石塚秀雄の海外ワーカーズコープ漫遊記
アイルランドのワーカーズコープ
『仕事の発見』第29号(1998年2月)所収

1.共同しないと生きていけない貧しい土地

 アイルランドとは南アイルランドのことで、北アイルランドは現在イギリス領になっていて、紛争が絶えないことは周知のとおりです。これは17世紀以来からの民族紛争とも言えます。爆弾テロで知られているIRA(アイルランド共和国軍)と呼ばれている秘密グループは1796年に創設されています。アイルランドは第二次世界大戦後の1949年にイギリスから独立しました。

 アイルランドは北海道くらいの大きさで、人口は360万人です。土地が貧しく移民を多く出しており、1780年以降の移民数は1千万人を超えます。とくに1846年からのじゃがいも飢饉では多くの移民が北米に向かいました。現在、アメリカには4000万人、カナダに500万人、オーストラリアにも500万人のアイルランド系アメリカ人が住んでいると言われています。したがってアイルランドの主要輸出品はアイルランド人だと言われるくらいで、「失業したので、アメリカにでも行って大統領になるか」というジョークがあるくらいです。ワスプというアングロサクソン系プロテスタント所属が従来幅を利かせたアメリカでは、アイルランド系カソリック所属の者はなかなか出世できなかったのですが、初めてのアイルランド系大統領がケネディでした。ついでレーガン大統領と現在のクリントン大統領が続きます。
 さて車窓から見るアイルランドの農村風景は、緩やかな丘陵に延々と牧草地が続いています。イギリスによる羊のための囲い込みの時に作られたのかも知れない、石積みの塀が牧草地を区切って延々と続いています。イギリス産業革命の後背湿地のような役割を押しつけられたアイルランドの悲劇は、そののどかな田園風景を見る限り想像もできないくらいきれいな景色です。しかし、畑をほとんど見ることができません。アイルランドでは土地の6割が草地であり、放牧地は3割、耕作地は全土地の6%で全農業地の9%にしかすぎせん。ジャガイモの生産も年間60万トンで一人当たり200キログラム弱になります。なぜ、食事がシンプルで、その代わりウイスキーとギネスビールが旨いかの理由の一端はこの農業生産性の低さにあると思われるくらいです。しかし、人々のゆったりとした優しさは格別のものがあります。4人掛けの列車で同席し話しを交わした見知らぬ老婦人は、駅に着くと家族の車で私を旅館まで乗せていってくれました。店員は端数はいらないよとおまけしてくれました。人々がぎすぎすしている地域には真の協同は生まれてこない、こうしたおおらかな親切心のあるところは無条件に気に入りました。
 アイルランドでは、19世紀にロバート・オウエンの協同組合思想の影響を受けて、第二の都市であるコーク近郊に「協同組合村」ができました。協同組合研究で有名なイギリスのプランケット財団を作ったプランケットは、もともとアイルランドの協同組合の父と呼ばれています。アイルランドではイギリスと同様に小売協同組合や酪農製品協同組合(生産農業協同組合・労働者協同組合)が発展しました。さらにまた農村金庫とも呼ぶべき信用組合、保険共済組合(友愛組合)も、住宅協同組合なども発展しました。これらは歴史的にイギリスの協同組合運動と密接な関係をもっています。
 
2.アイルランドの非営利・協同組合
 
 アイルランドではヨーロッパで議論されている社会的経済、社会的協同組合に注目し始めたのは最近のことです。アイルランドはEUヨーロッパ連合に加盟しているので、EUで推進している社会的経済政策に連動して、ボランタリイセクターと非営利セクターの諸施策を実施しています。
 EUの社会政策と密接な関係を持ちつつ、地域コミュニテイの中でのサービス提供をする非営利・協同組合活動を推進しています。それは新しいサービスつまり新しいニーズを提供することです。新しいニーズとは社会的な関心や環境問題に配慮したもので、その事業体を他のヨーロッパ諸国の運動と横並びに社会的企業と呼んでいます
 アイルランドでのサービス産業は雇用の60%を占めています。アイルランドでは他のヨーロッパとは異なり、これまで社会サービスは基本的に国家が提供しています。しかし、非営利セクターが個人サービス、医療サービスに大きな役割を果たしています。とりわけ、カソリック教会が大きな役割を果たしています。病院制度は19世紀にはカソリック教会が大きな役割をはたしました。教会は「アイルランド医学校」を設立しました。
 ボランタリイ組織のうち60%がカソリック的伝統により作られた組織です。ただし、ボランタリイ組織の問題点としては専門家が少なく、パート労働に依存しがちであること、決定参加の方式が明記されていない、政策が欠けている点が指摘されています。
 ボランタリイセクターはその目的に従って5つに分けられます。慈善目的による免税措置を多くが受けています。事業内容は教育、貧困救済、宗教、コミュニテイ支援などで、またEU基金を受けているものも多くあります。ボランタリイ組織の3割が民主的な運営規則を明記していると言われています。
 
