はとらないこととした。
(1)「産業節約組合法」(1852年→1965年)-(略)-
(2)「産業共同所有法」(1976年)-(略)-
(3)「イギリス協同組合法案」(1997年)-(略)-
(略)
このようにフランスは、イギリスの統一法ともドイツの統一法とも異なって、協同組合基本法と各種協同組合の個別法からなっている。このようにみてくると、1947年の基本法は、各種の個別法を前提として成立したのであり、その成立経緯を探ることは、個別協同組合法の分立的な協同組合法制の日本に参考になるものと思われる。今後の研究に期待したい。
ドイツは信用組合および農業協同組合の母国とされるが、1889年「産業経済協同組合法」が成立し、1985年その大幅な改正が行われている。同法はわが国「産業組合法」(1900年)の母法となったものである。同法は統一協同組合法であり、労働者協同組合ないしは生産組合に関する特別規定または個別法は存在しないが、その第1条によって、協同組合の種類を規定し、生産組合を設立することができる。また、同法は「不分割積立金」に関する規定を当初よりもっていることにも注意を向けたい。以下のとおりである。
「産業経済協同組合法」(1889年成立、1985年改正)
(略)
イタリアの協同組合法制は憲法→民法→各種法からなっている。イタリア共和国憲法は、第45条で協同組合の役割とその保護を宣言している。民法の協同組合規定は協同組合法の基本法に相当し、その上で、産業政策・社会政策・雇用政策等の必要から各種の特別法が制定されている。それらには、不分割積立金の非課税措置、労働者協同組合の優遇税制、労働者協同組合を通じた雇用支援融資(時限法)および「社会的協同組合法」が含まれる。
なお、監督、登記、中央協同組合委員会、相互扶助要件、所轄官庁の義務などを規定した1947年の「バゼービ法」(1949年、1950年、1951年、1971年改正)や組合員制度の修正、相互扶助基金などを規定した1992年法は、基本法の改正ないしは追加という性格を有しているといえよう。
1991年成立した全12条の「社会的協同組合法」は広くヨーロッパ各国で注目されている。
それは、同法が福祉サービス分野の協同組合法であり、サービス供給者(生産者)、サービス利用者(消費者)およびボランティア組合員の複合組合員制度を可能とし、自治体の財政的支援を行うところに新しさがあるからである。わが国にも参考とされるべき重要な協同組合法である。以下、民法および各種の法の概要を記しておく。
(略)
このように、イタリアの協同組合法制は憲法→民法→基本法的追加法→政策法→個別法の積み上げによって壮大な体系をなしている。そして、組合員の要件、相互扶助要件、優遇税制要件、不分割積立金規定、そして社会的協同組合法など協同組合の基本事項が一つづつ定式化されて今日に至っている。とくに「社会的協同組合」は福祉サービスのための協同組合で、2種類の形態を可能とし、このうちb)型の場合は、ハンディキャップをもった人と専門職員とボランティアの三者で協同組合を構成するという複合組合員制度を採用しているところに注目したい。日本にとって最も参考になるものの一つであろう。
スペインの協同組合法は全163条の統一協同組合法であり、その中に12種類の協同組合についての特別規定がある。労働者協同組合は「協同労働協同組合」として規定されている。各種協同組合に共通する一般規定では、勤労組合員・利用組合員・賛助組合員の複合組合員制度を可能とし、不分割積立金の規定、協同組合組合間協同の規定、国・行政の促進義務等が注目される(なお、各州法として、1982年バスク州法、1983年カタルーニャ州法、1985年アンダルシア州法、1985年バレンシア州法がある)。
スペイン協同組合法は、協同組合原則との合致、不分割積立金規定、そして「協同労働」の定義、労働者協同組合の独自規定など、わが国が参考とすべきところが多い。同法の主な条項は以下のとおりである。
「スペイン協同組合法」(1987年)
(略)
