研究所たよりWEB版(116)

2004年3月10日

菊地 謙(協同総研事務局長)


現場発 スローな働き方と出会う

 協同総研の会員である田中夏子さん(都留文科大学)と杉村和美さん(ワーカーズコープ・アスラン)の共著、『現場発 スローな働き方に出会う―自分に合わせた仕事おこし―』が、3月5日に岩波書店より出版されました。

 田中さんは、学生たちとの交流や長野の農村での女性たちの仕事おこしをに関わるフィールドワークの経験、また杉村さんは、自身の倒産争議からの仕事おこしの体験を通じて、「仕事とは何か?」「働くこととは?」という問題に取り組みます。リストラや激しい市場競争の中で、ともすれば後回しにされる、「労働の意味」を、「市場の中での生き残り」といった発想ではなく、自分たちの身の丈にあったやり方で掴み取ろうとする人々を、現場レベルで紹介しています。

 タイトルにある「スロー」とは、イタリアのスローフード運動に代表されるような、単なる速度の問題ではない、「質が高く、吟味されていること」「人々の暮らしを破壊しない働き方であること」そして「社会に向けた発信力のあること」といった、労働が本来持つべきさまざまな価値を表しており、日本ではひきこもりの青年たちによる「スローワーク」(NPOニュースタート事務局)などとして、提起されてきています。

 21世紀を迎えても、私たちが抱え続けている不安な気分の根本には、「働く」ことが自分自身のものにならないことのつらさがあるような気がしてなりません。非営利事業体や協同組合ですら、市場と対峙して生きぬかなければならない中で、「スローな」労働を提起し、それが成立する場をどうしたら創っていけるかを問う試みは重要です。

 本書は、まさに「現場発」の豊富な事例を中心に、日本のもう一つの働く場を切り取ったルポルタージュです。「協同労働」とは何か?を知る上でも、ぜひお読みいただきたいと思います。大学等の授業のテキストとして最適です。

 協同総研でも取り扱っていますので、必要な方はご連絡下さい。(kyodoken@jicr.org)

※次号「協同の發見」では、出版を記念して田中・杉村さんとILO駐日代表の堀内光子さんの座談会を掲載する予定です。

(岩波書店Webサイト)
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/00/9/0010710.html



『現場発 スローな働き方に出会う』
著者 田中夏子・杉村和美
出版社 岩波書店

■体裁=四六判・並製・カバー・208頁
■本体 2,000円
■2004年3月5日
■ISBN4-00-001071-9 C0036
(目次)

●はじめに

●第1章 働く者の「生きにくさ」

第1節 働く者の現在
  (1)新卒社員が立ち止まる時,再び歩きだす時/(2)弱まるパート労働者どうしのつながり/(3)底に沈み込んでいく人々と向き合って――長期失業者/(4)就職に踏み出せない,踏み出さない――新卒無業者

第2節 「スロー」の価値,そして「新しい働き方」との出会い
  (1)「遅い」ことの価値/(2)「遅さ」と「定常型社会」/(3)「スロー」と「ワーク」


●第2章 女性たちの仕事起こし

第1節 女性たちが仕事起こしを通じて発信するもの
  (1)「仕事起こし」への着目の流れ/(2)「新しい働き方」と「スローワーク」/(3)「暮らしと仕事」の3つの相

第2節 農村の女性たちの仕事起こし
  (1)「えいっこの会」の夢/(2)時間と空間の広がりの中で

 第3節 「あったかいご」の挑戦――雑誌づくりを土台とした
福祉,地域への展開
  (1)介護情報雑誌の立ち上げから宅老所運営まで/(2)これからの展開――複合的な事業組織として


●第3章 倒産企業からの再出発

第1節 労働者の手で職場を守る

第2節 毎日の全体会議で情報を共有――KTC
  (1)倒産後も働き続けて給料を得る/(2)培われた信頼関係/(3)働く人が出資する/(4)民主的運営のための3カ条/(5)「働く者のための」合理化・効率化

 第3節 事業運営に必要な力は自分たちの中に――ZIPANG・JJ
  (1)組合費をもとに会社設立/(2)組合員どうしの連帯/(3)苦しい資金繰り/(4)3つの変革/(5)組合員とのきめ細かな対話

 第4節 地域の人々とともに――港合同田中機械支部,NPOみなと
  (1)仕組まれた倒産と職場確保のたたかい/(2)機械製造と温泉NPO/(3)単組を越えて広がる連帯/(4)「自覚的団結」が生み出した「仕事文化」/(5)働く人すべてが「労働者」/(6)「できるところから始めた」NPO/(7)労働者主体の事業体であり続ける

 第5節 危機を改革のチャンスとして――ワーカーズコープ
アスラン
  (1)ネットワーク型のワーカーズコープとして/(2)継続か解散かの議論の中で/(3)働く者が問題解決能力を身につける

 第6節 つながることで事業を支える
  (1)フラットに話し合える場が労働者自治を育む/(2)労働者事業体が生き残るための方途


●第4章 「スロータウン」の実践

 第1節 いしぶみ(石碑)の里へ
  (1)リズミカルにこだまする手彫りの調べ/(2)石匠たちの挑戦――文化財と地元の石材業を結ぶ/(3)まちづくり研究と書の縁

第2節 まちづくり講座の取り組みを通じて
  (1)歩く試みに端を発して,次々にアイデアと事業化が/(2)学生たちの発見したキーワード

 第3節 スロータウン論における「時間のつなぎ方」


●第5章 スローワークをつくっていく

 第1節 「スロー」な働き方の広がり
  (1)「スローワーク」という言葉を生んだ「ニュースタート」の活動/(2)さまざまな働く場で求められる「スローワーク」

 第2節 「ひきこもり」からワーカーズ・コレクティヴへ
  (1)ニュースタート関西を訪ねて/(2)経験の中から編み出された訪問活動,ドミトリー(共同生活),仕事体験/(3)仕事とボランティアとのはざまで/(4)ワーカーズ・コレクティヴへの着目/(5)なぜワーカーズ・コレクティヴなのか/(6)フリーターたちと取り組む生産者協同組合サポートセンター/(7)「スロー」な働き方への回路

 第3節 「ちがうものさし」をつくる
  (1)「新しいものさしをもらった」――お年寄りたちのふれあい農園/(2)ものさしをつくり続ける行為としてのスローワーク


●終章 「スロー」な働き方の創造に向けて

 第1節 企業の論理からみた「スロー」の価値
  (1)「スローワーク」に対する距離感と親近感/(2)置きざりにされた「スロー」の価値/(3)ビジネス雑誌の特集「非効率が会社を伸ばす!!」/(4)「スロー」なビジネスモデルに潜む2つの課題/(5)侵食力の強い市場の論理をどう規制し得るのか

 第2節 スローワークの多様性
  (1)インフォーマル労働の行方は「市場化」ではなく「社会化」/(2)異なる立場の人々の対話によって成り立つスローワーク/(3)労働者事業体にとっての「スローワーク」の意味

 第3節 ほんとうの「効率性」とは何か
  (1)「効率重視」は悪いのか?/(2)「効率性」を本来の意味合いで/(3)「全工程」を見渡しながら「部分の仕事」を磨いていく

 第4節 新しい仕事文化を求めて
  (1)自らの「働きにくさ」と地域の「生きにくさ」をつなぐ,ある労組の活動/(2)多様な「スローワーク」論の展開を


●あとがき

●参考文献



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