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イタリア社会的経済の旅(10)Voyage to the Social Economy in Italy |
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旅を終えて |
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田中夏子(長野県/長野大学)
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目次 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1.はじめに−本報告のねらい
9回にわたる連載を締めくくるにあたり、ここでは、これまでの事例紹介を横につなぐような視点で、イタリアの各地の非営利・協同がどんな歩みを重ねてきたのか、そして今どんな課題を抱えているのかについて報告します。 本題に先立って、まず前半では、イタリアにおける非営利・協同研究の多様な視点、問題関心について概観したいと思います。また、後半は、これまでのフィールドワークから、社会的経済の発展の経路が、担い手や地域によって大きく異なる点にも触れたいと考えています。社会的経済論にとって、現在、成熟しつつある様々な協同の試みの本質を見極めて、普遍化・一般化し、共通の概念として表し出すことが必要であることは言うまでもありません。しかしそれと同時に、それらが飽くまで多様で、今ある形が、当事者の試行錯誤と工夫の所産にほかならないことを再確認することも重要ではないか、と考えています。非営利・協同の営みに対する社会的認知が行き渡り、制度化される中で、硬直化、形骸化、画一化との格闘が迫られるようになるでしょう。その際、モデル化された「刷新」ではなく、「固有性」「個別性」に基づいた等身大の「刷新」が重要な課題となります。そのため、社会的、文化的、経済的背景の異なる二つのイタリア(北東部と南部・島嶼部)で、それぞれ、地域や暮らしの課題、「生きにくさ」に対してどんな対応がなされているか、見ておきたいと考えました。 2.イタリア非営利研究の視点−学際的で多様な視点の交流 イタリアの非営利研究は多くの学問分野(経済学、社会学、政治学、法学、教育学など)の学際的参加を得ながら進んできました。それぞれの学問分野が葛藤を呈しつつも、共同研究に取り組んでいる点が印象的でした。そこで始めに、各学問分野がどのような関心から、非営利研究をおこなっているか、触れたいと思います。 @まず社会学では、非営利の生成、成長、成熟の段階に呼応して、(ア)「新しい社会運動論」の文脈で、市民運動の変化−すなわち政治的・階層的な抵抗運動から、文化的・経済的な創造活動への移行−を指摘する議論、(イ)「市場や制度の社会的構築論」の文脈で、上記の「創造的活動」が社会的認知を得、さらに制度化に至るまでの過程を辿る議論、また(ウ)「脱構築論」の文脈で、制度化された非営利運動が硬直化や変質を遂げ、またそうした事態から脱却するための新たなあり方を模索する議論などが存在します。さらに、最近の研究動向としては、非営利とその他の社会的な機関(市場、国家、市民社会)との相互関係に着目し、その影響関係を実証的に明らかにしようというアプローチが生まれています。 Aまた経済学の分野では、社会的企業の「経済性」を多角的に描き出す方向で研究が進められている。(ア)公共財政論の文脈で、自治体サービスの民営化・外部化がどのような経済的効果・負担をもたらすのかを検討する議論、(イ)社会政策論の文脈で、混合福祉への展望や問題点を指摘する議論、(ウ)インフォーマル経済論の文脈で、ボランティア労働や事業体の様々なレベルでのネットワークなど、従来非経済的ファクターとして考えられてきた社会的・文化的ファクターの経済的効果* を実証的に明らかにする議論、(エ)労働政策論の文脈で、伝統的な、障害者雇用促進政策の限界とその克服にむけた、あらたな方向を費用対効果の検証を織り込みながら提言する議論* が活発化しています。 