『協同の發見』2000.2.3 No.94 総目次

労協法制定のためのヒアリング
 
 労働者協同組合 九州ユニオン電設
 

 
事業所の名称 九州ユニオン電設
事業所の所在地 福岡県粕屋郡須恵町大字上須恵字小島越1107
電  話/FAXTEL 092-932-8886 FAX 092-932-8832
代  表  者   大村関雄
設 立 年 月 日 1998年11月2日
法 人 形 態 企業組合 労協センター事業団(福岡支店所属)
組 合 員 数 10名
事  業  高 13,000万円(1999年度見込)
出  資  金241万円
所     属  日本労働者協同組合連合会センター事業団
 
 九州ユニオン電設の活動について、事業所長の大村関雄さんにお話を伺いました。

◆歴史

 九州で大手の電設会社が建設不況の中で倒産(1998年5月)し、即日全員解雇の通知を受けました。こうして高い技術力を誇る百数十名の工事技術者、職員は非自発的失業者となり、中高年の就職氷河時代に再就職活動を余儀なくされました。不況の長期化する中、経営側の一方的判断で就労の場を失うような雇われて働く働き方に大きな不安を覚え、また、自分の運命は自分で決めたいという思いが強まり、今度こそ新しく再出発したいと決断しました。
 他の、同業の会社から入社を勧誘されましたが、民医連の福岡千鳥橋病院の工事を手掛けていた関係で労働者協同組合の人々と出会いました。この出会いこそ、働き方を協同労働の協同組合と定める上で決定的でした。元の会社の働く仲間たちと雇用関係のない働き方はどうしたら可能なのか、どのように働く場を自分たち自らが作り出し、運営して行くのか、元の会社の仲間たちと議論を重ね、また、日本労働者協同組合連合会の役員やセンター事業団の方々とも相談を続け、同年7月に、電設業の分野で自ら出資し、管理し、就労する協同労働の協同組合として働く道を選択しました。翌8月に5名、9月に、さらに3名が入団し、本格的な仕事起こしに着手するはこびとなりました。1999年5月に2名が加わり10名となりました
 私たちの歩みは、倒産した民間会社に働いていた人々が再び雇用されて働く、ということだけが働きであるとは限らない新しい働き方として、後に述べますように、マスコミで度々取り上げられることになります。
 現在、企業組合・労協センター事業団福岡支店第4事業所として、10名の仲間たちと労協らしい働き方を作り上げ、労働を通じて経営を自ら作り出すことに勤しんでいます。

◆理念

 私たちがめざしていることは、非営利の、「働く者が自ら出資し、経営も行う」協同労働の理念に基づいて、地域の人々と連帯した地域起こしを通じ、市民自らの力で市民のための新しい福祉社会を創造することです。協同労働という職域での協同を核として、それを市民による地域福祉づくりという地域連帯に広げるものです。私たちは、事業の発展を高齢社会における福祉の充実に見出しています。それは一つには、福岡県高齢者福祉生活協同組合の一員として高齢者の住宅環境整備に取り組む、というところにも表されています。いま始まろうとする介護保険の時代、こうした新しい働き方こそふさわしいのではないでしょうか。
 
◆事業内容 

 1.電気設備工事
 倒産会社において培い習得した技術という社会的財産を生かして一般電気設備、自家用電気設備の工事計画から設計施工、保守管理業務全般に及び、具体的には、個人住宅から大型ビルの電気設備、空調設備等の新設、改修工事、保全工事など。
2.福祉住宅環境整備事業 労協の仲間との連係業務として
  高齢者の生活支援を目的とした住宅の各種修理や機器の設置を手掛けています。たとえば、座ったままで照明器具の点滅ができる機器の設置から、トイレや浴室の改装、 ホームクリーニングまで、専門の技術を十分に生かせる、ありとあらゆる範囲の事業が含まれます。
 
◆事業区域

 現在は福岡都市圏主体ですが、順次九州全域に展開することをめざしています。
 取得済みの諸資格 建設業大臣許可、特定建設業資格として、電気工事業、建築工事業、大工工事業、屋根工事業、タイルれんがブロック工事業、鋼構造物工事業、内装仕上げ工事業。
 

