「協同組合基本法」の提案
 

堀越芳昭(神奈川県/山梨学院大学)

◆世界の協同組合法制

 協同組合法が存在しない国はほとんどないが、協同組合法の法制上のあり方、すなわち協同組合法制は、それぞれの国の法制上の特質や協同組合法が成立した歴史的条件によってかなり異なっている。その協同組合法制には、いまのところつぎの3類型を確認することができる。すなわち、(1) 協同組合統一法制、(2) 協同組合基本法制、(3) 協同組合個別法制である。
(1)協同組合統一法制とは、基本的にはすべての協同組合を統合した単一の協同組合法制であって、イギリス新協同組合法案、カナダ協同組合法、スペイン協同組合法、ドイツ協同組合法、米国ニューヨーク州法などがそれにあたり、クレジットユニオンに関する法を除いて、農業協同組合、生活協同組合をはじめ住宅協同組合や労働者協同組合などのすべての協同組合を規律した法制である。
(2)協同組合基本法制は、各種協同組合の個別法を前提として、それら個別法の共通事項・基本事項を規定したものであり、フランス法、イタリア法、ポルトガル法などがそれにあたる。ここでは協同組合基本法とは別に個別の各種協同組合法が存在するという特徴がある。
(3)協同組合個別法制は、協同組合統一法も協同組合基本法も存在しないで各種の個別法だけが存在する場合で、日本、韓国、米国カリフォルニア州がその例である。
 これら3類型のうち、圧倒的に多数を占めるのは、第1の協同組合統一法制である。

◆わが国協同組合法制の沿革

 わが国の場合、1900(明治33)年制定の「産業組合法」は基本的には、信用組合、購買組合、販売組合、生産(利用)組合の四種および各種の兼営組合を包含した協同組合統一法であった。これによって農村産業組合はもちろん、商工業者の市街地信用組合、都市と農村の消費組合、医療や電気の利用組合などが設立されていった。ところが、戦時体制の強化、産業別・業種別の統制経済の必要から、1943(昭和18年)「農業団体法」の制定にともない、農村産業組合は農会と統合されて協同組合ではない単なる業界統制団体・行政補完組織である「農業会」に変質された。これがわが国の産業別・業種別・所轄官庁別の個別法制を方向づけたのである。
 戦後、戦後改革の一環として自由・自主・民主・非営利の原則に立脚した各種の協同組合法が制定されていった。1947年の「農業協同組合法」(農林省)、48年「消費生活協同組合法」(厚生省)、49年「中小企業等協同組合法」(通産省・中小企業庁)など産業別・業種別、所轄官庁別の個別法が制定され今日に及んでいる。もちろん戦後においてわが国においても、米国側においても、協同組合統一法の提案や協同組合基本法の構想がなかったわけではないが、その起因たる1940年代体制(産業別・業種別・所轄官庁別体制)の克服には手をつけられず、さらに当時の歴史的事情(農地改革と財閥解体・独禁法制定)によって、現在の個別法制が確定して50年以上を経過してきたのである。

◆わが国個別法制の問題点

 しかし今日のわが国産業別・業種別・所轄官庁別の個別法制は、多方面にその欠陥を露呈させてきた。それはつぎのような諸点である。
(1)所轄官庁別のため、協同組合としての統一的な政策は完全に欠如し、協同組合の独自性は考慮されなくなる。そこでは行政の補完組織としての役割が高まる。
(2)産業別・業種別であるため、協同組合が産業別・業界別の政策手段として位置付けられ、そのときどきの個別の産業政策にふりまわされていく。
(3)協同組合としての独自性は発揮されず、地域ベース・全国ベースの協同組合間協同が困難となる。協同組合同士が競合するだけでなく、反目しあう状況さえ生まれる。諸外国では統一した連合会に農協・生協・労協などがともに結集しているのが通例であるが、日本では産業別・業種別・所轄官庁別に連合会がつくられている。
(4)既存法以外の新しい協同組合は、そのための個別法がないために協同組合として設立することが困難となる。したがって、環境・福祉・就労といった新しい課題に対してそれまでの協同組合では有効に対応しえなくなる。
  そればかりか、そうした新しい課題に対しては、任意団体、あるいは会社法の法人、あるいは目的が必ずしも適合していないにもかかわらず既存の一定の個別法によるしかなくなる。法人格さえ取得できない協同組合がかかえる諸困難ははかりしれないが、それに対する支援体制は構築されにくくなっている。
(5)協同組合の独自性を体現した国際的な協同組合基準でもある協同組合原則が、個別協同組合法制には反映されにくい構造がつくられ、1966年の原則改訂も1995年の新原則も、各種の法のみならず政策にもまったく考慮されない。
 
