『協同の發見』2000.6 No.97 総目次
海外事情&海外報告
労働の場のデモクラシー
三つの労働者所有企業の活動事例

ロバート C.マーシャル(ウェスタンワシントン大学)
翻訳:手島繁一

 アメリカの協同組合運動では、二つの興味深い運動の展開が注目されています。第一は、中西部の農業協同組合で進行しているもので、穀物加工ビジネスとして始まったものです。この革新的な実践は、「付加価値を創造する農業協同組合運動」として知られるようになってきており、わが国の心臓部における家族経営の農業を再活性化させ始めています。E.G.NadeauとDavid.J.Thompsonは彼らの著書『Cooperative Works!』(Rochester, MN: Lone Oak Press, 1996)で、この実例を紹介しています。

 第二の運動は、より小規模なものですが、サンフランシスコ湾岸地域のワーカーズコープの中で進行しており、「NoBAWC」という頭文字表記で知られているワーカーズコープ集団です(Network of Bay Area Worker Cooperatives、ちなみに「ノーボス(no boss)」と発音します)。「NoBAWC」は既存のワーカーズコープが新しいワーカーズに発展することを支援することを使命としているのです。このビデオに登場する協同組合はみな「NoBAWC」の会員です。

 このビデオでは、次の三つの協同組合を大きく取り扱っています。

■The Cheese Board Bakery and Cheese Shop (25 members)=1967年バークレーで創設。

■Rainbow Grocery (150 members)=1975年サンフランシスコで創設。

■Inkworks Press (18 members)=1974年バークレーで創設。

 この三つのワーカーズは25年以上の事業の歴史を持っており、今では湾岸地域の協同組合運動シーンでは欠かせない組織となっています。またこのビデオ「Democracy in the Workplace」では、1997年にオークランドで設立された新しいベーカリーの協同組合アリスメンデも取り上げています。これら4つのワーカーズは1998年に日本の協同総合研究所からの代表団が訪問したワーカーズの中の一部であり、その訪問記は『協同の発見』誌に掲載されています(訳者注:協同総合研究所『協同の発見』第82号、1999年1月号別冊。以下、同誌からの引用はページ数のみ記す)。したがってその報告記事を読まれた方には、活字上でおなじみの組織や個人の生の声や姿をこのビデオによって直接に聞いたり見たりすることが出来ることになります。

 周知のように在来の企業とワーカーズコープとの主要な違いは、事業拡大に対する態度の違いです。在来の企業では、利潤の増加はより多くの労働者を雇用することによってもたらされるのです。ですから、資本主義は人々をより大きな利潤の獲得へと駆り立ててやまないのです。この事実のゆえに、資本主義企業では経営者が労働者が生産した価値通りに支払わないことで、必然的に搾取が生まれると分析されてきたのです。しかしながら、ワーカーズコープでは、労働者が自らの労働が生みだした価値をそのまま受け取るので、労働者がその収入を増大させようと望むなら、自らの労働量を増やしたり、労働効率を高めたり、労働生産性を向上させるしかないのです。市場の需要に応じて生産を増やすことだけでは、企業経営者の収入は増加しないのです。いやむしろ、増産のために必要な設備投資などを行わなければならないので、経営者は収入の増加を断念することを強いられるかもしれません。

 このことがワーカーズコープというコンセプトの強さだと見る研究者もいますし、逆に弱点だと見る研究者もいます。北米の西海岸では、当地に存在した合板製造のワーカーズコープの事例から、この問題に関して、多くのことを学びました。これらの協同組合の多くは、所有持分の譲渡に当たって高額を設定したために、新たな組合員を募ることが出来ませんでした。例えば10年前、ベリンハム合板は退職組合員の所有持分を買い取ることを望んだ新組合員に対して、現金で4万ドルを払うよう要求しました。結果的には、これらの協同組合は、ますます多くの組合員が退職年齢に達するようになるとともに、事業全体を資本主義的投資家に売却することになったのです。こういったケースは、1920年代に創設されたサンフランシスコ湾岸のガベージ(garbage)協同組合の場合にも見られました。これらの協同組合は現在では全て営利企業に転換しており、従業員は持ち株制度(ESOP)によって企業の所有には参加していますが、事業の全般的マネージメントには参加していません(参照“Collecting Garbage,” by Stewart E. Perry. New Brunswick, USA: Transaction Publishers, 1998)。

