『協同の發見』2000.4 No.95 総目次

<特集 1>環境ビジネスの可能性を探る


「いい仕事」をつくりだす

中村 修(長崎大学環境科学部)
 「環境ビジネスの可能性を探る」と題した研究会を去る215日に行いました。ここに掲載した中村修さんの報告はその時行われたものです。
 
労働者協同組合が「福祉と環境」を2つの大きなテーマに掲げたのは10年も前のことです。近時、福祉分野での仕事おこしは目覚しいものがありますが、環境に関してはこれまで本格的なものになってきませんでした。今回の研究会は、この点を踏まえて労働者協同組合などが環境ビジネスに挑戦するための方策を探ることに一つのねらいがあり、研究会を継続して具体的な環境ビジネスを創造することが最終的な課題となっています。研究所の活動としては新しいスタイルへの挑戦です。投稿を含めた多数の会員の参加をお願いします。(編集部)

減農薬運動〜佐賀での実践〜

 これまで著書を8冊出しています。『やさしい減農薬の話』(北斗出版)の中から米の話をします。
 私は大学の頃から反原発などの市民運動に関わってきました。市民運動を一緒にやってきた人の多くは、かっこいいことは言うのですが、お金の話やどう稼いでいくかという話は一切出ませんでした。
 今はこういった市民活動に参加する気はありません。市民運動は“理念”や“湧き上がるもの”という意味では大事な存在です。しかし今までの市民運動や労働組合運動からは、金を稼いで暮らしを営みながら、代わりのものを作っていくということを学べませんでした。
 しょせん、批判の場所でしかなかった。
 例えば、有機農業では表向きは美辞麗句を言うが、裏では生産者は消費者の悪口を言い、消費者は生産者の悪口を言う。いろんなところを見て歩くと、これはどの産直グループもが抱えている普遍的な問題で、こんなところへは近寄りたくないと思いました。救いだったのは、農家は有機農産物を作って稼ぎながら自分の理念を実現していたことです。一方で消費者である市民運動は現実の世界では何も作り出さなかった、というのが私の中に残っています。
 
20年前は有機農業といっても誰も相手にしなかった。賢い生産者や消費者の間では、有機農業・命・生態系という言葉は通じましたが、同じことを佐賀県の農家に言っても農協に言って相手にもされない。
 そんななかで佐賀県各地の中核農家20人ほどと減農薬運動を始めました。農薬を使うのは費用の負担もあり体への負担もあるから、どうやったら農薬が減らせるかという現実的なところから研究会をスタートさせました。おもしろかったのは、農薬代を減らしたいと言った農家が、「害虫がいなければ農薬をまかない」ということを通して、稲を初めて見ていくのです。
 農家が稲を見ないわけはないだろうと思われますが、20年以上米作りをしている100人の農家にアンケートをとりました。4種類の害虫を知っているかと聞くと4種類とも知らないと答えたのが51%で、4種類とも全部知っているのは10%でした。害虫のことを知らずに、害虫がいなくても農薬を散布していたのです。それゆえ、農家が自分の目で稲を観察して「虫がいなかったら農薬を使わない」という単純なことをやっただけで農薬費が1/3に減りました。
 この減農薬運動の成果は、農協と農業改良普及員に対してものすごいインパクトになりました。一部の農家とはいえ、観察しはじめると農薬がいらなくなる。それまでの農協の指導は何だったかということです。いろいろありましたが、3年後には、佐賀県は全体として農薬の指導回数を減らし、5年後で農薬の使用量が1/3減りました。15億円分です。
 すごい自信でした、現実を変えることができるんだという。
 当時グリーンコープ佐賀ができて、減農薬米を買いたいと言ってきました。生協の理事もやってくれということで、米担当をやり、米を売る側と買う側の両方の責任者をやりました。流通における生産者、消費者両者の発想と、流通に関わる生産から消費まですべての段階での経費や考え方を学ぶことができました。これは、私には大きな財産になっています。
 生協でも生産者と消費者の交流会をします。ところが減農薬の農家は、お金儲けのために米作りをしているし、お金儲けのために農薬減らしただけですから、消費者と交流会をしても、消費者が「無農薬米が欲しい」「もっと安くして欲しい」というと、「収量の多い品種はまずい、安全でおいしいものというなら、もっと高くお金を出せば作る」と、はっきりお金のことまで言います。
 生産者が田んぼをよく見るようになるとクモが害虫を食べるところも見えてきます。そして、いま農薬を使うとクモが死んでしまうということを言いはじめます。クモという天敵を農具として使う発想です。カッコいいことばかり言っていた有機農業の農家は、天敵や生態系という言葉は知っていても、最初から農薬を使う気持ちがないので、それゆえ、どのクモがどの程度害虫を食べるかさえ知らないでいました。一方、減農薬に関わった農家は経営と農薬使用というせっぱ詰まった中でやっているから、天敵も農具としてどの程度まで使えるかということを学び、消費者に対しても今これだけクモがいるが、これ以上ウンカが増えたら農薬を使うとはっきり言えるようになります。
 農家と稲、農家と消費者が出会えるシステムさえつくっていけば、お互いそこそこのところまでいけるのだ、という実感を持てたのが減農薬運動でした。また、減農薬米が高く売れましたので、アッという間に5つの農協が減農薬米栽培に取り組み、確実に佐賀県で農薬が減っていきました。

