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協同のひろば | ||
東京・武蔵野市の介護保険と今後の課題 …高齢協の展開に関連して… |
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前川 禮太郎(東京都/東京高齢協)
1.武蔵野市介護保険策定の概況 武蔵野市は、東京都23区に隣接する人口13万人余の市で、高齢化率16.4%、後期高齢者率は7.4%で、比較的高齢化が進んでいる。介護保険料の所得段階別では、第5段階23.5%(全国9.2%)、第1段階2.2%(全国2.2%)と高所得者が多く、市の財政も恵まれた状態にあり、地方交付税不交付団体となっている。 現在5期目の市長は、97年9月からは99年9月まで3回にわたりブックレットを作成し、全市民と全自治体に配布したが、その内容は“コンピュータによる介護認定は正しいか、保険あって介護なし”などの問題点を並べ、消費税を介護財源にすることなどを提案するもので、基本的には介護保険の設立に反対するものであった。更に市長は、日経新聞社から『介護保険をどうする』という著書も出版し、同様の主張を述べている。市長が介護保険反対を訴えるなかでの市の介護保険準備は遅れがちとなり,他の自治体の一部が実施したように策定委員会中間報告文章を全住民に送付し、折り返し意見の提出を求めるということはできず、委員が市民の意見を聞く集会を昨年11月に設定するにとどまり、最終答申を提出したのが、条例や予算の議会審議終了後ということになってしまった。このようになったのは、実施間際になって介護保険の根幹を揺るがすような特別措置を持ち込んだ政府にも、細部の決定を遅延させた厚生省にも責任があるが、武蔵野市長の介護保険に反対する内容が、後で検討するように、市民のニーズに立脚したものではなかったことにも原因があったと思っている。 市民は各種学習会、シンポジウムなどを重ねてきて、98年末に市が行った介護保険計画策定委員公募には、40名近くが応募するというように関心は高まっていた。応募者から3名が選出されて、18名の構成で本年3月までに13回の委員会が開催され、常にかなりの数の市民が傍聴した。 委員会が発足すると応募者の有志と市民は「介護保険市民の会」をつくって公募委員が市民の声を反映しやすくするようにした。市担当職員は、策定委員会に対し種々資料を提出し、懇切な説明に努め、市民の意見・要望にできるだけ応じる姿勢をとっていた。毎回公募委員を中心に熱心な討議が行われ、最終段階に公募委員から提出された「市民参加による介護保険運営委員の設置」をめぐる討議では、公募以外の委員からもその必要性を強調する意見が多数だされ、最終答申にそのことが明記されることになった。 市の施策を策定する委員会に公募委員が参加することと、委員会を公開することは当市では始めてのことであった。介護保険計画と同時に発足した高齢者保健福祉計画策定の委員会は従来どおり市長指名の委員により非公開で始められたが、介護保険に関連することもあって開始まもなく公開されることになった。 今回の介護保険計画の策定が市民参加で行われたことの意味は、地方分権の前進ということに加え、後に述べるように高齢者自立の足がかりを築いたということの意味でも大きかったと思う。 2.武蔵野市の介護保険 市は、介護保険になっても現在の給付水準は低下させない、総合条例を策定して介護保険で不足するものは高齢者保健福祉施策として行うとの方針を早い時期から打ち出していた。市民としては、現在の給付水準はどの程度のものなのかを明確にすることにより、新たに設定される保険料と給付の関係を明らかにしながら不足するものは引き上げていくように、また一般財政の軽減分を高齢者保健福祉にどのように振り向けるのかを問題にした。また、市場に参加してくる民間業者と契約してサービスを利用するという新制度のもとで、高齢者の尊厳をどのようにしたら守ることができるのかということをも大きくとりあげた。 その結果、公募委員の活躍によって介護保険の給付については、グループホームを計画に織り込むことができたし、ショートステイの拡充の必要性も確認できた。 最終的には、保険料は3,300円という東京都では2位の高さになった、それは現行との比較 で標準給付に若干の上乗せをしたこと、利用率、給付率に若干の余裕を持たせたこと、ならびに施設サービスにおいて、特養が不足をするため療養型病床群のウェイトが高くなったことによるものと思っている。 