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イタリア社会的経済の旅(10)Voyage to the Social Economy in Italy |
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イタリア非営利・協同組織が担う新たな社会関係の課題 |
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田中夏子(長野大学) | ||
1.はじめに−イタリアの経験をどう活かすのか
イタリアから帰国後、校務の一環として、受験生を送り出してもらえるよう地元信州の高校周りをする日々が続いています。高校の先生たちと話しながら痛感すること・・・、それは高校教育の現場にとっても地元の非営利・協同組織とどうやって連携していくか、ということが切実な課題になっているのではないか、ということです。 もともと高校が「地域立」として作られた時には、地域と学校とが、子どもたちの成長の多様な側面に対応し得る機能を持っていたといいます。ところが、その後、学校が、県立として官に移管され、学校教育と地域社会とが乖離する時期が続きました。その間、子どもをめぐる深刻な問題が噴出するわけですが、しかし学校現場では、精神的に行き場を失った子供たちの成長を支える仕組みが大幅に弱体化。こうした事態を受けて、最近、再び地域と学校とが接近をし始めています。父母はむろんのこと、その地域に暮らす他の大人たちにも、地元の高校の抱える問題やとるべき方向性について一緒に考えてもらう・・・そうした趣旨の組織作りがここ何年かで急速に広がっているようでした。 一方、学校を去った子どもたちは、それじゃ学びを一切放棄したのかといえば、必ずしもそうではなく、通信制への登録者が急増しているともいいます。また鑑別所などの施設に入った子どもたちが、社会でもう一度歩き出そうとする際、地域や学校に、彼らがよりどころとし得る資源や環境が欠けていることも、大きな課題です。 受験生獲得のための営業行脚が、地域と教育現場の連携の必要性、またそれを具体化するものとしての非営利・協同組織の可能性といった話題に発展すること自体、高校の先生たちの切実な思いの反映ともいえます。逆にいえば、こういうレベルで今まで高校と大学が話し合いをしてこなかったことも露わとなったわけで、「受験生を送り出す」「送ってもらう」という表面的な関係から脱却して、連携を具体化させることの必要性を強く認識させられました。 さて、今は教育現場の例を挙げましたが、こうした流れ−−すなわち非営利・協同への差し迫った期待−−は、分野を問わず私たちの社会に実に数多く存在します。この報告では、これからの日本での実践も念頭におきつつ、イタリアの非営利・協同組織、とりわけ社会的協同組合をめぐるいくつかの論点を選んで述べていきたいと思います。 2.イタリア非営利・協同の特質 (1)制度に先行し、20年の歴史 イタリアの社会的協同組合が全国レベルで制度化されたのは、1991年の381号法によりますが、社会的協同組合の実態は、制度化をさかのぼること、およそ20年の歴史を持っています。社会的協同組合の発生経過は、当事者の抱える問題によって様々ですが、おおよそ次ぎの二つの流れが考えられます。第一に、公的サービスの想像力が及ばないような「生きにくさ」への対応です。身体障害や精神障害はむろん、子どもや社会のマイノリティが抱える、生きる上での様々な困難を、当事者を中心に協同の力で解決していこうとするものです。第二の流れは、自治体労働者合理化の流れの中で進む、文化・教育・福祉サービスの後退をくい止めるため、若年失業者の運動や公務労働者の運動とも結びつきながら、形成されてきました。こうして広がった社会的協同組合は、その法制化以前は労働者協同組合の社会的サービス部門として活動をしてきました。 (2)「小規模・専門特化・地域密着」、「多様」、「内発的、独自性」 これらの社会的協同組合の特徴を一言でいうならば、その発生、成長過程が多種多様、内発的で独自性の強いものであるということです。「当事者発」の要求の固有性、それに応えようとする社会的・文化的・経済的資源の配置、社会的認知の獲得と制度化にいたるまでの相互理解やぶつかり、制度化、硬直化からの脱却方法など、モデルを外から持ち込まず、スローペースではあってもオリジナルな形で組織やサービスの革新を求めている姿が目立ちました。組織形態からいうと、30人前後の地域密着型の小規模組織、そして事業についていえば得意分野を特化しつつ、その特化の内容を掘り下げている点も特徴です。 (3)地域、行政、市場との相互関係 上記に加えて、特筆すべきイタリアの社会的協同組合の特徴は、他の社会的諸主体(地域、行政、市場)と様々な関係を取り結んでいるという点です。これも、非営利・協同が、当事者や関係者の止むに止まれぬ模索から出来てきたことと無関係ではありませんが、「連携」の内容は実に豊か。