 かくして、協同組合政策も協同組合運動も「協同組合」としての独自性を発揮しにくい構造がつくられているのであり、その要因の最大のものがこの個別法制であるということができるであろう。もちろん協同組合運動は、レイドロー報告や価値論議、新原則制定などを通じて「協同組合」の独自性をたえず高め深めていったが、そうした努力には常に一定の限界がつきまとっていたのも事実である。その制度的保証が欠如しているからである。

◆協同組合基本法制日本的形態

 このような欠陥を有するわが国の個別法制を克服する法制はどうあるべきか。さきの第1類型の単一の協同組合統一法制か、それとも第2類型の個別法を前提とした協同組合基本法制であろうか。いまここで協同組合法制の国際的な動向をふまえつつ、日本的形態を求めるとすれば、それは「事実上の統一法制といった性格をもつ基本法制」であるということができよう。
 すなわち、こうした日本的な協同組合基本法制は、第1に現存の個別法を前提とすること、第2に上記の欠陥を克服するものであること、第3に基本法制定後、基本法との整合性を図るため現存の各種個別法を見直すことが、基本となるべきであろう。

◆協同組合基本法制定の基本目的

 協同組合法を制定する基本的目的はつぎの諸点に求められる。
(1)協同組合の独自性を尊重し高めていくことを可能とする。
(2)各種協同組合に共通する問題、各種協同組合を越える問題を扱う。
(3)各種協同組合の連携を促進し、異種協同組合の合併、分割を可能とする。
(4)時代に適合した、市民による自主的な、新しい課題別の協同組合を促進する。
(5)統一的な協同組合政策を推進する。 

