文化―それは協同労働の枝に咲く
1999.7.17(土)
明治大学・リバティータワー19階 演習室J・K


「協同の発見」誌に連載された児演協・荒木昭夫氏(当研究所常任理事)の問題提起を受けて、児童・青少年文化を地域からどのように協同して発展させるか、文化における仕事おこしとは、文化の力と自治体行政の今後のあり方など、さまざまな角度から問題を掘り下げる。さらに日本で初めての「シネマ・ワーカーズコープ」づくりを、埼玉県深谷市で実践し始めた「竹石研二さん」の報告を受ける。
コメンテーターには、田中真理氏(国士舘大学)にお願いしております。
参加は自由です。
費用は1000円。


◇「協同の発見」誌(1998年9月)より  

 文化――それは協同労働の枝に咲く
   ―<その3> 高知県の「こども課」―


             荒 木 昭夫(東京都/日本児童・青少年演劇 劇団協議会)


 一人の青年を紹介しよう。栗原雄二 50歳。福産。1966年に福岡で始まった「子ども・おやこ劇場」運動のごく初期から関わっていて、80年「子ども劇場」中四国地方連絡会の発足とともに事務局長の任を担って広島に移住。そのエリアにはすでに20箇所に「子ども劇場」は生まれていたが、この後、80年代末までにこの地域、72箇所において新しい「子ども劇場」の誕生に深く関わった。
 この年、「子ども・おやこ劇場」は全国に685劇場を数え、その会員数は526,502名であったと記録されている。(注:「90年代、きりひらく力を子どもたちとともに」子ども劇場全国連絡会第11回全国大会記念誌91年1月発行)

 22年の活動を経て栗原は、「子どもに関わり、地域に根を張るアート・コーディネーター」を目指して、92年「劇場」を去る。
 新しい拠点として大阪を選んだが、「関西では実績も何もなく、活動の糸口は見いだせませんでした」と言う。「すべての人が文化や芸術に親しめる社会の環境をつくるには、子ども時代の経験が、決定的に重要であるという従来からの考え方に基づく仕事、その第1は行政と市民の協働関係をつくること」だと考えて、「思いがけず高知県でその機会を得た」と伝えてきた。


  高知県健康福祉部こども課

 高知に着いてからの5年の足跡を辿ろう。
 93年 四万十川こども演劇祭(中村市)の企画、運営。高知県文化振興ビジョン策定委員会委員。
 94年 第5回文化の見えるまちづくり政策研究フォーラム(高知県)の運営。
 95年高知県「文化の県づくりをすすめる県民ネットワーク」委員。吾川郡吾北(ごほく)  村に「子ども十年式」を提案。
 96年 中学生・高校生の手紙から、演劇『My Love Letter』の企画制作。(高知県文化環境  部文化推進課主管/高知市こども劇場協議会25周事業)
 98年 「21世紀子どもの文化浴事業」の企画、運営。(高知県健康福祉部こども課主管)
となる。
 ところで、この「こども課」とは何か。

