『協同の發見』2000.8 No.99 総目次


社会的経済の広がりと現代的意義


富沢賢治(聖学院大学)

1.社会的経済の広がり


 経済のグローバリゼーションの進展にともない地域社会のあり方が今後ますます重要な問題となろう。15の国家の枠を越えて市場統合を図るEUにおいても、資本の自由移動にともない地域社会の衰退化が激しく、地域社会の維持が重大な問題となっている。地域社会の活性化を図るために、EU諸国の草の根レベルでは、「グローバルに考え、地域で活動しよう」(Think globally, act locally)をモットーに住民主体の運動が発展中である。また、EU自体も地域社会の活性化を図るために民間非営利組織に対する支援を政策化している。その際EUは、政策対象とする民間非営利組織を「社会的経済」(social economy)の組織という名称で総括している。
 1989年にEC委員会(EU委員会の前身)の第23総局内に社会的経済組織の振興を目的とする社会的経済部局が設置されたが、その際の社会的経済組織についてのEC委員会の基本的な認識はつぎのようであった。

 ・ 定義。社会的経済の組織は、社会的目的をもった自立組織であり、連帯と一人一票制を基礎とするメンバー参加を基本的な原則としている。一般的に、これらの組織は協同組合、共済組合あるいはアソシエーションという法的形態をとっている。
 
 ・ 現状。協同組合については、消費協同組合がヨーロッパの全小売事業高の約10>%を占めている。農業ではヨーロッパの全農産物の約60%が協同組合を通じて収集、加工、販売されている。 金融業界では協同組合銀行がヨーロッパの全預金高の約17%を占めている。 共済組合については、約4、000万世帯が健康保健と年金の共済組合に加入している。 アソシエーションについては、保健、教育、文化、スポーツ、レジャー、旅行、ホテル、環境保全、地域開発、貧困対策などの分野で活発な活動がなされている。

 ・ 評価。これまでの歴史において社会的経済組織は社会変化に対する適応能力を示し先駆的役割を果たしてきた。 たとえば、社会保険、年金などの相互扶助組織をつくり、今日の社会保障制度の基礎を築いた。 社会的経済組織は、社会的目的をもち、連帯の力によって社会的評価の高いビジネスを生み出す能力をもっている。 また、市民、生産者、消費者の多様なニーズに多様な仕方で応えることによって新しい市場を開拓しうる。 アソシエーションは、公共的な活動への市民参加を促し、個人を守り、社会の基本的価値を維持するうえで重要な役割を果たしている。

 ・ 政策。ECは、他の形態の企業が利用できる援助措置(情報提供、財政援助、職業訓練への援助など)を社会的経済組織にも提供し、社会的経済組織がヨーロッパ統合市場から利益を得られるようにする。 EC加盟国の国内法がそれを阻害する場合は、その改正に努める。
  EUのこのような政策を背景にして、今日、EU諸国では社会的経済セクターという構想のもとで、協同組合・共済組合・NPOの集合体としての民間非営利セクターづくりがすすめられている。具体的な事例は拙著『社会的経済セクターの分析』(岩波書店)で紹介したので、ここでは2つだけ挙げておこう。

 社会的経済を理念とする地域社会活性化の実践例としては、とりわけスペインのバスク地方のモンドラゴン協同組合グループが有名である。
 スペインの失業率が約20%という不況のなかで、モンドラゴン協同組合グループはいぜんとして労働者数を増加させている。約90の協同組合からなるモンドラゴン協同組合グループは、3つのサブグループに分けられる。財政グループの中心をなす労働人民金庫は、 支店数204をもち、スペインの270銀行中の25位に位置する。工業グループは冷蔵庫と洗濯機の国内生産で第1位となっている。流通グループは食品に関してはスペインのマーケットシェアで第1位を占めている。
 イギリスでは、民間非営利組織の多くが自らを社会的経済組織として認識しはじめ、国内的なネットワークづくりだけでなくEU諸国の社会的経済組織とのネットワークづくりをも推進しつつある。また、1998年11月には、労働党政府とイングランドの民間非営利組織代表との間で「コンパクト」と呼ばれる合意書が締結された。この合意書は、民間非営利組織の活動が「民主社会に不可欠な要素」であり「社会の発展に重要である」と認めている。そして、政府と民間非営利セクターが相互に「補完的な役割」を果たしており、両者が「パートナーシップ」を組むことによって、政策や公共サービスの一層の充実が可能になる、と評価している。このような観点から、政府は同セクターに対して、独立性の確保、資金援助、政策の立案段階からの参加、を約束している。


2. 社会経済システムにおける社会的経済セクターの位置


 社会経済システムとして見ると、民間非営利組織が集まって社会的経済セクターを構成することになる。日本は例外であるが、多くの国では、このセクターは第3セクターと呼ばれている。では、この第3セクターは社会経済システムの中でどのような位置を占めているのであろうか。
 V. ペストフは社会を構成する領域としてのコミュニティ、国家、市場、第3セクターを図のような三角形に表し、第3セクターを他の3領域を関係づける中心に位置づけ、第3セクターの媒介機能を重視し、コミュニティ、国家、市場、のそれぞれの欠陥を補うものとして第3セクターのリーダーシップが社会の諸領域の良好な混合システムをつくりだしていくと主張する。 