 モンドラゴンは、労働者の協同というコンセプトを実現している優れた実例であります。そして事業団は、協同労働によってもたらされた便益を意図して失業者にもたらすことによって拡大をはかるという異例の実践例となっています。この両者に共通するのは、当初からより多くの労働者を組織化することを中心軸に据えて成長をはかろうという路線を追求してきたことでした。今やサンフランシスコ湾岸の協同労働者は、ワーカーズコープの強さはより多くの協同組合と協同という環境の中にこそある、というモンドラゴンの経験から学んでいるのです。彼らは協同を支援する諸制度を強化したり、既存のワーカーズコープが新しいワーカーズコープの立ち上げを支援する方策を探求したりしています。

 このビデオに登場する4番目のワーカーズコープであるアリスメンデ(参照p.46-47)は、協同方式による仕事おこし(the cooperative way of organizing work)を振興するために、NoBAWCとチーズボードの組合員によって立ち上げられたものです。それに参加してきた労働者ー所有者はワーカーズコープについてなんの知識もあったわけではなく、また協同して働くことを望んでいたわけでもありませんでした。彼らは新聞の募集広告に応募し、アリスメンデがオープンする前の1年間、チーズボードで、パン焼きと協同についてトレーニングを受けました。1999年にブライトンブッシュで開かれた西部ワーカーズコープ会議では、こうしたワーカーズコープからの参加者から、職場のあり方に充分満足しているとの意見が表明されたので、NoBAWCは引き続きさらに新しいワーカーズコープを立ち上げたり、成長させたりする方針を取っているのです。サンフランシスコ湾岸地域で種子を播かれた、ワーカーズコープがもう一回り多くのワーカーズコープを育てていくことを可能にするこうしたやり方は、いまや湾岸地域全域に広がっています。

 「Democracy in the Workplace」は、新しいワーカーズコープの立ち上げと運営に関する技術マニュアルではありません。また、協同をより広い職場に広げることをめざす、ワーカーズコープのネットワークの組織化の指導書でもありません。「Democracy in the Workplace」は、協同労働を機能させている人々の証言集なのです。このビデオは、それぞれのワーカーズコープで働く人々への一連のインタビューからなっています。それぞれの証言の背景をわかってもらうために、機械設備、仕事、創意と活動についても述べてもらっています。ビデオに登場する各メンバーは、ビデオ制作者の質問に答える形で話をしていますが、その質問はこのビデオには収められていません。メンバー間で議論するといったやり方もこのビデオは採っていません。各ワーカーズコープがどう活動しているのか、またこのようにして働くことにそれぞれのメンバーが、どういう価値を見いだしているのかを見たり、聞いたりすることが出来ます。これらのワーカーズコープについて『協同の発見』誌で読むことは出来てもビデオを直接見ることが出来ない方のために、これらの登場者たちの証言についてその普遍的な意味を解説し、併せて詳細についていくつか補足しておきましょう。全ての労働者が、賃金、福利厚生、彼らが協同について個人的に魅力的に感じていること、ボスなしでどうやって協同労働を実現しているのか、協同労働に関わる諸困難、および変化する市場に対応する上での諸問題にどう対応しているのか、などについて語っています。

 チーズボードは全ての労働者に、同一の賃金、良好な福利厚生、4週間の有給休暇、健康保険(アメリカでは、公的健康保険制度がないため、個人や小零細企業にとってはますます深刻な問題となっています)を提供しています。数年前、チーズボードは、近くの有名な山岳リゾート地区の土地を求め、メンバーの利用に供する山小屋を建設しました。チーズボードはまた、チャリテイと支援を求める他の組織のメンバーのために、収入の一定部分を積み立てています。
 登場者は、チーズボードの合意形成のシステム(訳者注:「コンセンサス方式」という。参照p.50)について高く評価しているとの意見を繰り返し述べています。チーズボードのメンバーは、経営指導者が素早い執行ができるような意思決定システムよりも、メンバーの団結を高めるために連帯と支援のシステムを作り上げることを重視しています。恐らく、特に明らかに多数が賛成している提案に対し、少数が反対しているようなケースにおいて、団結をどう維持するのかに苦心しているようです。この意思決定システムについて言及している一人の登場者は、明らかに少数派であるとみなされている人々の反対意見や考えに綿密な考慮を払うことは、組織が組織が持っている全ての知識、経験、理解能力を有効に利用できる道なのだ、という注目すべき意見を述べています。

 決定に当たって合意形成を重視する方法に信頼を寄せているグループの中に、わたしはこういう事実を見つけだすのです。すなわち、メンバーは単なる気まぐれや個人的な事情から提案に反対しているのではなく、誰にでも公に調べることができる健全な判断に基づく理由によって反対しているのです。組織の規約や決まりというものは、必ずしも民主的な投票によって形成された多数の意思に基づいて決められたものとは限りません。民主的な組織は一方では、多数者の攻撃から少数者を守らなくてはならず、そして他方では少数者の理由なき不同意から合法性を守らなければなりません。それぞれ「多数の専制」と「少数の専制」と古典的には呼ばれる問題です。

