『協同の發見』2000.7 No.98 総目次
<コミュニティケアを担う>

地域にしっかり根を張って
_“それいゆ”の現状と課題_

杉浦 操六(東京高齢協練馬地域センター代表)
             
 2000年3月4日、東京都練馬区の区役所19階会議室で“それいゆ”という名のヘルパーステーションが、地域の福祉関係者をはじめ多くの組合員、支持者の祝福と期待を受けて誕生した。これは東京高齢協練馬地域センター主催のヘルパー講座卒業生が中心になって行なわれてきた、3ヵ月余りにわたる仕事起こしのための討議が実ったものである。

 練馬区の人口は今年1月に65万人、うち65歳以上の高齢者は10万人(高齢化率:15.3%)である。5年後には12万人(18.1%)、10年後には13.8万人(20.5%)と推計されている。

 “それいゆ”は出発に当たって、自分たちの使命を次のように規定した。

 『支援や介護を必要としている人たちが、一日も早く自立していきいきした希望に満ちた暮らしを送ることが出来るよう、ベストを尽くすことが私たちの使命です。私たちは介護の仕事と取り組むに当たって、《介護してあげる》ではなく、《介護させていただく》を基本的な姿勢にしていきたいと考えています。相手の方の喜び、幸せを自分の喜び、幸せと感じることのできる人間としての優しさを大切にした仕事をしていきたいとねがっています。』

 2月に建てた事業計画では、最初の6ヵ月は利用者10人、つぎの6ヵ月は20人、1年後に30人を見込んでいた。しかし、実際には3月中頃に地域の診療所、老人ホーム、薬剤師のケアマネグループなどからケアの依頼が舞い込み、事業高が4月は24人で66万、5月は29人で118万、6月は30人で112万とはじめの計画を大きく上回っている。サービス提供時間数は465時間、収入の平均単価は2495円となっている。介護保険によるケアは、利用者が入院したり、施設に入ったり、亡くなることもあるので、事業高の変動は避けられない面がある。計画立案に当たって余裕を持つことが必要ではないかと思う。

 “それいゆ”のケア事業の推移
  事業高(円) 利用者数(人) 介護者数(人) 提供時間数 時間当り単価(円)
4月 651,803 24 13 229 2,846
5月 1,188,303 29 13 491 2,420
6月 1,122,670 30 13 435 2,580

 練馬地域センターでは1998年4月から毎月一回A4版4ページ建ての『ねりま広報』を通じて地域活動を進めているが、そのなかで《福祉の充実度=民主主義の成熟度》ということを実感してきた。そして、優れた福祉を実現するためには、地域に生き生きしたコミュニティを建設することが極めて大切だという認識を深めてきた。このことについてセンター杉浦代表は、“それいゆ”開所式の挨拶の中でつぎのように語っている。

 「練馬区には39の中学校がありますが、この中学校区に一つの割合で、高齢者、障害者、カギっ子たちを支援し見守るコミュニティを地域の主婦、学生、ボランティアをはじめ、民生委員、町会の役員、行政・医療・保健の各機関の協力でつくりあげ、福祉から子育てまで地域のコミュニティが支えるシステムを運営できるところまで進めて行きたいと考えています。この道こそ練馬区民の多くが心から望んでいることであり、それだからこそ多くの支持を期待できるものだと確信する」、「そして、この道は儲け本位の会社には絶対歩くことのできない道だと言えます。ここに“それいゆ”と利益だけをねらう会社との決定的な違いがあります」。

 当初の計画を大幅に上回る“それいゆ”の好調な滑り出しの原因は何なのか? それは先に述べた使命感と基本理念への熱い支持によるものと私たちスタッフは確信している。

 6月17日の新聞報道によればコムスン、ニチイ学館などの大手介護業者は軒並み縮小に追い込まれていることが明らかになってきたが、これは単なる見込み違いによるものではなく、基本理念、基本戦略の誤りと見るべきだと考える。なぜなら、本来介護・福祉の事業は地域に密着して息の長い地味な活動によって支えられるべきものだからである。大量宣伝、人海戦術には馴染まない。

 今年93歳になる女性の利用者さん(介護度1)は「あまりにも優しくていい人なので、週2回を3回来てほしい」と希望してきている。また82歳の女性利用者(介護度5)は1日5時間のケアを週3回受けているが「とてもいい人で助かる、これからもずっとつづけて来てほしい」とケアマネジャーを通じて言って来ている。

 “それいゆ”の特長として次のことがあげられる。

@ 全員が高齢協組合員であり、講座の同期生が中心になっているため、チームワークが非常に良いこと
A 運営は、情報の公開・共有を基本とし、すべての課題は民主的な討論できめており、給料計算もめいめいでしたものを相互チェックのうえ支給していること
B コーディネーター中心のケア検討会を毎月一回定期的に行い、経験の交流と学習を通じてレベルアップに努めていること

また今後の課題として
@ 地域にもっと深く、広く根を張ること
A 人材の確保と養成に力を入れること
B 区の介護保険計画をふまえて、少なくとも年率20%をベースにした成長計画を練り上げ、その着実な実行に努めること

ヘルパーとして働くメンバーは「利用者さんの心のつぶやきに耳を傾け、ご苦労さんの声にほわっと心が暖かくなった」「ケアをさせていただくことにより、私自身の人生がより豊かで有意義なものになることを願って頑張っていきたい」といっている。自己実現のための労働が、福祉社会の豊かさに貢献できるという喜びをしみじみ実感しつつ、これからも一歩一歩しっかりと歩みつづけていく。

7月号目次協同総合研究所(http://JICR.ORG)