Bさらに政治学の分野では、とりわけ、民営化・外部委託化をめぐって、行政と非営利組織のパートナーシップがいかにして可能なのか、といった議論が着目されます。両者の間に、従来の「発注者」「受注者」という垂直的関係から踏み出た、パートナーシップが求められて久しいものの、その実現には依然大きな困難が伴います。そもそも公的サービス外注化は、自治体財政難を理由とした低コスト志向が強く、特に1980年代の汚職の横行を規制するためのEUレベルでの公共事業入札「最低価格原則」の普及もあって、一時、質を無視した安上がりのサービスで対応する動きが強まりました。こうした事態を改善するため、現在では、特に社会的サービスの分野に限っては、「経済的指標」とともに「社会的指標」を公共事業入札時の評価に加えようとする傾向が生まれています。まだ一部の、非営利先進地域で実験的に着手されている段階ではありますが* 、これら、一連の関係づくりの過程は、自治体の体質を変更し、市民の、地域政治への参加を促すといった、地方政治文化の変化の可能性を秘めるものとして着目されています* 。 市民社会の諸活動を出自とする「社会的経済」の成熟が、市民、企業、国家の間の対立的・閉息的な関係の作り直しに何らかの寄与を果たすのではないか、という期待の高まりを背景とした議論ですが、同時に、「社会的経済」が従来の企業や地方政治文化から大きなマイナス影響を受ける面も否定できず、現に、「非営利経済」の資本主義化、硬直化、人々のニーズからの乖離などの指摘も生まれるようになりました。 以上、概観しただけでも、研究視点に大きな広がりを見いだすことができます。私自身は、主として「社会学」に依拠した研究ですが、なるべく他の研究分野の視点にも学びながら、イタリアの社会的経済が持つ魅力と課題をさぐっていきたいと思います。 3.「二つのイタリア」における社会的協同組合の発展経過と課題 −−地域の社会的・文化的土壌に対応した、多様な発展の経路 一口にイタリアの非営利事業と言ってもその姿は多種多様で、地域、事業分野、発展段階ごとに大きく異なってくるため、一般化は不可能です。ここでは、日本の非営利・協同にとって示唆的と思われる点を4つ、「北」と「南」の違いを加味しながら考えていきます。一つひとつ重たいテーマですので、詳述は別の稿に譲らねばなりません。ここでは、これから深めていくべき考察対象の紹介となります。 さて、本論に入る前に、なぜ「北」と「南」なのかという点について少しだけ触れたいと思います。 よく「イタリアは平均値が意味を成さない国」と言われます。たとえば一人当たり所得や失業率などを地域別に並べてみると、それが如実にわかります。ここでは一例として、「若年失業率」の数値を挙げておきましょう(表1)。 表1 地域別・男女別にみた若年層(29歳以下)の失業率 単位:%
イタリアでは、若い人たちの失業が深刻で、全国平均でも3割〜4割ですが、これを地域別に見ると、大きな開きがあります。各国から視察が集中するボローニャやトレントは「北東部」で、経済的な指標から見るとイタリアの中でもきわめて恵まれた環境にある地域です。それに対して、南部は5割〜6割強の若者が失業状態にあります。むろんこれをカバーするインフォーマル経済、アングラ経済も南には存在するわけですが、ここで確認したいのは、イタリアの「非営利・協同」も一つとしては捉えられないない、という点です。 調査は、「非営利・協同の組織は、上からというより、地域の事情や特質を反映して下から形成されるものだ」という立場で行いました。経済的に恵まれた地域における非営利・協同の役割、あり方、機能と、そうでない地域における協同組織の姿との違いに着目をしながら、「イタリア」を十把一絡げのイメージでなく、分節化して見ていくことが必要だと考えたからです。北の先進的な例だけでなく、原始的な段階にあって現実と格闘する南の協同組合も、多くの示唆を提起していると思います。 (1)仕事の仕方・サービスのあり方をイノヴェイトする力 まずはじめにイノヴェイティヴな力に着目します。これを媒介することで、「仕事観」「組織構造」「地域社会への働きかけ」など、様々な点が映し出されるからです。 