『コジェネ電力革命』

 『コジェネ電力革命』(ダイヤモンド社 絶版)は素人ばかりで書いたのですが、視点がいいおもしろい本でした。当時、異様に反原発の本が売れていましたが、反原発の次には自分たちでエネルギーを作っていこうということになるだろう、なるべきだという思いがありまして、『コジェネ電力革命』を書きました。
 電力会社の高い電力を嫌がって企業は、コジェネレーションを使って自家発電をやり安い電気を生み出していました。しかも廃熱も有効利用していました。
 熱効率は発電だけですと石油・石炭・ウランを燃やして100の熱から電気はせいぜい3540しかとれない。残りは廃熱として捨てていたわけですが、それを工場の中で発電しますと残りの60を熱として利用できる。結果、トータルとして熱効率80とか90できるというシステムがコジェネです。これはアメリカやヨーロッパではどんどんやっている。これを協同組合でやったらどうかと、当時協同組合は事業的に行き詰まりつつありましたから、安くて原発ではない安全な電気を協同組合で売っていけば必ずペイするといいましたが、結局事業にはなりませんでした。
 また、本を読んで反原発の市民団体が訪ねてくるだろうと思いましたが、誰も来ない。来てくれたのは電力会社の職員です。(笑い)
 北海道電力から九州電力まで中間管理職以下の人が、内緒でと来てくれました。「原発建設のために地域にお金をばらまいて、地域の関係を壊すような仕事はもうしたくない」「地域を豊かにするいい仕事をしてみたい」と。僕はこの中で労働者は信用できるなと思いました。労働者は9時から5時まで働いているが、自分を捨てきってはいない。誇りを持てる仕事をしたいと考えている人がたくさんいる。これに救われた思いでした。
 ちなみに、日本では各地で建設されたコジェネの総発電能力は100万kwを越えています。もし、企業が経営努力してコジェネを建設していなかったら、原発が1基たっていたことになります。逆に言えば企業は原発の建設を1基分止めたのです。しかし、市民運動は何を残したのか。

いい仕事のための経済理論 

 『なぜ経済学は自然を無限ととらえたか』(日本経済評論社)を博士論文として1995年に出版しました。阪大の環境工学科にいるとき関空の建設計画があって、卒論として市民運動と共に環境アセスメントをやりました。その中でどうしてもわからなかったのは、山をひっくり返して海を埋め立てて自然を壊しているにも関わらず、経済的に豊かになるんだと経済学者は堂々と言う。
 海を埋め立てても100年もすれば空港もつぶれるわけだし、空港ができて一時的に儲かるかもしれないけれど、100年後は汚れた海しか残っていないんじゃないかと思ったが、経済学者は「儲かる、地域が豊かになる」ときっぱりと言う。
 マルクスの本で読書会をやってもこの点は理解できない。経済学はわけの分からない学問だと思って、農業経済学へいって産直や減農薬をやりながら自力で経済学を勉強しました。
 アダム・スミスやリカードの本にはちゃんと書いてありました。アダム・スミスは自然は有限だという前提で話をする。自然は有限だから、経済はある程度までいったら停滞してしまう。するとどうなるか。そこからは労働の中身を検討し、労働には生産的労働と不生産的労働がある。生産的労働は農業と工業で、農業は毎年無から生み出しているが、工業は加工しているだけだと言っている。自然は有限となれば、自然から生み出す産業(農業)に一番力をいれるべきだ。サービス業などは消費だけだからサービス業だけが発達した国は滅びるといいきる。
 基本的に今までの経済学は人間と人間の経済的関係を論じてきた。マルクス経済学では「労働者の視点からいかにピンハネされないで労働者が豊かになれるか」ということだし、近代経済学では「国や企業の立場からどう経済を発展させていくか」という議論であった。これらはあくまでも人間と人間の間の問題(経済的問題)として捉えられていた。
 当時の時代の要請で必要な理論であったと思いますが、自然と人間の問題を考えていくとき、従来の経済学の枠組みである、人間と人間の経済理論だけでは問題が解けないだろうと思っています。