この「協同労働協同組合」の目的、そこに含意されている、雇用労働でもない、自営業者でもない、「第三の労働」たる「協同労働」の概念を提示しているといえよう。そしてまた、協同組合法の中のいくつかの就業条件に関する諸規定に注目したい。この就業条件に関する諸規定はわが国の労協法立案においても参考になるであろう。
ポルトガル協同組合法は、全94条の協同組合基本法である。協同組合の種類(12種プラス多目的組合)が明記されているという意味でドイツ法的な特徴がありながら、同時に同法に基づいて、生協法や農協法などが予定されており、基本法と個別法から立脚している法制であるという意味でフランス・イタリア法的特徴をもつ。なお、1995年ICA原則をそのまま取り入れていることや、不分割積立金の仕組みを採用しているところにも注目したい。
「協同組合法」(1996年制定、1997年1月1日施行)
(略)
ロシアの協同組合法は、ゴルバチョフ時代に成立した統一協同組合法として「ソ連協同組合法」(1988年)があるが、1996年個別法として全28条の「ロシア連邦生産協同組合法」が成立したことにより、その統一法から生産協同組合に関する条項は削除された。基本的には前述のイギリス新法案、スペイン法、後述のカナダ法などと同様、同法は本来的には統一法の特別規定となるものであろうが、ロシアの特殊事情からこのように統一法と個別法に分離したものと思われる。
同法の注目されるのは、「自己労働」概念を中心とした協同組合の定義、不分割積立金の規定および労働関係に関する規定、協同組合に対する優遇措置規定などである。主な条項は以下のとおりである。
「ロシア連邦生産協同組合法」(1996年)(略)
カナダ協同組合法は1988年3月に制定された全386条に及ぶ連邦レベルの統一協同組合法である。ICA原則およびカナダ独自の原則ないし運営基準である協同組合基準に基づいている。この統一法のなかに「非営利住宅協同組合」と「労働者協同組合」の特別規定があり、そこの非営利要件、不分割積立金の規定に注目されたい。
「カナダ協同組合法」(1998年)
(略)
アメリカ合衆国は、クレジットユニオン法を例外として連邦協同組合法はなく、協同組合法は各州毎に制定されている。アメリカにおける協同組合法制の沿革と現状については別の機会で検討することとして、ここでは「労働者協同組合法」に関連してふれておきたい。
アメリカは、ほとんどの州において労働者協同組合法があるか、あるいは何らかの形で労働者協同組合を設立することができる。
やや古いが1964年の文献に基づいて紹介しておきたい(Ewell
Paul Roy,Cooperatives:Today and Tomorrow,1964.)。同文献の「協同組合法の種類」によれば、各州の協同組合法で「労働者生産協同組合」に関する特別の規定(統一法の特別規定ないしは個別法を含む)を持っているのは、コロラド、フロリダ、インディアナ、ミシガン、ネブラスカ、ニューヨーク、ノースダコタ、の7州であり、特別の規定ではないが協同組合法で「労働者生産協同組合」を設立可能にしているのは、それ以外の州として、アラバマ、アラスカ、アーカンソー、カリフォルニア、コネチカット、イリノイ、アイオワ、カンサス、ケンタッキー、メイン、マサチューセッツ、ミネソタ、モンタナ、ネバダ、ニュージャージー、ノースカロライナ、オクラホマ、オレゴン、ペンシルバニア、サウスカロライナ、サウスダコタ、バーモント、バージニア、ワシントン、ウィスコンシン、ワイオミングの26州があり、51州中計33の州で何らかの形で「労働者生産協同組合」を設立可能とする協同組合法を有しているという。その後35年を経ており、その間後述の単独個別法のマサチューセッツ州法(1982年)が制定されており、現在はさらに多くの州において可能になっているものと思われる。
さて、われわれの最新の調査(10州)では、以下の4類型を検出することができる。
@マサチューセッツ州法型:個別労協法
Aニューヨーク州 法 型:統一法中労協特別規定
Bワシントン 州 法 型:統一法中事業種類として設立可能
Cカリフォルニア州 法 型:統一法なし、労協法なし、消費生協法で設立可能
(1)マサチューセッツ州法型(1982年)
(略)