非営利・協同組織を歩きながら痛感するのは、サービスのあり方を、質、量ともによりよいものへとイノヴェイトしていく志向がきわめて高いことです。これはイタリアに関わらず、非営利・協同組織には共通に見られることですが、ここではそうした一般的な性格に加えて、「よい仕事」を自覚的に強化していくような「仕事との向き合い方」を指摘したいと思います。イノヴェーションの背景には、EUからの働きかけ、ISOの導入や入札方式の高度化、社会的バランスシートの普及など外的要因もありましょうが、何より事業組織自身が膨大なエネルギーを費やして、自分たちの仕事の評価作業を行っている点が注目されます。特に北部の協同組合は「社会的出資決算書」(Bilacio Sociale)作成の普及がめざましく、細目におよぶまで、評価と改善の議論が活発でした。 社会的サービスは、その効果の測定が極めて困難で、自己点検・評価作業をするにも拠り所となる基準づくりから取り組まねばなりません。こうした取り組みが、かえって、自分たちの事業の意義や課題を根本的に考える契機となって、イノヴェーションの土壌を作っていきます。 ただし、これが一部の幹部によって、形式的に整えられるに留まるなら、上記のねらいは達成されません。それを実効力あるものとするためには、全員の民主的な参加が求められます。したがって、自分たちの仕事の質を問う営みは、日頃の組織運営方法の是非についても、確認を余儀なくされます。 南部の協同組合においては、公的財源に全面的に依存する例が大部分です。いったん公的発注者との関係が安定すると、一般に、刷新への取り組みは後景に退く傾向がありますが、その停滞をどうやって乗り越えるか、が南部で活動する組織の課題です。その一方で、公的支援の対象となっていない、社会的弱者に対するサービスの開拓は積極的に行われています。北部と比べ大幅に遅れがちの、社会的弱者に対するサービスを量的に拡大している段階にあるといえましょう(社会的経済への旅A)。 北部の協同組合においても、大部分はこれと同様の傾向にありますが、新しいサービスの開拓と同時に、定着したサービスの刷新についても試行錯誤を怠らない仕組みを持つ協同組合にもいくつか出会いました(社会的経済への旅FH)。前述のように、ISOの導入や、きわめて未成熟とはいえ営利的企業の参入が始まって、既存事業といえど競争に曝されつつあることなど外部要因も大きいと思われますが、南部との比較でいえば、一通り行き渡ったサービスを、質的に充実させていく段階にあると考えられます。 (2)「労働市場の再構成」にむけて 次に「市場」との関係です。とりわけ非営利・協同陣営が、「市場」を「作り直していく」といった側面を描き出すため、「労働市場」を考えます。 ヨーロッパでは、非営利事業組織に対する位置づけとして、雇用創出源としての期待も高いことはこれまでも指摘されてきました。たとえばイタリアの非営利事業に働く者は、国内の総就労者の3,1%を占めるとされています。しかしここで着目したいのは、協同組合を含む非営利セクターが、量的な重要性と並んで、質的な面で労働市場にどのような影響をもたらしているか、という点です。 現在では、福祉需要の増大を即雇用ポストの創出可能性に結びつけるへの疑問が浮上しています。往々にして専門性の獲得を考慮することなく、早急な結びつけがおこなれたこと、サービスの質をどうするかの議論よりも「雇用問題」の量的解決が先行しがちだったことなどから、かえって社会的労働に疑念をよぶ傾向も出現しました。 イタリアでは、非営利・協同陣営の働きかけにより、「産業構造の転換による人材配置の変更」という量的な整合化でなく、一人ひとりがどう働くのか、に対して敏感な労働政策への転換がはかられつつあります。上記のような転換にあたっては、政策上の投資先も、社会的弱者そのものではなく、それを受け入れる能力に欠ける「社会の側」へとシフトしています。「社会の障害を取り除く」というノーマライゼーションの考え方が、雇用政策に及んできていることがうかがえます。 例えば障害を持つ人々の就労問題を例にとりましょう。