『協同の發見』2000.7 No.98 総目次
<海外事情&海外報告>

コッパの輸送協同組合
―インドにおける労働者協同組合の成功事例
ヤシャバンタ・ドングレ/スレシュラマナ・マーヤ
翻訳 菅野正純
TRANSPORT COOPERATIVE SOCIETY, KOPPA:
A  SUCCESS STORY OF WORKERS COOPERATIVE IN INDIA
By Yashavantha Dongre & Sureshramana Mayya

 インドにおける労働者協同組合は、伝統的には手工業者の協同組合であった。法的に産業協同組合(Industrial Cooperative)と呼ばれるこれらの協同組合は、政府の援助を通じて設立された。独立(1947年)直後には、この種の協同組合がブームを見せ、今日、インドには約4万の産業協同組合が存在している。しかしその大部分は小さすぎて、経済的な活力はない。    1970年代後半以降成長した、他の種類の労働者協同組合が、労働協同組合(Labor Cooperative)である。これは、熟練ないし半熟練労働者の協同組合で、労働者の交渉能力を高めたり、未組織労働者の搾取を軽減するために生まれてきたものである。この協同組合は、組合員労働者へのサービス提供から、建設労働などの契約の締結に至る、きわめて多様なサービス機能を果たしている。これらの協同組合に対してはかなりの政府支援があるが、やはりこの協同組合も規模が小さく弱体である。

 インドにおいてこの10年間に注目を集めてきたのは、「新世代協同組合」(New Generation Cooperative)とも呼ぶべき労働者協同組合である。この協同組合の典型は、労働者による企業買い取り(worker takeovers)ないし新規開業である。だが、これらはすべて、この10〜15年に出現したものである。この協同組合の最も重要な特徴は、手工業協同組合や労働協同組合と違って、規模がきわめて大きく、一般には政府ないし民間部門が領域とするような活動に取り組んでいることである。

 コッパ(南インドのカルナタカ州にある小さな町)の輸送協同組合(TCS)は、労働者階級の決断と力が成功をおさめた、新世代協同組合の一例である。

歴史:TCSは、1991年3月に発足した。民間輸送会社の労働者が、自分たちの人生を台無しにされる危険に立ち向かって、職場を維持することから始まったものである。インドの公共(旅客)道路輸送は、一般に、それぞれの州政府ないしは民間輸送会社によって所有され、運営されている。コッパのシャンカー輸送会社は、事業家一族によって運営される、そうした民間企業の一つであった。1957年に発足したこの会社は、カルナタカ州の4つの地方でバスを運行し、1980年代後半には高収益企業として知られるようになっていた。この時期までに、会社は350人以上の従業員を擁し、85の路線でバスを運行していたのである。