いい仕事をつくりだす

 福岡県で学校給食の調理員が解雇されようとしていました。自治体の経営状態が悪くなってくると、首切りしやすい現業部門から首切る、まず清掃部の環境部門が民営化された、アッという間です。自治労は7割の解雇に口先の反対しかせずに、一番弱い現業という仲間を見捨てていった。
 給食の運動もしていましたから、生き残り戦略として、「おいしい給食の調理宣言」を出そうと言ったら、大半の調理員が自分たちの仕事の中身に自信がない。ある意味では賃上げと労働時間の減少という労働の量的部分しか論じてこなかった労働運動の結果です。
 佐賀県で、ひとつの町は給食調理員は全部パートで、隣町は全部公務員という条件で、どれだけ冷凍食品を使っているか調査しました。公務員の方がいっぱい手間をかけられるから冷凍食品が少ないという結果がでてほしかった。でも結果は逆でした。栄養士が冷凍食品を減らしましょうと言うと、パートのところはいうことを聞くが、公務員のところは労働が増えるといって拒否する。その結果、公務員が作った給食は冷凍食品、加工食品だらけのまずい給食になる。
 これでは、合理化反対と言っても親が守ってくれない。だから、これからひとつずつでも良くしていって、おいしい給食宣言をしようと提案した。しかし、福岡県自治労県本部が「どこに、そんなに真面目に働く調理員がいるのか」と足を引っ張って、結局うまく行きませんでした。今の労働組合運動の限界を思いました。

グリーン電力への批判と戦略

 いい仕事という戦略で地域を豊かにし、自分たちも豊かに生きる戦略はあると思います。それを目指そうということで、グリーン電力事業と有機物循環事業に関して私の研究室でもNPO法人を作って環境コンサルタントをやっていこうと思っています。
 グリーン電力事業は北海道の生活クラブ生協がやっています。九州でも立ち上げようと市民団体と話し合いました。しかし、経営を持続するためには見通しが必要です。九州の中心メンバーはすぐに「利益を目的にしない」と言います。彼は公務員です。そしてとても成立しそうにない理念だけの事業計画をだして自己満足している。自分が公務員を辞めてもやる、ということは考えていないから、事業計画は無内容。
 また、北海道のグリーン電力では、専従として雇われている女性の給与が8万です。こういう低賃金労働をベースに事業をするべきではないと思います。もう一つは住民運動の悪い癖で、自己完結したがる。北海道では自治体が風車を建てています。その電力を買ってあげればいいことです。
 グリーン電力として事業的にすぐいけると思うのは二つあります。中国地方の農協が持っている小水力発電所と大分県の企業局が水力発電所を持っています。この電気を自然エネルギーとして、グリーンコンシューマーといって一般市民や企業に買ってもらう。その利益を地域の集落や町村にバックアップすると良いと思います。
 中国地方のいい点はダムを作っていない。水をちょっと迂回させて発電し又もどしているから、水が涸れない。魚も遡上できます。ダムの役割は山が果たしています。林業者が山をきちんと手入れすることで天然のダムになっています。それならば小水力発電であがった利益を林業従事者にバックすればいい、外材が高いとか安いに関わらず、山をきちんと手入れすることで木では勝負できないが、トータルでエネルギーを売って勝負できるのではないかと考えています。

