『協同の發見』2000.8 No.99 総目次
特集 労協法制定をいまこそ(6)

高齢社会に求められる市民と行政の協同
〜民間事業者の活力を引き出す足立区の事例〜

坂田道夫(東京都足立区福祉部長)
  労協法制定推進のための市民会議準備会にお招きいただきありがとうございます。
 今日本の産業構造は大きく変化してきています。アメリカではNPOと言われる人たちのGDPに占める割合が10%を越え、有給の従事者が1000万人を越えるという力を持っていますが、そういう方向も日本の選択肢の一つだろうと考えています。
 今日は介護保険も含めて福祉の現場で何が起こっているのかということと、市民事業・NPOの必要性や必然性についてお話をしたいと思います。
 従来の福祉というのは、親方日の丸の福祉というか、供給サイドから見るとあきらかにお仕着せの福祉、利用する側からいうとお任せの福祉です。こういったものではなく新しい福祉の変化に合わせて、雇用を媒介にして福祉と産業、とくに中小企業やNPOをつないでいこうとこの3年ばかりいろいろ取り組んできました。
 その中で、民間活力の活用という側面からやってきたこと、現状、民間活力も含めたマーケットの仕組みを使って、当然あるマイナス面に関しての権利擁護とか顧客満足に対しどういった仕組みをつくってきたかをお話ししたいと思います。


高齢者の購買行動特性


 高齢者の「物を買う・サービスを受ける」という購買行動はどういった特性があるか、その中でも身体介護は普通のサービスとは全く違いますから、その違いを実践や体験を通じてお話ししたいと思います。

 高齢者の購買行動の特性は5つほどあります。

1.地場に密着した物を好む
 私の妻の母と祖母が秋田県の田舎に住んでいますが、介護が必要になったときホームヘルパーのメンバーは東京のハンバーガー店のようなメンバーが行ってもだめで、秋田の山奥では秋田弁を話し、冬の寒い時期の話などできなければ、おばあちゃんは受け入れられないというように地場密着が大きな要素になります。全国で介護保険サービスは今は恐る恐る伸びている状態ですが、夏から秋にかけてさらに伸びていくと予想しています。現在、既存の事業者や以前からボランティア的にやっていたところだとか地場密着型のところが健闘しています。

2.付加価値を求める傾向
 商店街の同じ店に毎日お総菜を買いに行く、そこのお総菜が他よりも圧倒的においしくて安いのかというとそうでもない。おかみさんがとても気さくで話ができるということで、お総菜の価値よりも話ができるという方に価値を置くという傾向が高齢者は強い。
 今私がお話をしているのは70代の本物の高齢者のことで、高齢者は年代によって全く違います。私たちは高齢者のマーケットを分けるマーケットセグメンテーションという考え方から旧・現・新と高齢者を3パターンに分けて、今後10年先を見込みます。今私は52歳ですが10年もすれば高齢新人類、今60代の方は10年後は立派な高齢旧人類となります。世代によって購買行動や思考はかなり違います。

3.生活提案が必要
 昔、西武セゾングループが生活提案産業ということでいろいろな提案をしていましたがバブルが崩壊して、今はどこからも生活提案という言葉は聞こえてきません。今聞こえてくるのは商品サービスの世界ではディスカウントの声だけです。値段は安い方がいいのですが、生活提案が高齢者には必要だと考えています。
 今現在は高齢者仕様のマーケットは成立していません。商品・サービスで高齢者向けといったとたんに売れない。高齢者と扱われるより壮年・中年に吸収されたい。或いは購買力が外に出ないで貯金で眠っている。そういう意味で生活提案がこれから必要になってくると思います。
 生活提案をするにあたって高齢者のマーケットはどういう性格を持つのかを考える必要があります。20歳から29歳までの若年マーケットというのは、車・外食・遊び・スポーツなどいろいろありますが、そのマーケットに基本的に含まれているベーシックな思想は、結婚に対する漠然とした不安とそれと裏返しになっている恋愛願望だと思います。高齢者の場合は、漠然とした介護不安が大きい。お金を持っている高齢者がたくさんいます。株券や貯金など平均2500万、可処分所得も平均180万を越えているということですが、お金があってもなくてもかなり平等な確率で介護に対する不安をもっていて、その裏返しはぴんぴんぽっくりの願望です。
 団塊の世代が今後高齢期を迎えるわけですが、今の段階から生活提案をしていく必要があります。我々が高齢期になるとたぶんどこかの役所の老人館へ行ってゲートボールをやって三波春男を聞くなんてとってもできない。外食・車・ITなど斬新で激しい多様なメニューを今から打ち出す必要があると思います。