(2)ニューヨーク州法型(1998年現在)
(略)
(3)ワシントン州法型(1998年現在)
(略)
(4)カリフォルニア州法型(1998年現在)
(略) 【総 括】
ここでは、以上の記述について、@労働者協同組合の根拠法と法制上の特徴、A労働者協同組合の定義・目的、B労働者協同組合に独自の就業条件に関する規定、C不分割積立金規定、D協同組合原則との関連、E国等の促進義務や優遇税制その他について、総括を行い、最後に日本の「企業組合」についてふれていきたい。
【別表】「欧米における労働者協同組合法制の比較表」を参照されたい。
1.根拠法の法制上の類型
労働者協同組合の根拠法の法制上の特徴は次のように類型化することができる。
このように、世界各国の協同組合法制は、統一法ないしは基本法が一般的であり、分立・
個別法の国は日本・韓国(アメリカでも例外であるがカリフォルニア州を加えることができる)のようにごく例外である。日本がこのようになったのは、戦後の占領軍によるものではなく、1930〜40年代の国内要因、すなわち当時の「職能的経済統制」にそれを求めるべきであろう。その影響を今なお引きずっているのである。
さてわが国の協同組合法制のあり方は、法制上からいえば、イギリス新法案、カナダ法、
スペイン法などの統一法、その特別規定が理想的であろうが、日本の現状を踏まえた場合、
フランス法、イタリア法、ポルトガル法の基本法+個別法の法制が現実的な改善方向ではなかろうか。
2.労働者協同組合の定義・目的
労働者協同組合の定義・目的では、イギリスの「共同所有」、フランスの「自主管理・自己決定」、スペインの「協同労働」、ロシアの「自己雇用」などがあるが、これらの共通性と違いを踏まえて、日本にふさわしい定義・目的を確定することが必要であろう。「労働者協同組合法案 第1次案」は「協同労働」を軸とし、「共同所有」や「自主管理・自己決定」を取り入れているものと考えられる。
3.労働者協同組合の就業規定
労働者協同組合に関する独自規定としては、就業条件、社会保険制度、若年・女性・高齢者の労働保護など、フランス法、スペイン法、ロシア法などを参考にし、日本の実情にふさわしいものを取り入れることを検討すべきであろう。
4.不分割積立金の規定
不分割積立金の規定は、その内容や具体的な取り扱いに若干の違い、明瞭・不明瞭の違いがあるが、イギリス法、フランス法、ドイツ法、スペイン法、イタリア法、ポルトガル法、ロシア法、カナダ法、アメリカ法(マサチューセッツ州法型、ニューヨーク州法型)のようにほとんど取り入れられている。日本の現行の各種協同組合法にない規定であるが、
「労働者協同組合法案 第1次案」は「非営利・協同基金」の形成と残余財産の処分方法にそれを取り入れている。
5.協同組合原則との関係
協同組合法と協同組合原則の関係について次のようなタイプに整理することができる。
このように協同組合原則を協同組合法に取り入れて行く方法がさまざまであるのは各国の法制事情等によると思われるが、いずれにしても協同組合原則を取り入れていない協同組合法は存在しない。「労働者協同組合法案 第1次案」は1995年ICA原則を踏まえて、上記(3)ないし(6)のタイプを採用しているといえよう。
6.国等の促進義務や優遇税制その他
労働者協同組合に対し国や地方自治体の促進義務を本法で規定しているのは、イギリス、フランス、イタリア、スペインであり、本法で補助金ないしは優遇税制を規定しているのは、イギリス、フランス、イタリア、スペイン、ポルトガル、ロシアである。イギリス新法案とカナダ法は本法には優遇税制に関する規定はないが、別途検討中(イギリス)ないしは成案済み(カナダ)である。ただしわれわれの税制についての調査は十分とはいえず、これは今後の課題である。
《最後に:企業組合について》
最後にふれておかなければならないことは、わが国の「中小企業等協同組合法」の「企業組合」についてである。