有機物循環事業

 次は、福岡県大木町の有機物循環事業についてです。
 循環というのは、生ゴミを集めて堆肥化して、畑で使って、農産物を消費者に買わせてはじめて循環といいます。ところが、ゴミの担当者は堆肥が売れないという。環境担当の仕事はそこまでです(そこまで、と自分で制限しています)。一方で農水省は補助金を出して堆肥センターを作っていて経営的には共倒れです。農業関係者の限界はせいぜい堆肥を使って有機農産物をつくるところまでです。
 産直をやった経験で言えば、学校給食の生ゴミで作った堆肥を地元の農家に使ってもらう。ここでできた農産物は、学校給食で買う。そうすれば農家は喜んで作ります。一つの循環ができます。しかし、横のつながりを嫌う行政担当者がガンになることがあります。
 大木町でも似た状況があったのですが、「大木町は生ゴミ堆肥化に着手!」と西日本新聞に出てしまったこともあって、通産省の新エネルギービジョンを利用して、農家には協力をしてくれるよう話をつけて、自治体と私と町民のスタッフで計画を作っていくという積み重ねをして、プロジェクトチームが立ち上がったところです。

利益があがるところで事業が継続し、循環が持続する

 環境の技術にハイテクは必要ないと思います。ハイテクは投資が必要で単価が高くなりますし、市民は扱えないのでローテクで充分です。バイオガスプラントも基本的にローテクです。
 生ゴミとか有機系の廃棄物をプラント内で発酵させます。発酵は嫌気性と酸素を使う好気性の2種類があります。今後、有機物の循環をしていくときは市街地に作らなければならない可能性があるから嫌気性を選択して、メタンガスは燃料として使います。発電をしたりエンジンを動かすことができます。これは新エネルギーになります。
 ここで液状の肥料がでてきます。液肥のまま使うのは簡単です。タンクの中で発酵させタンクローリーに入れて田んぼに持っていって入れるだけで施設のメンテナンスや人手はほとんどいりません。
 環境事業はなぜ事業として展開しないのかではなくて、やる気がない人間がやっているだけだと私は思っています。大木町では生ゴミを集めたとしても1日3トンです。それでは事業にならないのでやる気はない。
 そこで1日6090トンのプラントを作ろうと思っています。周辺の市町村から生ゴミを集めます。大木町のプラントの横に市民環境研究所も作る。そこへ周辺の自治体の市民運動をしている女性たちに来てもらう。彼女らに分別の指導を市民環境研究所から委託します。トータルでいえば燃やすより安くできます。そのかわり農産物を買ってくれという町との関係を作っていこうと思っています。
 長崎県の大瀬戸町ではボトムアップでこの事業を展開しょうとしていて、5年計画で同じようなプラントを作りたいと考えています。昨年合宿をして一つの小学校で省エネ授業をやり、PTAと仲間になりました。子どもが話すのは絵になりますから、記者クラブに連絡を入れておいたら、NHKと民放3つと新聞社も来ていい宣伝になりました。前年と比べると町も手のひらを返したようになって、この前、議会の厚生委員会に呼ばれてリサイクルプラントを作ろうという話ができるようになりました。誠意をもってやれば十分実現できる可能性がある。むしろ小さな町、田舎の方こそ環境ビジネスとして可能性があるのではないかと思っています。

NPO法人の設立とプロの養成

 大学の研究室として研究費など取ってきていますが、限界がありますから、NPO法人を作ろうと準備しています。そうすれば自治体から直にお金がもらえます。
 
市町村は「温暖化対策」の立案を立てなければいけないのですが、大きな市は人がいますから対策を立てられます。しかし、町村は人がいないので、我々はNPO法人を作って温暖化対策を作ろうと計画しています。普通のコンサルではできない。うちは学生のアルバイトでできます。もともと普通のコンサルでできる仕事ではなく、一般の仕事を潰す気はなくて、自治体ができないことをやってあげるということです。それを通してこちらもきちんとしたコンサルに発展していこうと考えています。私のゼミの学生にはプロとして育って欲しいと思っています。調査研究を通じて、アルバイトをします。アルバイトですが仕事です。エクセルも簿記の知らない者は時給700円、言われなくてもできるようになれば1000円、1500円と。1週間くらい働いてもらうと目つきが変わってきます。つまり仕事に対してちゃんとやらなくちゃというプロの意識が芽生えてきます。そういうやり方をしています。ゼミの時は勉強の過程を重視しますけど、こちらは結果を重視すると言っています。


4月号目次協同総合研究所(http://JICR.ORG)