◆現状

○達成した事業高と種々の困難
 事業開始以来まだ15カ月たったにすぎませんが、技術者9名、事務員1名の事業所現勢で、電設請負、この分野で2億2千万円の受注を達成しています。内訳は、1億5千万円が完成工事受け取り代金で、7千万円が手持工事です。しかし、私たちは独立した形で活動しているのではなく、センター事業団の一事業所ですので、建設業法の制約の下では「ユニオン電設」という名称は公文書の中では全然出てはまいりません。したがって、公共事業での入札資格者名簿の中でもまったく同じです。また、建設業というのは非常に古い体質の業界で、私たちは仕事を請け負って行うというスタンスを取らざるを得ない、というところに特異性があります。
 建設業法の制約に阻まれて、15カ月たった現在でも指名をもらう資格が確保できてはいません。つまり、入札の資格が取れてはいません。それはどういうことかと言いますと、3月に決算が終わって、6月頃、「経審」、経営事項審査を受けてある点数をもらうわけです。大手では、たとえば、1350点とかになりますが、私たちのところは多分400点とか500点とかの評価の段階です。「経審」申請前2年間の実績と技術者の技術経歴とかの評価の合計です。その「経審」の点数の結果表を付けないと役所への指名願いがいっさい出せない、ということになります。私たちのところでは、役所に指名願いを出すこういった要件が整っていないわけです。
 
○労協の社会的認知問題と建設業界の体質
 こういう状況の中で仕事をしている、ということをまずお含み置きください。仕事を進める上でうまくいかなかったことがあります。まず、発注をする相手が、労協というものがどんな組織なのかまったく知らないわけです。大企業、とくに、一部上場企業は、取引の相手として信頼の置ける組織として見てはくれない、ということです。そういう壁があります。彼らに工事をやらしても非常に危なっかしいんじゃないのか、こういうことです。
 したがって、わたくしは、うちのメンバーもそうですけれど、いろんな人に会うたびに、労協とはどういう組織なのか、どういうことをめざしているのか、労協法の成立をめざしてこういうことをしています、と一生懸命資料を元にして話をするわけです。それを正確にわかってくれる場合と、一応耳を傾けてくれても翌日に「ちょっと、あんたたちにはネェ」という場面とあります。だが、センター事業団が建設業法でいう建設大臣の特定資格を去年の6月に取得したので、この資格を取得したことで大手と同じ資格をセンター事業団が確保できたわけです。この書類が揃って少し風向きが変わってきました。センター事業団に仕事をやらしてもいいかということで、発注を出すところも出てきた、といったところです。
 先程述べましたように、入札で元請けで取れるというところまではまだいっていません。これは、指名願いを出しても、たとえば、福岡市の例で言いますと、要件が整っていれば認めることは認めるが指名をしない。既存の業者をまもるために新規事業者はしばらくは指名されません。つまり、資格は取れてそこに存在はするけれども、指名をしないんです。だから、きちんとした事業になるには、まだまだ時間がかかることになります。
 工事を施工するためには材料を買わなければなりません。センター事業団は現金払いなのですが、それでも材料を売る取引相手にとって、売掛の締切と支払のギャップの関係で、約2カ月ぐらいの売掛金が発生することになります。それで、相手は、売掛ける相手としてセンター事業団がふさわしい相手かどうか調査することになります。ある会社は、帝国データバンクに調べさせました。すると、センター事業団で調べたところ、そういう法人がなかった。そういう法人格のないところとは取引はしないということもありました。一方で、センター事業団の理事長の印鑑と二人の連帯保証人を立てて約定書を出せば取引に応じる、というところもあります。
 つまり、こういったことは、取引上、労協センター事業団という団体が九州の果てで十分に認知されているとは言えないということの例証だと思うんです。したがって、私どもは、新しいパンフレットや資料やらを持って、現在どういうことをしているか、また歴史とかを十分に説明する、ということの繰り返しです。ですから、労協法が成立して社会に広く認知される基盤ができると非常に仕事がしやすいのではないのかという思いでいっぱいです。法律上の細かいところは別としてですが。
 