現在、労協法の制定について、企業組合制度の改正で対応できるという考えがある。しかし、企業組合制度は根本的問題をはらんでいる。それは「企業組合」がそれでもって一事業体=一経済主体となることを根本的特質とし、企業組合の組合員を主体的存在とは見なさないことから由来している。企業組合は事業者の結合体でもなく、消費生活者の結合体でもなく、その組合員は個人の経済的生活的諸手段を解消し、企業組合に「没入」しなければならないのである。「企業」組合という名称はそれに由来する。
これは、新しい働き方を追求する「協同労働」の労働者、いわば「自立的労働者]を構成員とする「労働者協同組合」の場合と根本的に相違している。この問題は重要な問題であり、今後とも深めて行く必要がある。
ともあれ、企業組合は結合体ではないから、企業組合同士で連合会を形成することができず、直接連合会に加入することもできず、事業協同組合に加入したうえでその事業協同組合が連合会に加入するという方法ではじめて連合会に加入できることになっている。なぜなら、企業組合は結合体たる協同組合ではないからである。それゆえ、法人税法でも協同組合に分類されず、事実上「給与の後払い」である「従事分量配当」は、「利益の分配」として法人税が課される。企業組合は、有限会社などに比べてもそのメリットはほとんどなく、各種の制約だけが課されることになる。企業組合が発達しない所以である。
したがって企業組合の改正によって労協法を制定するということは、上記の根本問題を解決し、企業組合という名称を変更し、協同組合としての実質を備えない限り、きわめて困難であるといえよう。
【主な参考文献】
《 イギリス 》(1) 労働者協同組合海外研究グループ『英国協同組合法の提案と法案』
(解題付)(協同総合研究所、1998年)
《 フランス 》(2) 大谷正夫「フランス協同組合法の研究」
(生協総合研究所『生活協同組合研究』第271号、1998年9月)
(3) 日本労働者協同組合連合会編『ワーカーズコープの挑戦』
(労働旬報社、1993年)
《 ド イ ツ 》(4) 関 英昭・小林郡司訳「ドイツ協同組合法(1)〜(6)」(『青山法学論集』第35巻
第3・4合併号〜第38巻第2号、1994年3月〜1996年11月)
《 イタリア 》(5) 富沢賢治・中川雄一郎・柳沢俊勝編著『労働者協同組合の新地平』
(日本経済評論社、1996年)
(6) 協同総合研究所『協同の発見』第72号「特集 福祉コミュニティ研究会報告」
の菅野正純訳「社会的協同組合法」(1998年4月)
(7) 菅野正純訳イタリアの各種協同組合法(同氏所蔵)
《 スペイン 》(8) 富沢賢治他『協同組合の拓く社会』(みんけん出版、1988年)
《ポルトガル》(9) 大谷正夫訳「新しいポルトガルの協同組合法」
(『ロバアト・オウエン協会年報 22』1998年3月)
《 ロ シ ア 》(10) 田中雄三訳「生産協同組合についてのロシアの法律」(ユーラシア研究所『ロシア・ユーラシア経済調査資料』No.771、1996年8月)
《 カ ナ ダ 》(11) 労働者協同組合海外研究グループ『カナダ協同組合法』(解説付)
(協同総合研究所、1999年)
《 アメリカ 》(12) 堀越芳昭『アメリカにおける協同組合原則論の展開』
(協同組合図書資料センター、1997年)
(13) 大谷正夫・堀越芳昭・坂林哲雄『アメリカ・カナダ 協同組合運動の新しい息吹』
(『協同の発見』第82号、1999年1月)
《 日 本 》(14)協同総合研究所編『労協法のすすめ』(シーアンドシー出版、1998年)
(15) 石見尚監修・生活クラブ生協プロジェクトチーム『いま生活市民派からの提言』
(御茶の水書房、1989年)
《 そ の 他 》(16) 堀越芳昭『協同組合資本学説の研究』(日本経済評論社、1989年)
(17) 日本協同組合学会『協同組合研究』第17巻第1号(通巻39号)
「特集 日本協同組合法制をめぐる諸問題」の山岡英也論文「海外協同組合法
制と日本」(1997年9月)
(18) その他『協同の発見』および『仕事の発見』各号。
(注記)上記のものを含め、それ以外の邦文文献、ここに記載していない海外文献等は協同総合研究所に所蔵されている。
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