石塚秀雄の海外ワーカーズコープ漫遊記
米国の医療協同組合モデル
『仕事の発見』第19号(1997年1月)所収

 米国の医療サービスは、非営利組織の病院、公立病院、民間営利病院があります。その比率は1989年では51%、32%、17%と、非営利病院の役割が大きくなっています。
 1994年に出された米国の『非営利法辞典』という本では、協同組合の定義として「事業の共同の遂行のために形成された人々の組織であり、利益の分配は資本、労働、その他組合員の出資・貢献に比例して行われる。いくつかの協同組合は税控除組織であるが、多くは課税対象組織である。」と述べられています。
 そのうち病院協同組合(Cooperative Hospital Service Organization)は、米国税法(IRC)では「慈善組織」とみなされて税控除組織となっています。この協同組合は2つ以上の免税対象病院により組織され、協同組合原則に基づき運営されるものです。また活動内容も免税対象活動に限定されます。 
 一般にヘルスケア組織としては、免税対象の慈善組織として、病院、健康維持組織(HMO、1973年に法律できる)、老人ホームなどがあります。このHMOは会員制度の組織です。会員には事前支払い方式で、非会員には料金を取って医療サービスを提供します。とくに緊急医療サービスを行い、また医療ーざすに関する教育、研究などにも取り組んでいます。しかし、この健康維持組織で地域でうまくいっているのは、協同組合方式で行ったものとなっています。組合員が管理して、収益性を重視して、予防医療を広めている方式によって、長期的な質の良い医療提供を可能にしています。
 「カリフォルニア州の州都サクラメントの郊外に住むS.フィンダーズさん(38)は、長男が三日間入院したとき、医療費として5ドル支払うだけで済んだ。HMOに加入して、月350ドルの保険料のうち、勤務先の会社が300ドル払うので月50ドルで夫婦と子ども二人の健康が買えるので満足している。」(朝日新聞1995年8月18日付)
 