 98年に入って高知新聞はがぜん賑やかにこの「こども課」の経過を報道する。
 −2/17 県児童福祉審議会は、安心して子どもを産み育てられる環境づくりを目指す「県版エンゼルプラン」をまとめた。1998年度からの7年間を計画期間とし、「子育ての親に優しい環境」「感性と活力に満ちた子ども」「子育てにあったかい地域社会」の視点で保健福祉、子どもの権利、文化、まちづくりなど総合的な施策を体系づけ、近く県に提言する――少子化の進行や女性の就労率の高さ、子どもを取り巻く環境などを把握した上で、親、子ども、社会の3点から施策を整理。子どもが対象の施策は、生の芸術に触れる機会の創出や体験の場の提供など。社会全体では子育て中の人が外出しやすい優しいまちづくり、人権・個性を尊重した子ども参加型の社会づくりに向けた啓発……など提言。
 −2/24 県は企画部を企画振興部に、文化推進課は文化環境政策課に改編。子どもに関する窓口を一本化し、健康福祉部児童家庭課を「こども課」に改める。教育委員会と連携して子どもを大切にする施策の総合的な推進を図る。予算案では子どもたちに舞台芸術や音楽に触れる機会を与える「21世紀子どもの文化浴事業」を5287万円で実施する。
 −3/2 橋本大二郎知事は予算提案の説明に立ち、新しい視点に立ったソフト施策に力を注ぐ姿勢を鮮明にして……「(将来の)高知県を担う子どもたち」に関する取り組みを真っ先に挙げ、県版エンゼルプランに沿った子育て支援策を強調。幼児期から創造力や感性を育む文化的施策や、学校教育、障害児教育にも言及し「一日も早く県民に『確かに学校は変わった』と実感していただけるように努める」と述べ、子どもを大切にする施策の推進に強い意欲を示した。
 −4/14 県こども課は本年度から3年計画で秋に子どもたちにすぐれた舞台芸術の鑑賞機会を提供する。幼児期の芸術体験を「心の栄養」に、子どもたちの豊かな感性や創造力を育もうというアイデア。うれしい「芸術の秋」となりそうだ。
 ――本年度から新設された「こども課ゆめ企画班」が取り組む「21世紀子どもの文化浴事業」。 3歳から小学生までを対象に、演劇、音楽、人形劇、伝統芸能など10団体を招き、鑑賞の機会を提供する。高知市など県中央部に片寄りがちな舞台芸術が県内全域で鑑賞できるとあって、郡部や山間部の住民にはまたとないチャンス。「初めての舞台経験だけに、良質なものを厳選したい」とこども課は話している。
 −6/10 「文化の県づくりをすすめる県民ネットワーク」は「高知らしさ部会」「子どもの視点部会」「ちょっとちがうなあ部会」で検討された2年間の活動成果を知事に報告。
 自然を生かした「ファンタジー(妖精)の森」の整備や、自然史博物館の設置を含めた子どもの文化政策を提言。コンクリート張りの公園や不必要に多い看板を「ちょっとちがう」、自然と調和した道路や建物などの風景を「ちょっとすてき」と紹介。今後は新たに「おおきなお世話部会」を設けてテーマを研究していく……などと。

  子ども十年式

 自治体は住民の暮らしを守る事務局である。本来ならそうである。となると、その事務局に働く職員の文化度が高ければ高いほど、住民の生活の質を上げる条件も整えやすい。
 「行政の文化化」ということばが使われ始めてから早や24年にもなるが、ようやくにしてそのような感性が取り入れられたかのようにも思われる。
 栗原が吾北村に提案した「子ども十年式」の企画がそれだ。
 若者に成人式という儀式があるように、この村で10歳になった子どもには通過儀礼としての「十年式」があっても良いだろう、という発想から実現した「暗闇探検。 音との出会い」。今年で3年目となる。
 高知県吾川郡吾北村。人口3800人という過疎の村だ。この年10歳になる子どもたちは30人。
 夜になると程野(ほどの)という山の中腹に案内される。「ここから先はお前たちだけで登れ。音が聞こえたらそこが目的地。そこで何が起こるかはわからない」。それ以上は何も言わない。子どもたちは登り始める。目的地にはプロの楽士が隠れていて、音を出し続けて子どもたちを誘うのだ。
 駆け上がってきた子どもたちは興奮の極致だが、やがてじっくりと音楽に聞き惚れて座り込むという。プロの楽士は言った。「暗闇の世界が真昼の遊び時間の校庭になった。次第に落ち着いてきて再び闇の世界が降りてきた。彼らの耳と心が我々の方に傾いた。その移り変わりに我々の心は打たれた」。子どもたちは言った。「夜。音楽を聞いた。いろいろな音色があった。全部音がちがってた。木の実で鈴をつくってた。どんなものでも楽器になることが僕はわかった」。
 子どもたちはこのあと山の施設で一泊する。うんと話し込んだあとは自由時間となる。起床は6時半なのに、4時くらいまでは寝ない。枕投げや秘密基地づくりや……寝ないことを目標にしている子どももいる。この日は何をしてもいいのである。
 何と自由な。そして、規律ある暮らしが始まったようだ。高知の高地には今、さわやかな風が流れている。