障害が問題なのではなく、障害に対応すべき資源(物理的、人的、組織的)を企業が備えていないことが問題であり、その「労働市場の失敗」(Borzaga)をどう改善していくかが、行政、企業、および協同組合の課題であるという考え方が定着しつつあります。この考え方は、労働市場を現状のままにしておいて、その周辺部に「雇用枠」を設けるという、従来の社会的不利益者対策から、労働市場の構成を見直し、政策的介入も、障害を持つ人の職能形成だけでなく、そうした人々を受け入れることができるよう企業を育てるところへと及びます* 。 非営利・協同が労働市場において担う役割は、社会的弱者の雇用の転換にとどまりません。イタリア北部では、失業率からすれば、雇用の量的問題は解決されているように見えますが、その質については多くの問題を抱えています。いわば失業率の低さに隠されて見えにくい「働きにくさ」に焦点をあてることも、非営利・協同の課題です それに対し、南部の場合、3〜4割という高失業率のもとでの非営利の展開は、「働く立場の質」からみればまだまだ問題の多い形(短期、短時間の不安定就労)であっても、そこから出発せざるを得ません。 例を挙げます。たとえば、私が調査に入った南の島嶼部の、人口1200人の村では、女性の労働力人口240人。男女あわせての失業率が6割だから、女性のみの失業率となると少なくとも7割以上。実際職を得て働いているのは3割として、わずか70名です。ここで十年にわたって高齢者介護のサービスをてがけてきた社会的協同組合は、女性による短時間労働(4時間)が中心ですが、村の圧倒的多数の男がドイツの自動車会社に出稼ぎにいくなか、「この村じゃ、最大手の企業」として35名、すなわち村の雇用の半分をカバーしていることになります。わずかな数字といえばそれまでですが、それでももっぱら移民輩出以外に仕事の場を見いだすことができなかった南部の地域が、「社会的協同組合」という雇用源を得たことは大きな意味を持っていたことを、この村で過ごしてみて実感しました。 (3)自治体と非営利組織の社会関係 ここで着目するのは、委託契約を通じた自治体と非営利の社会関係です。事業の委託関係が、随意契約→競争入札→最低価格原則の適用→社会的指標の導入といった形で変遷してきたことは、すでに述べました。特に、公共事業における「最低価格原則」の貫徹が、社会サービスの民間委託化に際しては、サービスの質低下といった問題を引き起こしたこと、こうした自体を受けて入札制度が工夫された結果、「経済的指標」とならんで「社会的指標」が導入されてきた経過は、今後、日本の非営利・協同と自治体との関係を考えていく上で示唆的です* 。 むろん「社会的指標」の導入が、自動的に両者の関係を対等化し、サービスの質を向上させる特効薬となるわけではありません。むしろ私たちの目には「先進的」と映るこの試みも、「社会的指標」が普及した北部においては、いくつかの問題が指摘される段階に至っています。例えば、社会的指標といっても、事業体の、過去の実績を取り上げれば、老舗に有利となり、またプロジェクトや構想力を重視した場合は、「作文上の工夫」で実態が伴うものかどうかの見極めが難しい。判断する自治体の側も、「最低金額」という単純な基準をこえて、「社会的指標」のもとに事業体の実力を評価する能力が必ずしも備わっているわけではない、実質的に継続事業に新規の事業組織の参入が困難となっている・・・などです。 さて、当然のことですが、両者の社会関係は、委託のあり方だけで語られるものではありません。「発注者」「受注者」という関係を越え出て、緊張関係を含んだパートナーシップの形成が求められます。そのために必要となってくるのが、第一に事業連合組織、第 二に労働組合でした。 (4)事業連合の役割の大きさ 小規模な非営利事業組織が、以上述べたような財・サービスの供給のあり方、労働市場、行政との社会関係などを、規制し再構成していくためには、事業連合のネットワーク機能が不可欠となります。北部では、事業連合による業務や入札の共同化が高度に発達していました。受注のみならず、EUの補助金や財団から資金を引き出すための調査とアドバイス、組合員教育、単協への融資、総務・会計業務の共同化はもとより、行政のカウンターパートとして機能しうる、極めて優れた政策集団でもあります。 