武蔵野市独自の施策としては、認定調査は市と公共団体の職員が当たり、認定審査会にはその調査員が同席することにしたこと、介護保険の利用促進のため訪問介護、通所介護、通所リハビリの利用料を当分の間(3ヵ年程度)7%助成することにしたこと、テンミリオンハウスと称し、自立評価者対応の小規模通所施設の運営を市民がボランティアとして実施する場合、補助を1,000万円まで行うことにしたことが上げられる。低所得者へ利用料、保険料補助を市独自で行うよう、公募委員は繰り返し要請したが実現しなかった。 利用者保護の仕組みでは、生活支援員などに関わる権利擁護のシステムは、今後市独自のものを検討することになったが、サービスの評価にも苦情処理にも市民参加による第三者機関を設定して実施してもらいたいとの市民要求は入れられず、サービス相談専門員という職種を新たに定め市の職員が任命されることになった。運営委員会設置も、先に述べたように、最終答申では明記されたが、現在のところ実施される気配はない。 市長が介護保険に反対するブックレットで、政省令で厚生省がすべてを決めるのは、地方分権を否定するものであると主張している。同時に「支援の必要の高齢者に手を差し伸べるのは市の役目である」とも述べている。「手を差し伸べる」という表現であらわされているような、上から救済するという利用者の権利を認めない従来の措置を維持したままの分権化では、高齢者の尊厳を尊重する介護は実現できない。 市長には、介護保険が利用者本位の制度として確立されなくてはならないことを理解できていないように思う、従って市民参加の重要性が認識できないでいる。 利用者本位ということを本当に理解し、実現していくことが市民の今後の課題となったのである 3、今後市民が取り組む課題 市が99年9月最後のブックレットで問題にしていたのは、介護認定の方法、苦情・相談、保険料・利用料負担に関する事項であった。利用料については、先に述べたように新制度への順調な移行のために、一部のサービス利用料を3年間に限り7%補助することにしている。しかし、98年4月の庁内推進委員会報告には「利用料1割負担を軽減するため、減免措置とは異なり、市民相互の拠出金積立方式による武蔵野市独自の新たな『市民健康感謝共済制度』などを検討する」ということが述べられている。この制度は実現せず、独自の軽減措置も行わないことになったが、共済制度ということが論じられたことは介護の公共性を維持するには、共済制度が適当であるとの認識をもっているということであり、高齢協がCC共済を設立し、その機能の一つに利用料給付を検討してきたことにも通じるようにも受け取れる。 以上に見たように、武蔵野市保険策定の経過の中で今後の課題として確認されることは、利用者本意ということをどのようにして実現するかということである。この課題は利用者の主体を確立していく権利擁護などの運動、介護の質を追求する運動に引き継がれていくことになる。 市は、1号被保険者の8%に当たる3,900名程度の認定申請に備えたが、3月末までに申請したのは2,825名にとどまった。ケアプランを作成する作業も市からの繰り返しての催促の結果なんとか4月の発足に間に合わすことができたといっている。高齢者を含めて大部分の市民には、複雑な仕組みは理解されていない。介護保険の仕組みを正確に知ること、特に認定の結果とケアプランの内容を本人と家族が納得できるものにすることの大切さを広く市民に理解してもらうことから始めなくてはならない。その理解の上に立って事業者と正当な契約書に基づく契約を締結することが重要である、このことが高齢者の尊厳を確立するための第一歩となる。 介護保険の仕組みと手続きを市民に徹底する責任は行政にあるとしても、市民が行政と協同してその啓発に努めることは、地域福祉づくりに欠かせないことである。埼玉県ではその役割をになうボランティアの「介護保険サポーター」を募ったところ定員の3倍に当る3,000名に及ぶ人が応募している。選出されたサポーターの中には高齢協の組合員も含まれている。 武蔵野市では民生委員にその役割を期待しているが、多くの市民団体でもそのような取り組みを始めている。この種の活動を市民オンブズマン的活動に発展させようとする講演会の企画もなされている。武蔵野市長は、オンブズマンとは行政訴訟の前段活動なので、そのような制度は介護保険の苦情処理には適当でないとの見解を表明しているので、市民はオンブズマンとは反行政活動であるというように理解する向きがあり、「北欧での少数者の権利を守るために民主主義制度を補うための、また市民と行政の信頼性の強さを基本とする制度である」(岡本祐三)との理解をひろめることは容易でない。 