 だが、この会社の効率と高収益は、常に否定的な手段を通じて維持されていた。労働者は非常に不安定な就労にさらされ、その賃金はきわめて低かった。賃上げを要求し、ストライキを打とうとするたびに、労働者は解雇され、それらの試みはつぼみのうちに摘み取られてきた。80年代後半には、労働者たちは、他の民間輸送会社の賃金がこの会社よりもはるかに高いことに気付き、賃上げ要求を開始した。だが会社は賃上げを拒否した。ついに1987年に至って、労働者は団結し、賃上げを求めてストライキに入った。経営側は、きわめて厳しくストライキに対処した。27人の主要な労働者を職場から追放し、さまざまな手段を使って労働者を脅かした。そのため、労働者は2週間たたないうちに、わずかの賃上げで合意し、3ヶ年の協定への調印を余儀なくされた。1990年7月に協定の期限が終了したとき、労働者は再び要求書を提出し、賃上げその他の福利厚生を求めた。経営側は、会社は赤字になっていて、これ以上何も出せないと述べて、いかなる福利厚生の変更をも再び拒否した。この時は労働者たちは、一人の若い労働者の指導のもと、数人の地域指導者の支援を受けて団結し、ストライキに突入した。彼らは、経営側からのいかなる圧力にも屈しなかった。ストライキは53日間続いた。この時、経営側は、会社の閉鎖と、政府へのバス運行許可返上を宣告した。労働者は衝撃を受けた。会社が閉鎖されたら自分たちと家族はどこに行けばいいのか?そこで1991年2月、労働者たちはストライキ終結に合意し、職場に復帰した。だが経営側の態度はきわめて堅く、ストライキを続けた労働者のおよそ半分を解雇して、はじめて会社の経営が可能になる、と述べた。経営側は273人の全常勤労働者に対しわずかの退職手当を出すことを宣告し、彼らの退社を求めた。この時、約130人の労働者が退職手当を受け取り、これを会社の古いバス4台と交換して、1991年5月、輸送協同組合を発足させた。会社側は彼らを追い出すことができて、せいせいとしていた。会社側はその後も、彼ら労働者がバスの運行に失敗し、仕事を乞うために戻ってくるだろうと考えていたのである。法律問題を免れるために、会社側は会社閉鎖を宣言し、次いで4つの小会社に登記替えして、残った古くからの従業員と何人かの新規就業者によって、約35台のバスの運行を開始した。

成長:当初、TCSは多くの困難に直面した。彼らが持っているバスはたった4台だった。他には何の生産手段もなかった。さらに、元の会社は、あらゆる手段に訴えて、協同組合が失敗するよう仕向けた。だが、労働者の決断は成果をあげていった。彼らは、あらゆる些事を克服し、すべてのことに耐えた。10年間に、彼らのバスは、4台から50台に増え、従業員は130人から300人に増え、賃金は3倍に増え――これは他のいかなる民間輸送会社よりも高いものである――年間のボーナスは倍加した。そして何より重要なのは、彼ら労働者の社会的なアイデンティティが高まったことである。協同組合が強化され始めるに連れて、会社に残った労働者たちが職場を離れ始めた。彼らは退職手当を受け取っては、それらの金を協同組合に入れて、協同組合の組合員労働者になっていった。協同組合は、古くからの会社の従業員で、協同組合で働く意思のあるすべての労働者を受け入れた。この過程で、会社側は競争に耐えられなくなり、すべての経験ある労働者が会社を離れた。最終的に1998年、残ったバスが売却され、会社は閉鎖された。

 TCSの労働者組合員は、今日、社会から高い認知を受けている。彼らは、自分たち自身で決定することができ、自分たちの意見が尊重されることを幸せに感じている。かつては搾取的な会社経営側のなすがままにされて打ちひしがれていた労働者だった、このグループが、今日では躍動的で自信に満ちた、町の尊敬される市民なのだ。TCSは広く認知され、最近では、政府の輸送会社がTCSで研修を受けさせるためにスタッフを派遣したほどである。

福利厚生:TCSの出現は、労働者と一般公衆の双方に対して、多くの積極的な影響を及ぼした。TCSは、多くの革新的な手段によって、多くの面で組合員への援助を始めた。多くの間接的な福利厚生が、労働者の家族に提供された。子供たちは学校の授業料が補助された。勉強ができる従業員の子供には奨学金が与えられた。労働者の家族には、希望するどこにでも行ける、無料の旅行機会が年一回、与えられている。医療や退職金積立金などの、各種サービスが導入された。TCSは、労働者の月給明細書を妻に送り、家族に収入を知らせるという、斬新な措置を始めた。労働者がアルコールに金を使っていることがわかった場合、給与の一部は、妻に直接送られ、妻が家庭を維持することを助けている。

