『協同の發見』2000.10 No.101 総目次
協同のひろば

はじめまして。編集ワーカーズコープ・アスランを立ち上げました

杉村和美(東京都/ワーカーズコープ・アスラン)

 8月1日、東京瓦会館において、ワーカーズコープアスランの設立総会を開催しました。
ワーカーズコープアスランは、書籍・雑誌・パンフレットなどの編集、デザイン、イラスト制作を行う事業体です。設立総会では活気あふれる質疑応答・討論が行われ、設立趣意書、定款、事業計画案、活動方針などが採択されました。小さいながらもワーカーズコープアスランは、大きな志と夢を乗せて大海へと船出をしたのです。

●倒産争議の経験を糧に
ワーカーズコープアスランの「設立の経緯と趣旨」ならびに「設立の目的」は、以下のとおりです。

[設立の経緯と趣旨]
 ワーカーズコープアスランは、ED労組を母体とする事業体です。
 ED労組は、勤めていた編集プロダクションED社が倒産し、5年半にわたって倒産争議を闘ってきました(2000年5月12日和解解決)。そのなかで、今日の倒産・失業時代にあっては、労働者の団結の力によってこそ、生存権、労働権を確保できることを学びました。また、争議中、自らの力で仕事を継続(自主生産)したことは、組合員一人ひとりにとっての支えとなり、泣き寝入りをすることなく、納得いく解決まで闘いつづける大きな力となりました。
 こうした経験をふまえ、私たちは、リストラ・倒産による首切りと闘う反失業闘争の一端を担うものとして、労働者の団結の力で、被解雇者、失業者、フリーランスのネットワーク化と仕事創出を行い、生存権、労働権を確保する場であるワーカーズコープアスランを立ち上げることにしました。

[設立の目的]
(1) 解雇争議を支援するため、被解雇者の当面の就労の場、または協同での仕事の創出を目指します。
(2) 出版関連のフリーランスのネットワーク化による仕事の創出を目指すとともに、納得できる仕事を追求します。
(3) 失業者の雇用の創出を目指します。行政に失業対策・雇用促進事業などの実施を要請します。
(4) 組合員の相互扶助の精神に基づき、協同して事業を行い、組合員の経済的地位の向上を図ります。

 「設立の経緯と趣旨」を見ていただければわかるように、私たちは、会社倒産を経験してきました。ED労組の組合員は、編集者、デザイナー、イラストレーターで構成されており、職場占拠をしていたこともあって、争議中もずっと自主生産を続けてきました。争議と仕事を両立するのはほんとうに大変でしたが、このなかでたくさんのことを学びました。そのひとつが、「自己決定(権)と団結(権)」の大切さを知ったことです。「労働者の自立と協同」の大切さ、と言い換えることができるかもしれません。「自己決定」あるいは「自立」とは、自分たちで討論し、方針を決定し、それに基づいて行動し、総括する、という行動スタイルであって、誰かの言いなりになったり、他人任せにしないというあり方・生き方です。「団結」あるいは「協同」の大切さを知るとは、いうまでもなく、ひとりではできないことでも仲間が力を合わせれば可能になることを知ることです。1プラス1プラス1は3ではなく、10にも20にもなるということを、言葉や理論ではなく、実感として知ることができました。こうした経験から、争議解決後もばらばらに別の道を歩むのではなく、ED労組を残し、ワーカーズコープという形で協同して仕事をしていく道を模索しようという気持ちが芽生えていったのです。
 ED争議では、残念ながら経営者の責任で雇用を保障させることができませんでした。こうした状況におかれて感じたのは、私たちのように雇用の場を失った"失業者"も労働者であり、失業者の生存権と労働権を確保することは、本来、労働組合運動の課題なのではないか、という疑問です。多くの労働組合にとって、解雇された労働者に関心をもち支援をするのは争議が終わるまでで、その後は「個人でやってください」というものです。失業状態を生きることこそ、経済的にも精神的にも大変であるにもかかわらず、です。現在のように、再就職先をみつけること自体が困難な状況ではなおさらです。しかし、残念ながらこの問題に取り組んでいる労働組合はそう多くはありません。私たちは、失業状態を生きるその当事者として、ワーカーズコープアスランの運動を、労働運動の一環として位置づけて、運営、発展させていきたいと考えています。


●被解雇者、失業者、フリーランスの協同による仕事創出を目指して
 「設立の目的」のうちの(1)は、私たち自身の倒産争議の体験をふまえ、解雇と闘う争議(被解雇者)を仕事面で支えるという趣旨です。失業・倒産時代における反失業闘争の内容は大きく分けて、失業者による仕事おこしならびに行政に対する仕事の保障要求運動と、雇用労働者のリストラ・首切りを許さない闘い、のふたつがあると思います。私たちは、後者の闘いも非常に重要であるとの認識から、設立の目的のひとつに掲げました。これは、ワーカーズコープアスランの大きな特徴となっています。
 設立の目的の(2)は、出版業界におけるフリーランスのネットワーク化・連携による仕事おこしと、納得できる仕事の追求です。
 出版業界は、版元(出版社)─編集プロダクション─フリーランスという三重構造になっています。フリーランスは、本来専門職として、版元にとってパートナーとしての存在です。ところが、長引く不況と版元のリストラ政策のなかで、安上がり使い捨て労働力として位置づける面が強まっています。しかも、編集プロダクションとの競合等により、フリーランスの職環境が厳しくなっていること、版元がプロダクションに仕事を丸投げする傾向が強まり、プロダクションとフリーランスとの間でトラブル(フリーランスへのしわ寄せ)が数多く発生していることが報告されています。フリーランスとしての生存権、労働権が脅かされているのです。
 こうした実態をみるとき、フリーランスの権利確立と出版の三重構造に起因する問題について考え、取り組んでいく必要を痛感しています。この点については、出版労連傘下のフリーランスの労働組合である出版ネッツと連携して、できるところから取り組みを始めていきたいと思います。具体的に仕事を連携して進めるためのルールづくりにも着手していく予定です。