アメリカでは介護オンブズマンは1978年に『米国高齢者法』に位置づけられており数十時 間の研修と実地経験が義務づけられ、全米で12,000人が施設中心に活躍していて、そのほとんどがボランティアであるとのことである。(岡本祐三) 厚生省では、介護サービス利用者のための相談などに応じるボランティアを「介護相談員(仮称)」として、介護施設等のサービス事業者を訪問して養成し、利用者の話を聞き相談にのったり、サービス担当者と意見交換を行うなどの取り組みを行うことで、サービスの質の向上につなげようと計画している。研修方法は検討中とのことである。 大阪では、「介護保険市民オンブズマン機構・大阪」をNPOとして立ち上げている。独自 に研修システムを開発して、告発型でなく橋渡し役としてコミュニケーションと気づきのシステムを構築しようとしているということで注目されている。この活動が目指していることは、「弱い利用者を元気づけ、施設あるいは在宅サービス事業者とを橋渡しする活動を通じ、事業者が提供するサービスの質の向上を図りながら、利用者と事業者との円滑・良好な関係を実現させていこうというものである」(設立のためのコンセプト・シート)。行政とパートナーシップを組みながら、介護保険が目指す「対等な契約」と「市民参加」を市民合意のもとに新しい制度の中に根づかせようとしている。 高齢協CC共済コーディネーターも、高齢協運動が目指すコミュニティケア構築の担い手として同様な活動を目指そうとしている。この二つの運動を地域で統合する視点が重要になってきているように思う。 4、高齢協運動の展開に関して 介護保険とは介護の社会化を目指すものであるとの一般の理解は得られてきているように思っている。その理解とは、現在のところ介護者の負担軽減という段階にとどまっているように思われる。しかし、先に述べたように、市民が権利擁護と介護保険運営の参加に取り組みだしたということは、介護の質を追求し始めたということであり、要介護者の自立を目指す介護の内容を問い始めたということでもある。 自立とは、「生活内容の選択において独自の好みと価値観を持つことのできる『決定の自立』のことであり、自立支援の介護とは、高齢者の自立を尊重することで生活水準が向上し、更なる自立への意欲を引き出すことができる介護のことである」(岡本祐三)という利用者の発達保障の介護の実現である。 このような介護には、介護者と介護を受けるものとのコミュニケーションの確立と利用者を取り囲む環境が重要な役割を果たすことはすでに確認されている。必要な環境とは、自らの生活のありようを自らが決定できることを支える社会のことである。 要介護になって始めて自立が必要になるのではなく、高齢者は常に『決定の自立』をおこなって生活を続けていくことが保障されている社会が存在する必要がある。現在、高齢者は果たしてそのような環境に置かれているのかどうかを改めて問い直す必要がある。 アメリカでは、老人問題を人種差別、性差別と同一の地平の問題とし、エイジズム(老人差別)として捉える研究が理論的にも実証的にも進んでいるとのことであるが、「わが国でエイジズムの視点からの老人研究が少なかったのは、老人主体的な権利欲求が少ないことに起因しているからであろう」(辻正二)との指摘がある。 AARP(全米退職者協会)は、老人差別の状況を明らかにし、高齢者政策に関わる諸問題を常時ウォッチし、市政府や議会に政治的に働きかけニーズを実現し、組織を拡大してきた。そのためAARPは、高齢者の組織化や権利擁護活動とともに、老人学研究所を設立し、高齢者に対する偏見や誤解を解き、高齢者の社会的ニーズの啓蒙に勤めてきたとのことである。 「日本の高齢者は、アメリカと異なり、自分たちのニーズを自分たちで定義し、社会にそれを求めるという機能を持っていない。つまり一つの社会集団をなしていない。その意味で、日本ではまだ高齢化や高齢者の存在は、社会変動の主要要因とはなっていないと見ることができる。」(安立清史)との指摘もなされている。高齢協に参加した組合員には、AA RPのような組織をわが国でもつくろうとして参加した者も少なくない。福祉事務所を拠点にコミュニティケア構築にかかわり、CC共済のコーディネーターとして高齢者の権利擁護を推進しながら、高齢者のニーズを科学的に明確にして、広く社会の理解を得てそれを実現していくという活動が、今高齢協に期待されている。 |