◆協同組合基本法の基本規定

(1)協同組合の独自性を明確にするために、国際基準としての新しい協同組合原則を取り入れる。その方法は前文、本文、附則のいくつかがありえるが、要は新原則の基本的性格をふまえ、その基本原則および改訂された諸原則が取り入れられることである。したがって新原則の基本精神を正確に把握すること、協同組合原則の意義や内容の理解が不可欠であり、新しい原則としての不分割積立金原則、自立自治の原則、協同組合間協同の原則、地域社会への貢献原則を明示することが重要である。
 そしてそれが実効性をもてるようにイギリス新協同組合法案のように、協同組合原則が協同組合政策の基準となり、設立・活動・解散の基準となり、協同組合主管者の順守義務であると明記される。
(2)協同組合原則に明記された協同組合の独自性を発揮するために、協同組合の株式会社化を防止し、協同組合の独自性や特典等を促進する。協同組合の株式会社化は協同組合の独自性の否定であり、設立目的の変更であるから、その決定は特別決議、しかも組合員総数の4分の3(あるいは5分の4)以上によるものとされなければならない。
  また、不分割積立金を採用しまた課税上の特典をえた協同組合が株式会社化したとしても、その特典を得た条件は実行されなければならない。かりにそれらを新株主に分配された場合は、その特典は剥奪されさかのぼって課税されるものとする。
(3)協同組合間協同を促進するために異種協同組合間の取引は員外利用扱いとしない。またそれを促進するための諸施策を講ずるものとする。
(4)異種協同組合間の合併および異種協同組合への分割が可能となるようにする。もちろんこうした決議は特別決議によるが、協同組合内の組織変更であるから組合員総数の3分の2でもよいものとする。
(5)現存の産業別・業種別・所轄官庁別の協同組合に属さない、環境・福祉・就労・教育その他に関する課題別(横断的)の協同組合については本法によることとし、その種類など課題別協同組合に関する具体的諸規定を設ける。
(6)新しい課題別協同組合としての「労働者協同組合」に関する特別規定を設ける。そこでは、「協同労働」の規定、提供型協同組合の特殊性、複合協同組合の規定、不分割積立金の規定、残余財産処分の規定、非課税規定(とくに従事分量配当と不分割積立金について)、労働関係法(社会保険・就業条件など)の導入等の特殊規定を導入する。
(7)複合組合員制度(提供者と利用者の両者による組合員制度)を可能とし、その権利・義務について定める。
(8)協同組合原則および本法に合致している場合、本法による協同組合の設立は主管官庁または地方庁において認められなければならない。
(9)統一的な協同組合政策を推進するため本法の主管官庁を設け、本法の推進および課題別協同組合・労働者協同組合に関する事務を主管する。
(a)主管官庁は、産業別・分野別・省庁別ではなく、新設される「内閣府」に「協同組合振興部局」を設ける。また協同組合政策における公正取引委員会の役割について位置付けを明確にする。
(b)現行の各種協同組合の主管官庁はそのままとするが、共通事項を協議する機関として「省庁間協同組合連絡協議会」を設ける。
(c)新設される「協同組合振興部局」に「協同組合審議会」を設置し、協同組合政策のあり方を審議し答申する。
(d)「協同組合振興部局」は毎年、主管事務に関することを含んだ協同組合に関する報告書(「協同組合白書」)を提出する。
(e)地方庁において専任の主管責任者を設ける。
(10)法制上の問題として、現存の各種協同組合法は存続させる。また協同組合基本法との整合性をはかるために各種協同組合法の見直しを行う。
(11)協同組合基本法に必要な関係法(労働関係法、環境・福祉関係法、独占禁止法など)を取り入れる。その場合単純な準用規定は行わない。
(12)独占禁止法との関係としては、同法第24条協同組合の適用除外規定において、協同組合の構成員限定規定の「小規模の事業者又は消費者」に「個人」を加え、「小規模の事業者、個人又は消費者」に改正する。
(13)「利用割り戻し」と同様、「従事分量配当」を損金扱いとする。
(14)社会目的資金としての「不分割積立金」に関しては非課税として法人税を課さない。ただし、その使途を社会目的以外の目的に流用した場合は課税が復活するものとする。

◆基本法に道ひらく労協法制

 以上、わが国にふさわしい「協同組合基本法」の骨格を提案したが、この提案はもちろん「労働者協同組合法」の制定に対立する提案ではなく、むしろそれを促進しかつその方向性を視野に入れた提案である。上記の協同組合基本法の内容は政策上の規定を除いて、その基本の大半は「労働者協同組合法案」に含まれている。今日では、「労働者協同組合法」を制定することがこうした「協同組合基本法」を実現する道でもある。こういった相互連関を念頭に入れて現実の問題点を解決して行くことが重要であり、あれかこれかといった姿勢や問題の先送りでは何の解決にもならないであろう。
 これら「労働者協同組合法」や「協同組合基本法」について活発な議論が行われ、「労働者協同組合法」の制定運動が展開していくことが、実は農協運動や生協運動をはじめ日本の協同組合運動全体の活性化につながるのはまちがいないところである。それはこれまでの法制定運動の歴史の示すところであり、そればかりでなく農協や生協においてもワーカーズの役割が不可欠となってきているからである。
 
参考文献》
 拙稿「欧米諸国の労働者協同組合法制」
 (『協同の発見』第89号、1999年9月)

  協同総合研究所(http://jicr.org)