●納得いく仕事を求めて
 納得のいく仕事の追求という点では、ふたつの側面があります。ひとつは、適正な料金です。先にも述べたように、出版社のリストラ政策が進むなかで、競合が激化し、その結果料金が下がっていく傾向にあります。また、デジタル化の進行は、フリーランスの労働の質・量・密度に大きな変化をもたらしています。こうした状況をみるとき、職能に基づく適正な料金基準を形成していくこと、それ以前に最低料金基準を形成していくことが、大変重要な課題になっています。
 もうひとつは、仕事の内容です。ワーカーズコープアスランの出自からいっても、労働者の権利、労働組合の意義など労働に関する領域の本づくりをしたいと考えています(オルタナティブな働き方であるワーカーズコープ関連も含む)。この領域は潜在的ニーズがあると思うのですが、これまでのイメージからは"売れない"ということで、出版社が扱いたがらない領域です。そこを実体験に照らし合わせて工夫し、多くの人に手にとってもらえるようなものをつくっていきたいと思っています。その第一弾として、東洋経済新報社から『リストラに負けない100の知恵』という本を出版しました。また、人権、女性、環境に関するものも手がけていきたいと思っています。


●働く者のための失業対策・雇用促進政策を求めて
 設立の目的の(3)は、最初にも述べたように、私たち自身が雇用の場を失った当事者として、自ら仕事の創出を行うという趣旨です。それと同時に、行政にも失業対策・雇用促進事業などの実施を要請する取り組みを、できるところから開始していきたいと思っています。
 政府・行政は、失業対策と称して、70兆円もの血税を金融機関や大企業(ゼネコンなど)につぎ込み、一方で産業再生法や民事再生法などの制定に見られるように、労働者への犠牲転嫁、リストラ・首切りを促進することで企業を救済するという政策をとっています。こうしたなかで大量に生み出された失業者に対する支援策(生活と雇用の場の保障)は、スズメの涙ほどのものでしかありません。このような転倒した「失業対策」なるものを批判し、失業者自らが憲法に保障された生存権、労働権に基づいた労働者のための失業対策・雇用促進事業・政策を求めていく必要があると思います。この領域での取り組みは今後の課題であると考えていますが、当面は、自治体に対するワーカーズコープアスランへの助成金の要請などできるところから実施していきたいと思っています。


●ネットワーク型ワーカーズコープの試み
 ワーカーズコープアスランのもうひとつの大きな特徴は、ネットワーク型ワーカーズコープであるということです。就労組合員のほか、利用者(クライアント)、仕事ごとに協力するデザイナーやライターなどの団体・個人、出資して支援する団体・個人で構成し、協同して運営するというものです(図参照)。常勤の就労組合員は、私(編集者)と広浜(イラストレーター)の2人です。この2人がワーカーズコープアスランの事務局的な役割も果たします。
 なぜこのような組織にしたかというと、編集制作の仕事の流れからいって、発生した仕事ごとに編集者やライター、デザイナーなどがチームを組んでやるという方法が、いちばん現実に即しているからです。当然、分配も仕事ごとに話し合って決めます。もうひとつの理由は、フリーランスという働き方をしている個々人を尊重しつつ、協同できるところを協同化していくという緩やかなつながり・組織のあり方がふさわしいと思うからです。
 さらには、利用者にも運営にかかわってもらいたいという思いがあります。私たちが利用者というとき、それは主に労働組合のことをイメージしています。仕事面では、議案書、パンフレット、記念誌などの編集・印刷を受けていきたいと考えています。また、"争議支援"という目的を果たすためにも、失業者の生活と権利を守る闘いが労働運動の課題であることを認識してもらい、協同の運動にしていくためにも、ぜひ労働組合にはワーカーズコープの運営にかかわってほしいと思っています。ゆくゆくは、他の協同組合や市民団体、さらには自治体とも提携して、編集・出版の仕事を請けていきたいと思っています。こうしたつながりをつくっていくことで、地域に開かれ、ねざしたワーカーズコープへと発展していけるのではないかと考えています。ネットワーク型ワーカーズコープには、そんな夢と思いがこめられているのです。

●システムづくりとルールづくりにチャレンジ
 最初の年の活動方針は、ともかく経営基盤を確立することです。そのうえで、フリーランスどうしが協同して仕事をしていくルールづくりを、実際に仕事をするなかでやっていこうと考えています。最初からスムーズに行くとは思っていません。矛盾や対立があることを前提として、それをどのように調整していくか、フラットな立場で話し合うことのできるシステムとルールづくりが求められています。失敗を恐れず、しかし常に反省を怠らず、試行錯誤をしていきたいと思っています。
 まだまだ実体もなく、あるのは理想と気負いと無謀さだけ、という私たちですが、労働者協同組合運動の先輩たちに学びながら、一歩一歩歩んでいきたいと思います。

10月号目次協同総合研究所(http://JICR.ORG)