 恐らく、『協同の発見』誌の読者は、美濃部亮吉・元東京都知事が好んで引用したC.L.R.ジェームズの「橋の哲学」を思い起こされるかもしれません。すなわち、橋を架けることに当該コミュニティで一人でも反対する人がいれば、たとえその橋が他の人々に役立つものであったとしても、建設すべきではない、というものです。この視点は、国家という巨大な権力から個々の市民を守るためには有効です。たとえ「少数の専制」というそしりを受けたとしてでもです。しかし、単なる拒否権は、それが少数者を守ることが出来たとしても、共同行動の基盤を提供することにはなりません。それは、事態の悪化を防ぐことにはなりますが、事態を好転させることにはならないのです。橋を建設することである個人の生命や生活が脅かされるとすれば、橋の建設を進めるべきではありません。しかし、反対の本当の理由が、建設提案者を政治的に攻撃するための材料とするものであれば、そしてまたこの事実をみなが知っているのであれば、建設は許されるべきでしょう。

 合意による意思決定システムがうまく働いている組織に関する多くの調査から、わたしは、そこでは意思決定の基礎として、反対することの義務よりも参加することの義務が共通して強調されていると感じています。グループの基本的な福利厚生はグループ内において守られるということを知っているメンバーは、万人に公平でグループ全体に利益をもたらすような提案だけが、実行されるべきだとの期待を持って参加するのです。メンバーが反対するのは、その提案が他のメンバーとの関係でどのように自分にとって影響するのかという理由からではなくて、その提案のありうべき客観的な結果を憂慮するからなのです。彼らは、組織内の自分の地位や安全が、事業を推進する際によく見られるような他のメンバーの抜け駆け行為によって脅かされることがないだろうということを知った時に、確信を持って行動できるのです。

 他方、彼らはまた、提案が全てのメンバーの批判的な評価や鑑定に耐え得ないものであるときには、その提案は採用されないだろうということも知っています。こうした考え方や行動様式、すなわち「参加の規範」は、その提案に対して決定権をを持っているグループがその提案を安易に評価したり、賛成したり出来なくする様々な利点を持っています。その利点の一つは、機能主義をかなりに程度までくい止めることができるということです。今ひとつは、全てのメンバーが他のメンバーと頻繁に、また熱意を持って接触することを促すということです。チーズボードのメンバーのコメントから、チーズボードでは全てのメンバーが事業の意思決定や事業目標の達成のために熱意を持って参加することを促進するような、成熟した、民主主義的な合意による意思決定システムの利点を活かしているように思われます。

 成熟した、民主主義的な合意による意思決定システムの積極的な影響の一つは、チーズボードでは年々、「経営者(manager)」の仕事が変化しつつあるということに表れています。依然としてそういう職名はあるのですが、経営者の役割はメンバー間のローテンションで果たされています。経営者の仕事とは、メンバーのパフォーマンスや行動に関する問題の処理よりも顧客サービスや顧客開拓に関わるものです。理論的には、全ての人が経営者の仕事も含めてあらゆる課題を等しくこなすべきだとは言えます。しかし現実には、顧客との対応の仕事が居心地悪いと感じる人もいるでしょうし、ビジネス書と格闘する能力がないのではないかとの不安を持つ人もいるでしょう。結局、それぞれが尊敬と抑制を持って付き合うことによって、真の友情を育てることになるのです。ビデオの中であるメンバーが言っているように、「私たちはボスを必要としない。またボスになろうとも思わない」。恐らくこうした働き方は、誰にでも当てはまるものではないし、どこにでもあるものでもないでしょう。しかし、ビデオのなかでは誰もがチーズボードでの働き方に満足しているように思えます。少なくても、ビデオのなかでの彼らの言葉や口振りからは、そう言えます。25年間の事業の歴史のなかで、6人ほどのメンバーが退職を余儀なくされました。

 パンおよびチーズ製造は、古くからある産業であり、長年同じようなやり方で作られてきました。印刷業もまた古くある産業ですが、印刷技術は進化し続けており、今日急速な変化の渦中にあります。インクワークス(訳者注:参照p.42-43)は、協同労働というあり方を信頼する18人のメンバーからなる印刷協同組合で、組合員は最新の電子印刷、グラフィックス、情報技術を駆使しながら、同時に「一つの大家族」といった感情を共有しています。彼らの日常の仕事では多様な技術が必要とされ、みなが同じ課題をこなしているわけではありません。しかし、新しいメンバーを受け入れたり、機械設備を購入したり、違った仕事を引き受けたりする際の決定は、全成員によって集団的かつ民主的に行われています。