こうしい事業連合の発展は、一方で、様々な協同組合間の、高い水準でのレベルあわせに寄与するものですが、他方で、連合の中で「モデル」視されたやり方に足並みをそろえる傾向も否めず、本来、それぞれの協同組合が個性豊かに切り開いてきた工夫の所産が、同質化・画一化することにつながる一面もあります。さらに、共同入札方式に参加することによって、事業連合に加盟している単協は、仕事を安定的に確保できるものの、事業連合の実質的な独占が、別の事業主体や一匹オオカミの非営利組織を閉め出す結果となり、これについては、協同組合内部からも疑問の声があがっていました。いずれにしても、事業連合の力の大きさを痛感しました。 これに対し、南部の協同組合の場合、交通の便に恵まれず、厳しい自然条件によって物理的な点在を余儀なくされるため、ネットワーク化にも困難を抱えます。情報技術が発達しているとはいっても、日常的な生活の中で、頻繁な行き来と意見交換が土台として存在しなければ、ネットワークは象徴的なものに留まるようでした。 (5)社会的サービス民営化を社会的に制御する労働組合CGILの試み イタリアにおける自治体の社会サービスの外部化は、ある基準に従ってというよりも、なし崩し的に行われてきました。例えば非営利・協同組織の先進地とされるトレント県も、サービス外部化にあたっての明確な基準は存在しません。同じ県内町村でも、ある自治体は高齢者の介護サービスを100%直営でやっており、隣の町村では同様のサービスを民間に全面的に委託といったばらつきがあります。むろん、イタリアの場合、いくら小さい町村でも独立性が高く裁量権も大きいので、自治体が独自の理念で対応した結果、サービスの担い手が多様であるならば問題は無いのですが、現実には基準や原則の不在に依るものとなっています。こうした現状に対して、非営利組織や労働組合が自治体に基準の明確化を求めている段階にあります。 とりわけ労働組合が意欲的に取り組んでいます。この点は、シリーズの中で触れることができませんでしたので、やや紙面を割いておきたいと思います。 労働組合が非営利・協同運動との連携に多くの力を割いてきたことは、高齢者や年金生活者の非営利団体AUSERの活動に象徴されます。労働組合幹部の構成を見ても、いわゆる組合活動家のみならず、非営利・協同運動のエキスパートがスカウトされるなど、現業・正規雇用労働者をターゲットとしてきた従来の運動から、新たな展開を模索している様子がうかがえます。しかし、AUSERや高齢者大学を労働組合自らが担いつつも、つまり非営利・協同の可能性に絶大な信頼を寄せながらも、それらが自治体の委託事業への依存度を強めることについては、「非営利・協同による、行政への批判力が低下」するとして危惧しています。したがって非営利・協同組織にとっても行政にとっても、両者の対等なパートナーシップのためには、第三者、すなわち労働組合の関与が必要となります。 前述のように、外部化、民営化が場当たり的、なし崩し的に進行しているとすれば、一体そこにどんな規制が必要とされるのでしょう。CGILが提起しているのは、例えば「外部化の目的、対象、期間を明確にする。直営から民営とする自治体側のニーズは何か。利用者の確定は誰がどのような方法で行うのか。民営化に際してはどのような職種、どのような専門性を備えた人間が何人必要とされるのか。担当の自治体職員との役割分担は何か。関係者の協力体勢をどうやって作り維持していくのか。業務の点検や報告はどのように行うのか。確保すべきサービスの水準はどのようなものか。財源の確保はどうするのか・・・」などです。こうして見てくると、この外部化・民営化をめぐる「基準づくり」が競争入札における公示書類の「社会的指標」と大きく関わってくることが見て取れます。逆に、こうした点がきちっと確定されていない状態では、「社会的指標」を重視した業者選定もできないことを意味します。「社会的指標」形骸化の批判がはやくも寄せられていることを、先に述べましたが、その原因の一つは、根本のところで外部化をめぐる原則を設けていないところにあります。 