たとえば一見非営利・協同からは遠いと思われている「市場」との関係を見てみましょう。非営利・協同と一般の企業との関わりは、概して限定的なものでした。たとえば地元製造業から発注される部品組立や包装などの仕事を就労支援の非営利組織が担う・・・など。しかし、少数ながらこうした枠を越えでた市場との対等な関係づくりも進んでいます。 例として、南部のある有機農産品事業連合は、非営利のイニシアティヴによる、営利、非営利混合の経済組織です。あるいは、障害者の一般企業就労についていえば、企業が法定雇用率を達成するため、義務的に取り組むという形から、障害者の就労環境を整えることを通じて、企業が自らの組織のあり方、仕事のあり方を見直そうとする、いわば自分たちをイノヴェイトする機会として、障害者就労を考えよう・・・という気運も一部には出てきました。 こうした動きは、全体からすれば少数派ではありますが、しかし、それが徐々に普遍化する兆しも確かに存在します。同じく、地域社会、行政ともユニークな関係が生まれつつありますが、いずれも、非営利・協同が、他のセクターとの相互作用の結果、外にも新しい文化、流儀を発信している点で興味深いものでした。 3.イタリア社会的協同組合のあらたな局面−課題とその乗り越えにむけての努力− (1)制度化の過程であらたに課題浮上 運動の蓄積に上にたって制度化された社会的協同組合のうち、北部の協同組合は、自治体との安定的な関係の中で、事業拡大と自治体政策への関与の強化をはかってきました。前述のように、一つひとつは小規模、専門特化を志向しますが、受注や政策提言、あるいはEU補助金対策などについては連合組織で対応します。たとえば、高齢者の居住型施設運営を総合的に受託する場合は、30人規模の協同組合単体ではとても対応できません。したがって、介護、衛生管理、ビルメン、レストランなど、分野の違う協同組合が数団体集まって事業協同組合を結成し、受託を行います。 こうした戦略の中で、制度化ゆえのあらたな課題も出てきます。たとえば受注の安定化によるイノヴェーションの減退、仕事の雇用労働化など。また対外的には、自治体との契約事業における協同組合の独占等です。とりわけ後者は、現在のところ、地元協同組合に比較的有利な入札のメカニズムのもとで、他地域からの参入や、営利的な中小企業の出番が制限される面もあり、協同組合の発展が著しい一部の地域では、外部のみならず、協同組合関係者からも、こうした「安定」を危惧する声が控えめながら出されていました。とりわけ事業連合に組織されている協同組合相互で、既存事業については、不要な競争コストを避ける、といった理由から、競争入札をやっても新規参加を自己規制してしまう風潮があることがうかがえまた。 協同組合先進地ゆえの苦悩といえますが、この行政との「心地よい関係」をどう創造的に解体していくかが、現在、社会的協同組合の課題の一つとなっています。 (2)脱制度化の方向−事例を通じて そこで、上記の課題「脱制度化」に、協同組合がどんな挑戦をしているのか、その具体例を見ておきたいと思います。本報告では、北部で展開する「グルッポ78」の紹介を通じて、暮らしと仕事を総合しようと試みる社会的協同組合の歩みと現状、イノヴェーションへの取り組み、労働組合との関係、小さな組織の連携、そしてそれら一連の営みが、行政との緊張ある協力・協同関係にどうつながっていくかについて触れます。この協同組合については、『協同の発見』95号(2000年4月号)で詳述していますので、ここでは、脱制度化の課題に関わる範囲の紹介といたします。読者のみなさんにはお手数ですが、95号と併読していただければ幸いです。 4.「グルッポ78」(トレント)にみるイタリア社会的協同組合の脱制度化志向 (1)事業概要 社会的協同組合「グルッポ78」は、その名の通り1978年に、障害者と健常者が対等に暮らす生活共同体として出発したものです。自然発生的な助け合いを原点としながらも、ともに暮らす中で「生きにくさ」(=ニーズ)を発見し、その対応を開拓していくうちに、精神障害を中心とする就労、生活支援のサービスが多岐にわたって発展していきました。事業概要(協同の発見95号、54頁表)をながめますと、第一にサービス内容の多様性・隣接性、異なるサービス相互の密接な関連性、第二にサービス利用者と提供者との人数比がほぼ一対一、第三に生活圏の一連のサービスが完結的に整備されていること、そして第四に地域へのこだわりの延長線上にある国際的なひろがりなどが見て取れます。 彼らが一番中心的に取り組んでいるのは、精神障害者への生活・就労支援です。1970年代、イタリア北部で閉鎖型精神病棟解体の運動が高揚する中、そうはいうものの、病院解体の後、心の病を抱えた人が、より人間らしく生活や仕事を組み立てていくための、社会資源が存在していない、という現実に直面する中、独自で中間施設としての模索を始めました。直に自治体側の問題意識とも重なって、1984年、自治体から心病む人々の復帰事業を受注する形で、協同組合として事業開始。 (2)イノヴェーションの諸相 上記のように、当初から自治体から受託がある程度保障されてはいたものの、グルッポ78の歩みを見ると、極めてイノヴェイティヴな志向が強いことがうかがえます。それを示す二、三の例を挙げましょう。 まず、仕事づくりのプロセスです。彼らはいくつかの試行の中から、農業を起点として就労支援を開始します。農業選択の理由は多岐にわたります(仕事の裾野が広いこと、人間関係の面でも閉鎖的にならず、地域の人々との交流が形成しやすい事業であること等)。しかしやがて心病む人々が、自らの仕事の成果を確認するためには、植え付けから収穫までのタイムスパンが長すぎることが明らかとなりました。農業の良さを活かしつつ、前述の難点を克服するために、次に彼らが選んだのは農産物の加工事業、トマトペーストでした。しかし、最初は設備を「家庭規模」にとどめ、トマトペーストづくりが、当事者にとって、意味あるものとして受け入れられるかどうか、見極めながら徐々に設備を拡張する、という慎重な仕事起こしを心がけたといいます。 次に、組織構成についても、「走りながら考えた」工夫の軌跡が読みとれます。詳述は先の95号に譲りますが、端的にいえば、当事者の側に立った結果、最初は十把一絡げだった「就労支援」を4段階に分節化した上で、各段階を相互に結びつけ、しかも人の成長を直線的にではなく、後戻りのできる「円環」と考えるようになり、その「円環」の中で当事者が安心したり励まされることができるような就労支援モデルを生み出していきます(むろん、これが専門的な見地からして妥当かどうか、私にはわかりません。ここで問題としたいのは、そのモデルの効果ではなく、こうしたモデルを自前で陶冶していく組織のあり方です)。 この一連のイノヴェイティヴな志向について、何がその源になるのか、問うてみましたが、「「生活共同体」という出自、そこから来る当事者とともに考える姿勢を大事にすること。そこには、サービスの供給者と受給者という事業上の関係よりもっと本来的な人間関係が存在している」といった応えが返ってきました。 (3)「円環」を構成するパートナーの豊富さ さて、人の発達要求に、多様な形で応えるためには、総勢40名弱の協同組合一つだけでは対応しきれません。サービスの性格上、病院スタッフ、自治体、他の協同組合、一般企業などとの連携が必然となります。とりわけ自治体とは、単に「受注者」「発注者」に留まらず、地域の精神保健行政の政策的なパートナーシップとしての関係を充実させていくことが求められます。この協同組合が活動するトレント市の精神保健行政のパンフレットには、行政、医療機関、協同組合、自助グループ(アソシエーション)等14のグループが「担い手」として上下関係なく記されています。これらが中心となって、行政と非営利・協同のネットワークの中で、人の成長欲求に応える「円環」を保障していこうというわけです。 (4)一方で葛藤的な場面も ところで、安定的な公的主体との関係を土台としながらも、それが「停滞」とならない一つの象徴的な出来事に出会いました。昨年末この「グルッポ78」によってストライキが計画されたのです。内容の詳細は割愛しますが、自治体によってサービスの契約内容が一方的に変更されたこと、おまけにその変更が、これまで円環モデルの中で育んできた教育的な効果を考慮しない内容だったこと、つまり、行政による一方的な合理化の論理や、当事者を主人公とみなさないやりかたに対しての抗議行動でした(出資の組合員にストライキ権があるのか、など、様々な関心を喚起する出来事でしたが、これについては別稿にならざるを得ません)。ここで確認しておきたいのは、一方で行政と親和的な関係を形成しつつも、協同組合としての考え方やディシプリンを堅持し、場合によっては相当強行な形で、行政との対立を辞さない、という点です。 5.さいごに 社会的協同組合運動の広がりは、「生きにくさ」の発見と、それによりよい形で応えようするプロセスに他なりません。人生の様々な局面での成長の欲求に、こまやかに応える姿勢が、社会的協同組合のイノヴェイティヴな性格を支えてきたといえます。そのイノヴェーションの一環には、むろん、他の諸主体とどう連携していくか、といった点も含まれます。行政との安定的な関係を形成しながらも、そこに安住することなく、自己のやり方を相対化して次の課題を見定める・・・その過程の一端をお伝えすることが、この報告の目的でした。グルッポ78のヒアリングの際、人事で頭を痛めている責任者に、この協同組合で仕事をするために、どんな資質を重視するか、と問うてみると、「当事者の声に耳を傾け、サービスの過程で新たな「生きにくさ」が生み出されていないか、目を凝らすこと・・・」、すなわち聴く力、見る力との応えが返ってきました。むろん、社会的サービスの提供に関わる専門的技能を前提とした上での応えでしょうが、この資質が「脱制度化」を実現するための、一つの大きな要件かもしれません。 [本稿は、7月1日に開催された協同総研の研究集会における報告に依拠していますが、その際、時間の都合で割愛した部分を含めて原稿化したものです] |