◆私たちの思い

 その一方、建設業法で縛られた建設業が、果たして労協方式でやっていけるんだろうか、そのテストをやっているという感じです。みんなで力を合わせてぜひ成功させようとがんばっていますが、なにせ古い土壌なものですから、発注する相手として不適と判断をする相手が多い。私たちが生き延びるためには、わたくしどものことを正しく理解していただいて、元請けとして直接に注文をくださるようなお客さんをどれぐらい持ち切るかにかかっています。つまり、ゼネコンだけの下請けではもう到底やっていけないわけです。他方で、労協として電気工事業を行うというとき、他の電気工事業の人たちと何が違うのか、どういう風に相手にアピールするか、という問題があります。「何が違うんですか、あなたたちのやっていることは」に対してどのようにアピールするのか、というところにかかっています。
 私たちがいろいろと厳しい状況の中で今日までこれた利用の一つとして、元の会社で施工した「民医連 福岡千鳥橋病院」との関係があります。病院本館新築工事の際、電気設備工事を施工させていただき、その後一貫してメンテナンスを担当させていただきました。今回われわれが労協として再スタートの最初の工事がこの千鳥橋病院の電気工事でした。センター事業団が清掃業務や施工管理、厨房業務などの委託業務を担当しており、良い関係を構築することができたわけです。いまも最重要なお客さまとして故障直しや改修工事を担当させていただいております。元の会社で施工しアフターサービスなどを通じて良い関係にあった古くからのお客さまは、私どものことを良くわかっていますので私どもに厚い信頼を寄せてくださっているわけです。しかし、多くの建設業の人たちは、労協センター事業団が工事を請負でやって工程どうりにきちんと完成させてくれるのかなあ、という見方をしています。そういう中で、一件一件きちっと仕事をして、その成果を見ていただいて、次はまた「ああやっぱり君たちにやらせよう」と、そういうことで広げて行くしかないなあという思いです。おかげさまで、手掛けた仕事にはそれぞれ良い評価をいただいています。展望はあると思います。
 

◆財政問題

 いまのクラスの規模の事業だと、とりあえず、手許の運転資金が5千万円程ないと、回転がきかないという現実があります。失業した私たちが10人で5千万円とかを用意しきれないし、そういう意味では組織の応援をいただいて、いま事業の基盤を整えようとしているわけです。現状はそういう段階です。
 業界では、公共事業額が大幅に減少し、ゼネコン不況と言われる状況の中ですが、当面、年商3億を目標としたい。回転資金として、業界の決済方法を踏まえ「売掛金」との関係から5千万円程度が必要です。事業所を自力で経営する展望はあるが目下のところは苦しく、センター事業団に支援を仰いでいます。給与は、倒産企業(扶桑工業)にいた時分と比較してかなり減少した(ただし、半分というわけではない)が、コストの切り詰めに心掛けています。
 地場電気工事会社で数社が倒産し、ゼネコンも危機状況なので「安ければ工事はどこでも良い」ということでモラルも地に落ち、非常に危機的状況にあります。大手のゼネコン幹部ですら、業者が多いので「半分ぐらいは潰そう」と平気で言っているほどです。したがって、系列外の業者は生き残れない状況ではないかとさえ思います。しかし、私たちは、ゼネコンの下請けでは下請け単価を切り詰められるだけ切り詰められるので、たとえ仕事を取っても赤字だけが膨らんで、立ち行かなくなるので避けたいと思っています。なるべく「分離発注方式」の注文を受けたい、とと希望しています。

◆社会的関心・評価

 雇用されないで自ら出資して仕事起こしをする新しい働き方として、たとえば、1998年9月15日の『毎日新聞』社説「個別化時代の難しさ」が取り上げています。同年11月2日の事業所開所に際してはNHKがテレビ取材に訪れ、ローカル放送の後に全国放送でも報じられました。建設会社の協力会などの組織についていない地元の電設業界の一人親方と呼ばれる人たちは多いのですが、この人たちが私たちに一緒にやりたいと集まってくるし、関心も高い。私たちが仕事を多く受注して、マネジメントがうまくできれば、たくさんの人たちが労協の仲間として働けると思っています。また、既存の取引関係以外にも大手のゼネコンとは別のルートを介した引合や、大手の中にも私たちの技術力に期待して工事・監理こみで名指しの注文をする例が出てきているのも事実です。

◆労協法に望むこと 

 現状において取引上で発注先としてまともな業者として相手にされない原因の一つに、私たちの働き方を社会的に認知する法律のないということが挙げられます。つまり、法律がないこと自体が、私たちの工事技術の実証済みの高さや社会的期待いかんにかかわりなく、いつも「労協 who?」という障害につきまとわれています。
 労協センター事業団という団体が九州の果で社会的に認知されるには、私たちの働き方、仕事の仕方にふさわしい法律が、細かい内容は別としても必要で、労協法の早期の制定を願わざるを得ません。

2.3月号目次協同総合研究所(http://jicr.org)