 チーズボードは、以前にキブツ(訳者注:イスラエルの協同組合)のメンバーであり、チーズと協同が何より好きな二人のメンバーによって始められました。事業がスタートしてから2,3年経って、創業者の二人は事業を従業員に売却し、その後25年間、彼らはこの協同組合の正規組合員、共同所有者として働いてきました。インクワーカクスの起源は、アメリカでも有数の進歩的な地域であったサンフランシスコ湾岸の進歩的な労働運動に求められます。ここではユニオンショップ制度を取っています。すなわち、メンバーは全員がグラフィック・コミュニケーション労働組合に属しています。彼らは労働組合員として働いていますが、初めのうちはこうした状況に彼らが属するローカルユニオンの幹部は戸惑っていました。インクワークスのメンバーは、生活のために働いている人は誰でも労働組合を必要とするものだ、と言っています。彼らはみな、同一時間給(当地域の組合基準給=the prevailing union wage for that area)を受け取っています。インクワークスは全てのメンバーに均等に年金、医療・歯科・眼科サービス、有給休暇などの福利厚生サービスを提供しています。インクワークスのメンバーは、自分たちが労働運動の一翼を担うものであり、「進歩的左翼」の源だとの自覚を持っています。彼らは長年の間、多くの素晴らしい政治関連のポスターを印刷してきており、その作品は下記のサイトに掲載されています。
http://www.igc.org/inkworks/gallery.html

 渡り印刷職人が職場を渡り歩くといったこういう産業では、インクワークスは彼らにとっての安心の島になっているのです。マネージャーはここで23年働いており、10年以上の勤続年数をもつメンバーも多くいます。あるメンバーはカメラに向かってこう言っています。インクワークスで働き続けてきたことで湾岸に家を持てたと・・・。これらの労働組合員にとっては、インクワークスは労働運動が追い求めながらもめったに到達することがない一つのゴールを体現しているものなのでしょう。つまり、生活できる賃金を払い、熟練労働者には堅実な仕事を保障し、民主的に管理された職場である、ということです。

 レインボー・グロッサリー(参照p.40-41)でもまた、初任給は全員同額です。ただ、働く部門のメンバーの同意があれば個別に賃上げを獲得することが可能になっています。各部門はそれぞれ自分たちの部門に関わる問題を議論し処理しますが、店舗運営委員会を選出します。現在のメンバーは150人を超えています。他方、全組合員が参加する店舗「全体会議」もあります。意思決定のための委員会とその手続きはレインボー・グロッサリーにとって特に重要事です。というのも、レインボー・グロッサリーは、各部門においても、店舗全体においても、マネージャーという存在は公式には存在しないからです。ここでもまた、ある一人のメンバーがカメラに向かって、ボスなしで働くという決意が重要であると強調し、「あなたの考えをあなたの同僚に売り込むこと」が大切だと述べています。

 レインボー・グロッサリーは、地域、ことに相対的に貧困な地域に居住する人々を組合員にすることを重視しています。事業の展開でも、教育の機会に恵まれない労働者を積極的に組合に迎え入れ、彼らをトレーニングすることによって、地域にコミットすることをめざしています。この政策はメンバーの組合に対する忠誠の感情をはぐくむ点で多いに役立っており、多くの創設期のメンバーの子弟が現在ではレインボー・グロッサリーで働くまでになっています。

 わたしが大学生であった1960年代後半、ワーカーズコープあるいはワーカーズコレクティブ(わたしにとってはこれら二つは、労働者が所有者となって、自らの事業を民主的に運営するという点で同種のビジネスであると考えています)の立ち上げにトライしている人のことを良く耳にしたものでした。わたしは『朝日新聞』の1989年の記事で日本にワーカーズコープがあることを初めて知りました。この記事は、当時日本には300を超えるワーカーズコープがあると伝えていました。1999年の今、「Democracy in the Workplace」は、「アメリカでは200を超えるワーカーズコープ」があると、伝えています。NoBAWC、チーズボード、インクワークス、レインボー・グロッサリーはこの数字をさらに引き上げるだろうと、わたしは考えています。NoBAWCが初めて立ち上げたワーカーズコープであるアリスメンデのメンバーは、当初は協同労働をするという意識がなかったにも関わらず、事業を力強く発展させています。「Democracy in the Workplace」は、協同労働に従事する人々の熱意と充実感を良く伝えるものになっています。


6月号目次協同総合研究所(http://JICR.ORG)