労働組合は、行政、非営利・協同組織に対してカウンターパートとして機能することで、第一に、無原則な福祉の後退に対し、市民の側が、一定の制御力を発揮できる、第二に、発注・受注関係にある自治体と非営利・協同事業組織が、ともすれば陥りかねない垂直的な依存関係を、対等なものへとひっぱる、以上のような役割を担うことが可能となってきます。 4.終わりに 本稿は、去る5月28日の研究会での議論に基づいています。当日は、上記の他、非営利・協同の核ともいえる「協同労働」の優位性と困難* や、イタリアで長い期間懸案となっている「協同組合員−労働者法」についても話題が及びましたが割愛しました。また、民間営利企業との関係やコミュニティの他の諸主体との関係など、当然盛り込むべき論点を、勉強不足でカバーできませんでした。少し充電期間をおいて、今回積み残したテーマについても、議論を再開していきたいと思います。 *1この場合、効果はプラスとマイナスの両側面が考えられる。プラスの例としては、モティヴェーションの高い人的資源、情報や教育機会の共有、強いイノヴェーション志向など。マイナスの例としては、例えば社会的企業や協同組合の場合、ボランティアの参加を前提とするケースが少なくないが、それらが無償労働の温床となる実態も指摘されてきた。労働者の権利を尊重しながら「社会的企業」としての強みを経済性・効率性の面でどう発揮し得るのか、あるいはその優位性は単に低賃金でありながら高質のインフォーマル労働にあるだけなのか、といった議論が展開されている。 *2障害者雇用の遅れは「労働市場の欠陥」すなわち雇用する企業の側の欠陥であるという考えから、障害を持った人々への職業教育投資というよりも、雇用する側の技術的・組織的環境を支援することを重視した労働政策の展開が、北部イタリアで見られる(田中夏子「労働市場の社会的構築に関する研究ノート:イタリア・トレントにおける自治体および非営利組織による、障害者就労支援政策を例として」長野大学『長野大学紀要』第21巻第4号、2000年3月)参照。 *3 田中夏子「社会的協同組合と行政のパートナーシップに関する研究ノート:委託契約をめぐって」協同総合研究所『協同の発見』93号、2000年、43-55頁 *4 Ranci C., 1999, "Oltre il welfare state, Terza settore, nuovo solidarieta' e trasformazioni del welfare", Bologna, il Mulino. *5 注2で挙げた文献を参照。 *6 具体的な公示書類の例示と、そこで使用されている「社会的指標」の特徴については注3で挙げた文献を参照。 *7 一般に、非営利組織における労働意欲は極めて高いと指摘される。その「高さ」の要因は何か。モティヴーションや働きがいがどのようなダイナミズムを持つものなのか。意欲の「高さ」が仕事の質やイノヴェーションとどのように結びついているのか(あるいは結びついていないのか)。組織内における人間関係づくりや教育システム、評価活動における非営利の特質は何か。これら点については、1998年、ボルツァガを中心に実施された全国的な大規模調査「社会的企業で働くこと」(Lavorare nel Sociale)(非営利の「働き方」を、他組織(営利企業および自治体)と比較したもの)が大きな手がかりとなる。社会的企業をめぐる大規模な全国的な調査はこれまで二回、いずれもCGMによって行われたが、今回の調査は、以下二つの点から重要。 第一にイタリアの社会的企業が一定の成長の後、どのような新しい局面を迎えているのかを、とりわけ「働き方」に焦点を充てて示している点。しかも、非営利部門のみならず、同業営利部門およぴ公共部門との比較を交えて、非営利セクターの仕事のあり方を特徴づけている。第二に、従来の組織調査に留まらず、そこで働く人々を調査対象として、労働実態や仕事に対する意識・考え方を論じている点。社会的企業では、モティヴェーションの高さが前提とされてきたが、実はそれが同じ非営利・協同労働であっても、組織の構成のされ方によって大きく左右されるものであることが明らかとなっている。なお、調査結果はまだ途中経過。2000年中に刊行予定とのこと。 |