 ボランタリイセクターの種類
 ・ 相互支援組織、自助組織
 ・ 地方開発組織
 ・ サービス資源提供組織
 ・ 相談組織
 ・ 代表調整組織
 
 この他に協同組合的な企業として、イギリスの産業節約法に基づく会社が841社(1993年)あります。また保証有限会社(limited by guarantee。社員間で利益配当しない)というのもあります。企業全体の3%がこの種の会社です。業種で目立つものは観光、地域ラジオ、工芸、地域開発、小売業などです。
 またアイルランドは信用組合法のネットワークが強い所です。多くの活動が多かれ少なかれ信用組合と連結しています。信用組合は425組合(1993年)を数えます。
 
3.地域社会政策とコミュニテイ企業

アイルランドには1983年には300のコミュニテイ企業がありました。現在は約500の企業があると推定されています。これからのコミュニテイ企業はEUの貧困闘争計画に基づく85−89年補助金を受けていました。また、91年よりEUの地域経済開発計画委員会(LEADER)と協力を開始しました。1994−99年の地域開発計画は厚生省が実施して、基金増加し、長期失業対策に取り組んでいます。福祉局の予算の40%は非営利協同セクターに配分されます。
 EUではまたHORIZON, NOW, INTERREGといったプログラムによって、福祉や社会的弱者救済雇用のための社会的企業を支援しています。さらに、アイルランドには、移動生活者と呼ばれるマイノリティグループが約4000家族おり、自己雇用による収入の安定化計画が社会的企業がコミュニテイ・ビジネスとして取り組むべき分野として重視されています。こうした社会的企業のう半分が公的基金を受け取っており、その平均金額は収入全体の75%を占めます。これらの企業は、一人一票に基づく民主的管理、オープンメンバーシップ、福祉とコミュニティ奉仕、利益はコミュニテイに配分して個人配分しないなどの原則を持っています。
 アイルランド政府厚生省は94年に「効率的なヘルスケア戦略」という文書を出して、非営利セクターとの関係枠組み作りに乗りだしました。これは福祉サービスプロバイダーと政府との契約を増進するために、これまでのケアの補助的役割を果たしたり、コミュニテイにおしいてもっと十分なケアを提供することを目的としています。
 また企業雇用省は、非営利協同セクターに対するいくつかのプログラム支援を行っています。雇用訓練局では、協同組合とコミュニテイ企業を支援して、長期失業者と学校中退者の雇用計画を実施しています。同局の「コミュニテイ企業支援計画」では、企業の設立、訓練教育、経営教育などを実施しています。また「労働者協同組合発展計画」では、企業の設立支援とともに1年間の賃金補助金を提供しています。また1984年からスタートしている「コミュニテイ雇用計画」では社会的協同組合やコミュニテイ企業、ボランタリイ団体への雇用促進について4万人の雇用の実績をあげています。また「パートタイム労働計画」により失業者への雇用確保を進めています。しかしながら、雇用訓局の主要政策は、依然として民間セクターの企業の振興に重点が置かれているのも事実です。
 また環境省は、「社会住宅」の提供を非営利組織や住宅協同組合の手を使って進めています。老人、障害者、ホームレスなどを対象にした住宅提供を、地域自治体と協力しておこなっています。
 また教育省はゲール語(アイルランドの母語)普及活動を非営利・協同セクターと協同して行ってます。
 ともあれ、アイルランドでも新しい社会的協同組合の動きは始まったばかりです。コュミュニティでどのような役割を果たすかについては、組織の定義の明確化、行政との協力関係の位置づけの明確化が必要とされていることは他のヨーロッパ諸国と同じです。
 
                            

「タイトル一覧」へ|「海外ワーカーズコープ情報」TOPへ|協同総合研究所(http://JICR.ORG)