 広大な米国では、地域での緊急医療の体制が不足しており、ボランティアに頼らなければ、すぐに病人のところへ駆けつけることが困難な事態が財政的にも人員的にも生じています。地域医療サービスの一つとして地域緊急医療サービス(EMS)があります。全米では閉鎖される地方病院が増えてきたことで、このEMSが重要視されてきています。この場合の「地域」とは「人口2,500人以下の共同体」を意味しています。カリフォルニアでは約半分の人口がこの「地域」に住んでいます。
 カリフォルニアは非常な多民族的な構成をもっています。スペイン、ロシア、ポルトガル、スコットランド、日本、中国などから多数の移民が入ってきました。首都のサクラメントはスペインからのバスク人が作り上げた町としても知られています。こうした移民たちの母国の協同組合の伝統が継承されているといえます。また、カリフォルニアでは現在でも農業労働者に移民が多く、地方部に住む6家族のうち1家族は極貧層であると言われています。農村部の人口の約2割が健康保険に加入していません。またカリフォルニアの地方部は人口密度が1ヘクタールあたり約6人という過疎のために病院経営が非常に困難になっており、医療専門家の人数も不足しています。
 カリフォルニアでは1991年にこの緊急医療サービス強化の検討を地方自治体が開始するような州の法律がだされました。カリフォルニアでは緊急医療サービスの分野に協同組合が参加しています。しかし、多くの郡では地域緊急医療サービスを公的に行う財源が不足しています。また地域コミュニティも同じしような状況にあります。サービスを行うこの協同組合は、当然ながら組合員が所有し管理するものですが、各郡にある医療サービス協同組合の組合員には郡行政当局のも入っており複合的な組合員制度をという性格も持ちます。
 こうした医療HMOで協同組合方式で全米最大のものは、シアトルにほど近いところにあるパジェット・サウンドにあるグループ・ヘルス協同組合です。ここには47万人の組合員が加入しており、患者権に基づく民主的な運営を行っています。さらにはミルウォーキイにある「ファミリイ・ヘルス・プラン」HMOが10万人の組合員が運営の意思決定に参加できる形で、病気予防に重点を置きながら行っています。さらに、ミネアポリス地域にある「グループ・ヘルス」も中西部最大のHMOであり、30万人の職員、55医療センターを有しています。
 首都ワシントンには「グループ・ヘルス・アソシエーション(GHA)」が非営利協同組合として約60年の歴史を持っています。この医療協同組合は、1992年に営利団体に転換するという動議が出されたが、総会では「協同組合は安い費用でサービスを提供し、組合員が管理するものという」声が多く、結局3分の2の多数決を獲得することができず、協同組合にとどまりました。
 病院は、ヘルスケア組織の一形態であり、連邦法では病院は治療、医療教育、研究を行い、病院が非営利組織ならば公的慈善を行うものと規定されています。連邦税法で定めた病院監査ガイドラインでは、税控除審査項目として、(1)コミュニテイ利益基準、私的利益基準の有無、(2)ジョイント・ベンチャーの有無、(3)財務諸表、(4)従業員・外部契約内容、(5)その他取引の有無、などがあります。
  全米では800以上の協同組合型のコミュニティ・ヘルス・センター(CHC)があり、500万人の組合員がいます。伝統的に低所得者層に質のよい医療サービスを提供しようとするものです。こうした医療協同組合の中には、婦人科専門のものや眼科専門のものなどもあります。
 また中小企業の経営者たちも、医療協同組合に従業員が集団加盟することによって、健康保険の分担分を軽減できることがわかって次第に増加してきています。コロラド州デンバにある「ヘルススマート」協同組合は、1974年に制定されたエリサ法(従業員退職後収入保障法)に基づいて、中小企業が医療保険料と退職引当金を軽減するために作られたものの一例です。
 医療協同組合はまた全米ネットワークを作って、施設、病院機器、保険、薬などの共同購入を行って「規模の経済」を追求しています。このネットワークの一つに「サイナーネット」がある。これはメイン州やニュウハンプシャー州の21の非営利病院が集まって作った第二種協同組合であり、1990年には410万ドルの節約を行いました。さらに病院の汚染廃棄物処理の取り組みなどを協同組合共同施設をもって実施しています。
 さらに薬品協同組合として成功しているのが「インディペンデント薬品協同組合(IPC)」です。これは小売業協同組合ですが、米国中部を地盤として400の薬屋に薬品を卸しています。
 また首都ワシントンにある「ユナイテッド・シニア・ヘルス協同組合」は、1986年に、老人の長期介護保険サービスの支援をするために設立されました。この協同組合は全国の老人保健施設に情報を提供しています。運営主体はボランティアであり、「協同組合ケアリング・ネットワーク」というプログラムでは、ボランティアは介護サービスをすることで自分の「ケア・クレジット」を積み立てることができます。
 また医療保険協同組合としては、1926年に「ネーションワイド共済組合」が、米国中部をの農民たちを中心にして設立されています。現在では、65歳以上を対象に支払われるメデケア保険の実施団体として大きな役割を果たしています。このネーションワイドは全米で第4位の保険会社です。 
 ニュー・ヨークのアマルガメイト・ライフも1943年に設立された保険協同組合で、医療、介護、年金など勤労者福祉を目指した各種保険業務を実施しています。こうした保険事業には、全米約900の電気供給協同組合や約500の電話サービス協同組合などが独自の保険、医療制度を作っています。また全米協同組合銀行(NCB)がこうした協同組合や中小企業の従業員のための保健・保険事業を金融的に支援しています。米国では人口の約半分の1億1千万人がなんらかの形で協同組合の事業のサービスを受けています。
 こうした地域医療の協同化がすすんでいる一例がカリフォルニアです。カリフォルニアでは、州人口の43%に当たる1300万人が大都市外に住んでおり、52の病院3000床がその地域をカバーしています。
  地域コミュニティや他の医療機関との協同の仕方は、コンソーシアム(consortium)、事業連合(trade association)と、ネットワークの3種類があります。コンソーシアムとは協同組合が他の非営利組織とジョイント・ベンチャーを組み、税控除を受けることができるものです。事業連合とは、広く会員制組織をさし、「ビジネス・リーグ」とほぼ同じ意味をもち、会員共同の事業目的をもち、営利目的でない事業を行う組織を言い、税控除の対象になります。したがってこれはコンソーシアムよりゆるやかな連合組織を指します。ネットワークは医療協同組合と都市部の病院との支援関係を目的としたもので、地域病院で対処できない患者などを引き受けてもらうことなど連携を強めるためのものです。1989年時点で全米に127のそうした地域ネットワークがあると言われています。
、協同組合は連邦税法の規定では財団からの寄付金を受けられませんが、こうしたコンソーシアムやネットワークを作ることによって、財団寄付金を受け取ることが可能になります。米国では政府の医療予算が減らされる傾向にあるので、医療協同組合と社会サービス非営利組織の役割がますます重視されています。
表1.米国非営利医療サービスの資金源。1984年
資金源 比率
個人的支払い費用 48.3%
行政からの費用 35.4%
個人寄付 8.3%
教会寄付 1.1%
投資等その他収入 1.3%
*出所『M.O'Neill "The Third America",1989』より作成。
 
表2.協同化の形態と収入源(%)
種類 サービス料金収入 会費 寄付金 合計
協同組合 9.2 65.7 25.1 100.0
コンソーシアム 10.2 17.6 72.2 100.0
ネットワーク 42.7 0 57.3 100.0
*出所 J.M.Carman,"Strategic alliances among rural hospitals",
Univ.of California,1992
           
 
参考文献
ドゥフルニ・モンソン『社会的経済』日本経済評論社、1995
L.サラモン『米国の非営利セクター入門』ダイヤモンド社、1994
B. Hopkins, "Nonprofit law dictionary", Wiley, 1994
M. O'Neill, "The Third America", Jossey-Bass, 1989
J.M.Carman,"Strategic alliances among rural hospitals",Univ.of California,1992 ""Coooperative Solutions to Rural Health Care Problems",Univ. of California,1993
 
以上
 
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