4.パッケージサービス
 高齢者は足が弱い。自分の足だけでなく車・電車など、若者のように自分の生活にぴったり来るものをあちこちへ出かけて買い集めて、自分固有のサービスや品物のパッケージを作ることができない。サービスは単発でなくて組み合わされた方がいい。この点は高齢新人類の我々もやがて年をとると同じような傾向が出てくるだろうと思われます。介護の分野でも極力組み合わせをするように進んでいますし、元気な高齢者も含めてこれからパッケージが必要になってくると思います。

5.商品選考の偏り
 高齢者は若い人に比べて肉類は少ないが野菜や魚は2倍から3倍ほど買うとか、健康食品を一般の5倍ほど買っているとか、商品選考がかなり若者と違います。しかし、将来は若者と変わらなくなるだろうと私たちは思っています。今までマーケットは若者中心に組み立てていますが、これから高齢者が2000万を越え3000万人と圧倒的に多くなるなかで、マーケット自身が高齢者の方にすり寄り始めている。きれいな言葉で言うとユニバーサルデザインなどという言葉があります。高齢者が中心になり高齢者が使いやすいものがふと気がついたら若い人も使いやすいといったことが進んでいく、ただ今の段階はそこまで行っていません。


こういう購買行動がある中で特に「介護」をどう見るか


 医療は普通の財とは違い、生命財という特殊な呼び方をされています。介護サービスは生命財と違って、それがないと健常者並の生活がしづらいから、ということで投入されていますが、かといって普通のサービスと同じかというと違う。議論して見えてきたのは、介護は密室の中で身体を触る、これは男女の秘め事と似ている。そこには会話とか作法とかが必要です。そういう特殊なサービスであるのでサービスの展開の仕方が他とは一緒にいかない。他人介護というのは最初ものすごい抵抗がある。私も20年ほど前、障害者のボランティアのまねごとをしていましたが、生まれて初めて脳性麻痺の男性のトイレの排泄介護をやったときはものすごく特殊な気分がしました。きれいとかきたないとかでなく、相手は介護されることに慣れていますが、私としては成人の男性のズボンのチャックを開けて取り出すのは、人格の急所に触れたような感じがして、荘厳なというか、いいかげんにはできないという感じがしました。身体介護というのはそういう特殊なサービスだと思っていますからその辺りが重要になってくるように思います。

足立区高齢者市場協議会

【図1】 今申し上げたような考え方に基づいて「高齢者市場協議会」が設置されています。2年半前から準備をしてきて昨年2月10日に発足。現在は330団体、株式会社・商店街・NPO・医療法人・社会福祉法人などが入って活動をしています。
 一番重点をおいているのは異分野交流です。先ほどのサービスのパッケージ化、生活提案とも絡みますが、高齢者の生活を単品で見てはだめで、できる限りまったく違った側面から考えて協同の事業をやっていこうという考えです。330団体が3〜4の分科会に分かれて活動をし、実質的には自分たちで10くらいのグループを組んでいます。医者と建設業の人間だとか、まるっきり系統の違う人間が議論していて中へ入るとおもしろいです。足立区は建設業は中小企業ばかりですが、「最近あんたたちが建てるマンションはふすまも鴨居も何もない、在宅診療に行って点滴を打とうとしても止めるところもない。ときどき落っこちたりして」「あーそういうもんですか」という話になったりとか、建設業もバリアフリーの住宅など一生懸命やっているからそういう話になると「段差をなくすのはある患者にとってはいいけれど、別の患者にとっては筋力がつかないから段差をつけなくちゃ」と話が出てきたりする。建設業の方から「バリアフリーはこのごろ標準仕様になっているから、逆にバリアフリーにできるような装置を隠しておいて、必要になったら天井にリフトの配線があるとかすれば」という議論をしています。皆さん方が協同労働をしていくときにも最初は一定の対象だろうけれども、ある時期から異分野の結合を図っていくことが高齢者に応える道になっていくだろうと思います。
 建設業の話が出ましたが、足立区は建設業界では中小零細が元気です。2,600の建設事業所があります。中規模が少しあって、あとは3人とか5人とかの事業所で、毎月倒産が出ている状態の中で、もう公共事業に頼るのは無駄だと、もっと内需を開発しようと。96,000人の高齢者のうち要介護が約1万人。その要介護の大部分がバリアフリーの住宅リフォームを必要とするだろう。住宅改造はなってしまってからやるより、なる前にやった方がいい。予備軍を入れるとおそらく3万世帯くらいの需要がある。一軒200万円とするといくらになるかという話をしていて、皆さん非常に気合いが入っています。その中に医者なども入って基準を作ろうとしています。基準は3つあり、リフォームの事故に対しての対物対人保険に自主的に入る。バリアフリーの価格はほとんどでたらめですから、標準価格帯を設定する。東京商工会議所がやっている福祉住環境コーディネーターの2級資格を持つ。ということを条件として、それをクリアしたところを推薦し、ブランドを与えるというようなことをやろうとしています。
 私どもも積極的に応援していてプラチナブランドなりプラチナマーケットにしていきたいと考えています。
 高齢者にとって自治体ブランドというのは非常に大きいです。区役所というのは一般社会から見ると、効率性とか有効性とか革新性の面ではほとんど三流のブランドですが、堅いとかだまさないとか安定とかから見ると超一流ブランドです。高齢者は堅い・だまさない・大丈夫・安心ということを気にしますから区役所ごときであっても、皆さんの中に行政ブランドが入ると高齢者が入りやすくなるという側面があります。ですから皆さんの運動も全国の自治体と良好な関係を持たれた方がいいと思います。