 以下では、ペストフの見解を敷衍するかたちで、私見を加えながら、第3セクターの位置と役割について述べることにしよう(ペストフの図もここでは単純化してある)。図の大きな三角形を四つの社会領域に区分するための第一の境界線は、人間集団がフォーマルかインフォーマルかで社会領域を区分するものである。この場合の「フォーマルな組織」については、サラモンとアンハイアーのつぎのような説明が参考になる。「フォーマルに組織されている」ということは、「組織としての体をなしていること。たとえば、定期的な会合をもつ組織、幹部スタッフを持つ組織、手続き規定をもつ組織、法人格をもつ組織など、一定程度の継続性をもつ組織であること」である。  第一の境界線が引かれることにより、家族・地域社会がインフォーマルな領域に属し、その他の社会組織がフォーマルな領域に属することになる。
この区分は、コミュニティと社会的組織との関連を明らかにするうえで、重要な意味をもっている。
 近代社会の特徴を端的にあらわすものとして「身分から契約へ」(H.J.メーン)、「ゲマインシャフトからゲゼルシャフトへ」(F.テンニース)(英訳はfrom community to society)という表現が用いられる。これは社会関係が個人の伝統的社会への帰属によって決定される社会から、自由な個人間の合意によって決定される社会への歴史的変化を示している。あるいは、コミュニティ、すなわち血縁・地縁関係による人の結びつきから、伝統的共同体から解放された自由な個人の自発的意志によるフォーマルな組織の形成という歴史的動向を示している。
 第二の境界線は、「国家か民間か」で社会領域を区分するものである。この境界線を引くことによって国家の領域(第1セクター)が図示される。
 第三の境界線は「営利か非営利か」で社会領域を区分するものである。この境界線を引くことによって民間営利組織の領域(第2セクター)と民間非営利組織の領域(第3セクター)が図示される。


3. 社会的経済の現代的意義


 近代社会の特徴として、インフォーマルな領域(コミュニティ)が相対的に縮小して、フォーマルな領域が拡大することについてはすでに述べた。 さらに、コミュニティとフォーマルな領域である三つのセクターとの関連で歴史的変化を大きく見ると、原始社会ではコミュニティが支配的な位置を占め、農業社会では第1セクター(権力機構)が支配的な位置を占め、工業社会では市場が拡大して第2セクター(民間営利セクター)が支配的な位置を占め、第3次産業と情報化が進展するポスト工業社会では第3セクターと市民社会が発展する可能性が生じる、ということになる。 
 多くの第3セクター研究者が共通して強調している点は、第3セクターがもっている市民社会形成機能である。
 サラモンとアンハイアーは、「人びとのさまざまな期待に応え、市民社会を確立するために幅広い役割をになってきた組織」として民間非営利組織をとらえ、「第3セクターは、結局のところ、第一義的に『市民のセクター』なのである」と結論している。
 では、第3セクターがもっているこのような市民社会形成機能は歴史的観点からどのように評価されるのであろうか。
 サラモンは非営利組織の世界的な急増現象をグローバルな規模での「結社革命」(associational revolution)の進行として把握し、その歴史的意義についてつぎのように述べている。「こうしたグローバルな第3セクターを形成する無数の自立的民間組織は、利益を株主や役員に配当することを目的とする利益組織とは異なる存在であり、国家の枠組みの外側で公共の目的を追求している。こうした組織が世界的に拡散していけば、国家と市民の関係が永続的に変化する可能性がある」。
 さらに言うならば、これは結社革命による市民革命の実現をも示唆するものである。従来、市民革命は市民が政治権力の主体になるという政治革命として理解されることが多かったが、結社革命による市民革命は社会総体に係わる社会革命である。すなわち、政治権力を奪取することから始まる政治革命ではなく、市民社会における住民の連帯の力を基礎にして、社会の総体(経済、社会、政治、文化の各領域)において市民が主権者になっていく過程を重視する革命である。住民が主体的に組織する各種の民間非営利組織を基盤にして社会の基底から積み上げていく革命とも言えよう。
 市民社会において新しい形態の共同体をいかにつくるか。近代以降の人類史の一大課題とも言うべき、この問題に関して述べるならば、住民・市民の自発的な連帯活動の領域としての第3セクターが、市民社会形成と市民社会における新しい共同体の形成のためにリーダーシップを発揮しうる社会的位置を占めていると言えよう。市民社会は伝統的共同体から自由になった個人としての市民が構成する社会であるが、共同体からの自由は一面では個人の孤立化を生じやすい。個人と全体社会をつなぐ役割を果たすのが中間集団であるが、種々の中間集団のうちでも個人の主体性をもっとも発揮しうる集団形態は自発的結社としての民間非営利組織であろう。民間非営利組織は市民社会における公共的活動を通じて諸個人を結びつけ、グラスルーツから公共性をつくることによって、市民社会内部における新たなコミュニティを形成する機能をもつことが期待されていると言えよう。

8月号目次協同総合研究所(http://JICR.ORG)