『協同の發見』2000.5 No.96 総目次

巻 頭 言

介護・福祉がひらく労協のあたらしい扉

鍛谷宗孝(日本労協連専務理事)

 タクシードライバー、ホテルマン、保険会社の外交員が「ホームヘルパー養成講座」を受ける時代。介護・福祉をひとつの軸に生き方働き方が問い直され、実際の生活と仕事が再構築される時代が急速に進行している。

 つい1年か半年前には、宮城県鳴子町で労協が講座の委託を受け、理事長の永戸が町長との会談の中で、温泉旅館で働いている女性たちも講座を受けてもらって、「ヘルパーのいる宿」をというのをひとつのウリにして、温泉客が減っている鳴子温泉をアッピールしようということが話題になり始めていた。それが今では、労協・高齢協が主催する講座修了生が2万人に達するという事実にかてて加えて、社会現象として雪崩的に「ホームヘルパー養成講座」の受講がすすんできている。これまではまったく介護・福祉と関係なかったような業種の人たちとの話のなかでも「講座」でおこっている具体的な話をし、そこから描ける可能性を論じ合うと目がいきいきしてくるのがわかる。協同総合研究所はその社会現象と深くかかわる絶好の機会をむかえている。例えば、多くの大学1年生が自発的意思で「講座」を受講することになるとすると、どんな可能性がひらけるか考えただけでも胸がさわぐ。

 少子高齢社会は、労働力の減少、働き手の世代への負担増など暗く描かれがちだが、介護・福祉は市民の胎動と相まって「まちづくり」などと結び未来を感じさせる「元気」を発散しはじめている。市民の覚醒が新設の制度と結び時代をかえるひとつの潮目となっているのが介護・福祉のように思える。

 介護・福祉の分野では、市民の覚醒については確かな手応えがある。だからといって、直ちに「福祉の担い手」としての市民主体が形成されるわけではない。主体の形成はいかにしてなされるのか。主体の結集軸としての仕事がコミュニティをベースとしてなりたつこと、サービス提供者が「協同」していること、その周りに様々なネットワークが形成されること、最低限こうした条件は必要である。なによりも仕事がなりたつことが決定的な条件だが、仕事がなりたつためには、社会的条件つまり社会的制度の存在が不可欠であり、それは「仕事おこし」にとりくんできてしみじみと感じる点である。

 これまでの仕事でいうと、地方公共団体からの仕事の受注は、失対法を背景にしており、病院・生協からの委託の仕事はそれぞれの法制度を背景に成り立っている社会的存在を前提としていた。昨年の「緊急地域雇用特別交付金」の実行の際も、シルバー人材センター、NPOは射程に入っているが、われわれは基本的に射程外である(そうはいっても全国的には、がんばってヘルパー講座の委託や介護保険街角相談所などの委託事業をうけた)。また、緊急雇用対策のバックボーンである「第9次雇用対策基本計画」(労働省)でもSOHO、NPO、派遣労働等にふれながら労協には言及されていない。中小企業基本法の実施に当たっても当然のことながら、企業組合が対象とされるにとどまっている。──歯がゆいかぎりである。

 しかし、介護・福祉の分野では様相がだいぶ異なっており、介護保険制度という新制度にって市民がサービス提供の主体となれる条件ができてきている。つまり、制度にかかわりそれによって形成される市場に市民が主体者として関与できる。現に、介護市場では、非営利・協同の部門が全体の15%の仕事を担っている。この数字は、他の市場と比べてとてつもなく大きい。兵庫県にある伊丹労協では、10年以上にわたり「ホームヘルパー」の仕事をしてきて、今年、ショートステイ、デイサービスなど複合的な老人福祉施設を建設したが、在宅介護では市内で50%近い市場占有率となっている。伊丹市では農協や生協も施設をもって介護に取り組んでいるので、民間事業者の入り込む余地は少なく、非営利・協同の市場占有率は非常に高い。介護市場の将来は、労協・高齢協の仕事の増え方、地方自治体の非営利・協同への期待、ニチイ学館やコムスンなどの動き(資金準備状況を含め)を考えると、非営利・協同の分野が50%をこえる市場占有率をもつのは現実のものとなるのではないか。そう考えると、ヘルパー講座の雪崩現象的状況も大きくうなずける。

 労協が明らかに新しい段階に入ってきたことは誰しも実感していることとなってきている。この段階は、一方で市民が市場に直接関与できる時代とともにあり、だからこそ労協とは何か、高齢協とは何かが問い直されることになる。とりわけ、キーコンセプトである「協同労働」と「労協経営ないし協同経営」は重要な意味をもつ。振り返ってみると、「経営論」や「組織論」については、実践の評価やその蓄積も含めて十分ではなかったように思う。反省をしながら、新たな挑戦に協同総研の方々のご尽力をお願いする次第です。昨年の協同の発見12月号の巻頭言で、「地域と協同の研究センター」橋本吉宏氏が「他にはまねできない協同組合ならではの価値を提供できる力」すなわち「協同組合のコアコンピタンス」はなにかという提起をされ、「原点にもどることではなく、原点を活かし“未来のための競争”に生きる創造的力」として「ボランタリーな協同組合資本(労働・情報・時間など)を経営資源として調達し活かすことができる力」をその本質とされている。重要な指摘と思いいくどか読み返している。というのも、「協同労働」や「協同経営」を構成していく場合に共通した本質をもっているからである。そして、労協法が市民の仕事おこしの選択肢として社会によって認知されていくには、労協法に示された内容への社会的共感の広がりと共に、「協同労働」「協同経営」の内実の豊な事実が重要なのはいうまでもない。6月に予定している連合会の第21回総会では、「仕事おこしの新時代」を提起しながら、ICA新原則をとりこんだ新原則の検討、21世紀の初頭における労協をえがく第3次中期計画の提起をする。中心テーマとして、「協同労働によるコミュニティをベースとした生活総合産業の創造」提起する。21世紀のとびらを開きたい。

『協同の発見』96号(2000年5月)目次協同総合研究所(http://JICR.ORG)