 足立区の商店街は100ありますが、そのうち65は足立区商店街振興組合連合会に組織されています。その65に2カ所ずつ「よろず相談所」をつくろうと、建物を作るのではなく、魚屋さんやお茶屋さんが相談所になったりします。相談所のおかみさんが今年の秋から2級ヘルパーの資格を取りますが、悪い言葉で言えば商店街が高齢者を囲い込む運動です。私どもが前々から問題提起をしていますが、商店街はどこも土砂降り状態で後何年も経たないうちに東京都内の商店の1/3が消えていく。後継者がいない。昭和40年代の昔日の栄光はもう来ない。一方的に右肩下がりでつぶれて行くだけだが、何とかそのカーブを緩くすることはできるだろう。ゆるめる唯一のきっかけは高齢者の囲い込みしかない。しかも最後の顧客である高齢者は数が多くて減らない。足立区の高齢者96,000人の53.9%が高齢者ひとりか高齢者夫婦だけで住んでいて、特に女性が多い。商店街によろず相談所があって、生活上の細々した話から介護まで相談ができ、全部提供できなくても交通整理をして他へ回すことができれば高齢者は商店街を離れません。我々と違って今の高齢者は恩義に感じると絶対裏切りませんから。

 「生きがい・情報」という分野では、今年6月高齢者の派遣労働に関する支店をつくりました。高齢者に関して様々なタイプの雇用なり労働のパターンがあったほうがいいと思っています。足立区の場合は企業労働と自営業の労働とシルバー人材センターを使った生きがい就労。足立区の生きがい就労の売上が約11億、全国で2番目くらい活発です。生きがい就労の大きな欠点はスローガンが「過去の栄光を捨てよ」となっていることです。入ってくる仕事はほとんど単純労働です。6月からスタートしたのは、派遣労働で日本キャリエールという会社とタイアップして支店をつくりました。派遣労働もいろいろ問題もありますが、これは過去の栄光をそのまま使えます。高齢者の多くはサラリーマンのOBです。やってきた仕事についてはプロの部分をもっていますから、中小企業では総務課長のような労務管理をやっていく人材が非常に必要ですし、人材を育てることができないから即戦力がほしいというのがあってその辺りをつなげています。営利企業ですが完全にタイアップして足立区と合同でやるという仕掛けをしています。
 高齢者市場協議会は民間の活力に重点をおいた形になっています。

公設公営施設の民営化

 公設・公営で仕事を公務員がやっているものを全部なくしてしまおう。公設・公営で運営だけ民間に委託しているものもなくする。完全に民間に委託したということです。
 基本的に地方公務員は朝8時から5時まで、残業もないということで入ってきている人間がいるし、そういう仕組みになっている。ところが看護婦は夜勤・深夜勤があるのは当たり前。最初から違います。公務員の場合サービス部門に直接投入するのはあまり良くない。NPOでも民間の社会福祉法人でもいいから預けていく方法をとっています。全国的にこういう流れが多くなるでしょう。この仕組みを作るには地方自治法など法律の問題があるので苦労がありました。厚生省・自治省などをまわってぎりぎりのところで踏み切りましたが、新聞で報道され、いろいろなところから問い合わせがたくさんあり、これを進めると協同労働を含めて受け皿として広がってくる可能性は強い。全国の自治体では、自前で施設を作り、経営し、職員を張り付けるという負担と効率の悪さに絶えきれなくなってきていますからそういう動きがあるだろうと思います。