 しかし、最も重要な福利は、労働者たちが数年間かけて得てきた社会的アイデンティティであると思われる。一方で、彼らの協同組合は、自分たちの職場を守り、労働者たちが自分の家族の面倒がみられることを保証した。他方では、協同組合は労働者たちを一つの組織の所有者と管理者に変えたのである。そこでは、彼らは単なる労働者ではなかった。このことは、彼らの自信を高めた。
 地域中の人びとが彼らをよく知っている。多くの労働者が、さまざまな学校、その他の組織から呼ばれて、自分たちの経験を語るよう求められている。彼らの写真は新聞やテレビのチャンネルに登場している。
 多くの訪問者が彼らの組織にやって来て、彼らに話しかけている。これによって、認められているという感覚と、人生において何事かを達成したという満足感が、労働者たちに与えられているのである。この社会的・心理的福利こそ、恐らくこの間の最も重要な福利であろう。
 一般公衆も、多くのものを得た。バスは以前よりも良く維持されている。バスは時間通り運行されている。民間会社がバスを運行させなかったような、多くの田舎の地域が、今ではバスサービスを利用できるようになっている。TCSは、世論調査を行い、その世論にもとづいて自らのサービスを改善することを始めた。すべての学生が、TCSで旅行する場合には、半額料金にしてもらえるようになった。高齢者と障害者にも、この福利が与えられている。

比較:量的な情報でこの10年間の実績と変化を説明することによって、TCSの達成を、より良く説明することができよう。以下の表は、その情報をまとめたものである。

  事項 1991〜92 1997〜98
1 バス台数 4台 53台
2 労働者数 130人 300人
3 総収入 498万9000ルピー 2669万ルピー
4 損益 −5万6000ルピー +29万5000ルピー
5 組合員出資額 30万ルピー 80万ルピー
6 固定資産 137万5000ルピー 1278万2000ルピー
7 平均月給 1256ルピー 3400ルピー
8 法定福利 なし 昇給、医療補助、退職金、社会保障基金、臨時休暇、ボーナス
9 その他の福利 なし 出産休暇、有給休暇、制服、貸付金、旅行パス、養育手当て、教育、保険

 上記の表から、この10年間が、輸送協同組合にとって、注目すべき回復と達成の時期であったことは明らかであろう。

 挑戦課題:TCSは多くの偉業を成し遂げた。いまやTCSは、自らを強化しつつ、維持し、協同の実験が持続可能なことを証明しなければならない。TCSの成功は、その民主的性格と、労働者の主体的な関与にかかっている。だが、協同組合が大規模組織になるにつれて、また、過去の民間企業における労働の苦しみを経験しない、新しい労働者が入ってくるにつれて、新たな挑戦課題が現れてきた。

 最も重要な挑戦課題は、あらゆる人がいまや彼らに注目していることである。類似の種類の組織が、自分たちもTCSを見習うことができるのではないか、という希望を抱いてやって来ている。TCSは、次の挑戦課題に応えなければならない。すなわち、他の人びとの案内をすること、新たな組合員の中から次の世代のリーダーを育てること、組織が拡大する中で協同の価値を維持すること、高度に競争的な市場環境の中で経営を浮揚させること、インドの協同組合が政府の干渉にさらされている中で政府の役人に対処していくこと、である。

 だがTCSの組合員労働者には、上記の挑戦に耐え、将来的に速やかに発展していくことができる、という自信が見られる。彼らは常に将来のことを考え続けている。彼らの多くは、世界の別の場で行われている類似の実験を意識している。そこにはモンドラゴンの実験も含まれている。彼らは、成長するにつれて、金融が課題となってくることを自覚しており、自分たち自信の金融機関をつくることを計画している。現在、TCSには、かなりの借り入れがあり、これを縮小しなければならない。新しい労働者を組合員にし、十分に研修させて、協同組合の独自性を理解させなければならない。これらのことが行われるならば、TCSはインドのモンドラゴンとなる可能性も十分あるだろう。

(ヤシャバンタ・ドングレ:マイソール大学・卒後センター教授、インド・ハッサン/スレシュラマナ・マーヤ:MGM大学助手、インド・ウドゥピ)

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