権利擁護と顧客満足度の向上

【図2】 マーケットあるいは市場原理というのはすばらしいとは思いますが、当然経済学でいう市場の失敗も起こすし、かなり問題もある。とくに高齢者の関係の中でも要介護高齢者の場合、知力・気力・体力ともに落ちているわけですから、これを賢い消費者になりなさいといってもなかなかできない。足立区では権利擁護とCS(顧客満足)の視点から5重構造のセフティネットを作っています。
 たとえば「消費者のフェイズ」--消費者の面からみて1万人の家族会を組織しようとしています。こういう組織をつくろうとすると巨大なプレッシャーグループが出来上がるので一般の役人はいやがりますが、今年の秋、足立区は逆に1万人組織してしまおうとしています。「あんしんネットワーク」の中に民生委員や先ほどの商店街の「よろず相談所」などが組み込まれていきます。さらに「在宅介護支援センター」を町会の数と同じ25カ所作っています。成年後見制度などを扱う「権利擁護センター」が4月から動いています。その上に「苦情等解決委員会」があるということで、全ての苦情は発生した本人に一番近いところで解決されるのが好ましいだろうという考え方でやっています。「情報」や「供給者」の関係も同じ様な仕組みをつくっています。
 NPOや協同労働については、市場機能のチェックの部分で期待したいと思います。高齢者関係の介護評価については、第3者評価、いったい誰が評価するのかという話が話題になっていますが、第3者評価においてNPOや協同労働の方々が市民的視点なりある視点に基づいて第3者評価機能を果たしていただきたいと考えています。
 我々役所が自前で様々な高齢者サービスをランク付けしていったら市場はガタガタになってしまいます。評価は役所がやらない方がいい。足立区の場合は、1年半前に社会福祉協議会に作らせた組織「基幹介護支援センター」がある程度客観性のある数字をこの秋から公表します。分母に年間のサービス量を、分子に苦情が何件あったかという分数を公表したり、年間サービス量の中で要介護高齢者の要介護度が下がった、つまり良くなったというのも出します。
 その他に皆さん方のようなNPOの方々が評価機能を持って主観的でけっこうだから評価を出してくれる。あるいはアメリカのムーディズのような公認会計士や弁護士が集まって専門家の判断が出る。これら3つくらいの評価が一致して「だめ」といえば「だめ」、3つが一致して「いい」といえば「いい」。こういうサービス評価の機能を皆さんとも連動しながらやっていきたい思っています。
 皆さん方のような市民事業・市民企業など営利企業サイドとは違った論理で住民の中から仕事起こしが始まり、そのサービスが住民に向かうと同時に自己監視機能というかチェック機能を持っているという流れは非常におもしろい。生命財など医療系、身体介護、食品、だんだん生きる芯に近いところになればなるほど財の性格が変わってくる。そういったものに対して皆さん方が企業の論理とは違った形で自らチェックしながらサービスを提供できるとなれば、住民の支持を受けると思います。
 現場サイドでは、協同労働が福祉や介護の世界ではどうしても必要だという感じがしてきています。たとえば厚生省の役人や野村総研の人と議論しましたが、家事援助は介護保険に入っていますが、価格が1500円になってしまったので、ほとんど家事援助にいってしまった。家事援助に行きながら身体介護をさせられたりして問題が起こっている。厚生省の役人も言っていましたが家事援助を介護保険から外したい。別な形に組み立てた方がいいだろう。皆さん方のようなサービス提供者の場合、株主に対する配当だとか社長に対する賞与だとかないからお値段も安いのではないかと。
やはり、サービス提供者であり且つサービスを受ける側、つまり主体と客体が一緒の組織というのは隙間的事業を含めてかなりトータルな消費、きめ細かい組み合せが可能だと考えているので、ほんとに重くなった方々はもちろんですが虚弱とかその前の予備軍あたりに大きなマーケットがあるように思います。それも一旦サービスを始めたらすぐやめない、継続的に行うことが必要になっています。いま来ている苦情のかなりは昨日来たヘルパーと今日来たヘルパーが違うというのが多く、企業からみると無線タクシーと同じでロスタイムは困るから、近くにいて移動時間がかからないヘルパーを投入する。いちいち説明しなければならないから身体介護など特殊サービスの場合は非常に苦痛になっている。そういう意味で皆さん方協同労働の果す役割は大きいと思います。
 労働者協同組合法が早くできればいいと思っていますし、全国の自治体もおそらく皆さんとは連携しやすいだろうと思います。皆さん方はどこかの政党とタイアップしているのではないし、非常に感覚が広いし、アメリカにはNPOやAARPの実践もあります。こういった運動を盛り上げていただいて、我々と対等の立場で握手をしてやっていきたいと思います。

8月号目次協同総合研究所(http://JICR.ORG)