石塚秀雄の海外ワーカーズコープ漫遊記
アメリカのワーカーズ・コープの考え方
『仕事の発見』第13号(1996年1月)所収

1.はじめに
 米国のワーカーズ・コープに言及したわが国の文献は、石見尚氏が触れたもののほかは、知る限りにおいてこれまでのところあまりない。「アメリカの労働者協同組合の数は、イタリア、イギリス、フランスに比べて少ない。アメリカの他の協同組合のほとんどと違って、労働者協同組合には全国組織がないし、いくつかの州を除けば、州連合会もない。これは数が少ないためでもあるし、また情報が欠けているためでもある。」(注1)と言われ、約1,200が存在すると推定されている
 米国にはもちろん、ワーカーズ・コープ法は存在しないので、既存のワーカーズ・コープは主として労働法により規制されている。しかし、米国の産業協同組合協会(ICA)は、ワーカーズ・コープのモデル定款を作っている。運動としてのワーカーズ・コープはなによりもきちんとした内規を作り、それに基づき組織活動・経営を行うことがなによりも重要であろう。
 一般には、米国における労働者所有による企業形態としては、ワーカーズ・コープよりも「従業員株式所有計画」(イソップ、ESOP)のほうが有名である。ESOPは、約10,300社あるが、労働者が株式の50%以上をもっている、いわゆる民主的ESOPの数は、900から1500社と言われている(注2)。したがって、ESOPの場合、労働者参加の度合いもピンからきりまでありそうであるが、大事なのは、意思決定に労働者が実際にどのくらい参加できるかを保障することである。したがって、ワーカーズ・コープと民主的ESOPを真の労働者参加型企業とくくることが妥当であろう。アメリカのD.エラーマンはこの二つを総称して「ハイブリッド型民主的企業」と名付けている。 これらの労働者参加型企業は、米国では、非公式労働運動(Unofficial Labor Movement)の一つとしてみなす場合がある(注3)。それによれば、ワーカーズ・コープは、「労働組合によらざる、しかしなお労働運動の一環とみなし得る運動」の一つである。その文脈では、ボストンに所在する産業協同組合協会(ICA)は、フィラデルフィア協同組合企業協会(PACE)と同じく、「労働者による企業所有を進める団体」である。このいずれも、ワーカーズ・コープとESOPの双方の設立・運営を援助している。そればかりでなく、労働組合の依頼を受けて、従業員所有への可能性調査、経営者へ対抗するための企業戦略や財務の調査などを引き受けたりもしているという。
2.米国ワーカーズ・コープの歩み
 フランスの政治学者A.トクヴィルが『アメリカの民主政治』(講談社文庫)で描いたように、独立戦争以後の米国は、ロバート・オウエンのニュウ・ハウモニイに見られるように、ヨーロッパからの協同思想の実験場であり、協同運動の盛んな国であった。米国の最初の協同組合運動は、1794年に労働者グループが靴製造の協同組合的工場を設立したことに始まる。これは短命に終わった。1829年にフィラデルフィアとニュウヨークに労働者グループによる協同組合店舗が設立された。1831年にニュウイングランド農民職工協会が設立され、さらに労働者共済のための協同組合店舗が作られていった。18年代後半に設立された全米労働組合も、当初の目的は賃労働制度を労働者協同組合型にかえることによる協同組合共和国を理想に描いていたが、20世紀に入ってくると労働組合は、団体交渉権による賃上げ交渉を行う対抗型労働組合に変化していった。1927年からの大恐慌時代には自助型協同組合が、また第二次世界大戦後はプラスチック成形産業にワーカーズ・コープがオレゴン州やワシントン州にいくつか設立された。しかし、これらはいわゆる労働者株式保有協同組合という形であり、利益分割を組合員間での利益分割を認めたものが多く、共同資産を作らなかったものが多かったことと、労働者の経営参加の側面が弱かったので長生きできなかった。この労働者株式保有協同組合では、組合員になるためには、組合員株を買わなければならなかったが、株価は一般会社と同じように配当で額面がつり上がっていくので、新規労働者は高くて株を購入することができず、その協同組合における非組合員の賃労働者になり、再び、賃労働関係が組合員と非組合員の間で再生産されることが多かった。
 1960年代70年代には、市民運動や反戦運動などの社会運動に結びついてワーカーズ・コープは細々と活動していたがね80年代あたりからスペイン・モンドラゴン協同組合グループに影響された運動が活発化してきた。
3. ワーカーズ・コープの定款
 1983年に産業協同組合協会(ICA)が作ったワーカーズ・コープのモデル定款は、モンドラゴンモデルに触発されたものである(注4)。ICAのモデル定款での特徴点は、組合員の所有権と内部資本勘定を分離した点である。見習い期間が過ぎて、組合員に登録されると、組合員はその年度に決められた金額の1株だけ購入するあるいは出資することが認められる株式証書を受け取る。したがって金額に関係なく、この1株が1人1票の投票権の根拠であり、またこの株は退職のときを含めて他人に譲渡することはできない。退職時の出資金払い戻しはすぐにではなく5年以内で行われる。
 内部資本勘定では、期末損益を組合員に配当するに際して、組合員の個人勘定と共同勘定を分離している。個人資本勘定は最終的に組合員個人に返済されるもので、共同勘定は、組合員間で配分できない不分割金である。ICAモデルでは損益の50%づつをそれぞれ、個人勘定配当と共同勘定配当に配分する。個人勘定配当は、各組合員の年間労働時間に応じた配当を行う。個人勘定の増資は、組合員による資本追加増資、定款に基づく個人勘定全体に対する利子配当、組合員に対する労働配当による。もちろん、決算が赤字のとき、組合員がやめたり、個人勘定の一部を現金化したときは減る。
 共同勘定の増資は、税引後の利益配当金(これを自己保障配当金と称す)が主で、外部からの寄付金その他が付け加わる。労働配当と不分割金配当している金額については、協同組合的事業をしている企業とみなされ、米国内国税法(IRC)のT章に基づいて、税制控除できる。協同組合が解散したときの共同勘定は、負債を整理した後に、慈善的組織に配分される。
 一方、組合員の意思決定参加制度については、年次総会、定期会議、特別会議など、いずれも、組合員の10%の要求で開催可能である。1人1票の権利は会議出席者のみに認められ、代理投票は認められない。したがって会議定足数はつねに、その出席者数である。これは直接民主主義を強調したものであろう。しかし、書面決定方式も採ることができるので、全組合員の意思決定参加も可能である。
 ICAによるワーカーズ・コープの定款は、いわば、コミュニティの運営と同じような考えに基づいている。、各人は民主主義原則に基づいて1人1票であり、コープの理事会はコミュニティの議会のようなものである。しかし、コミュニテイと異なり事業をしているのであるから、また一般企業と違い、コミュニティ的であるのだから、収益配当システムは、資本配当ではなくて労働配当であり、1人1票である。しかし、これは、協同体における個人の権利であって、私有権利ではないので、票も勘定資格も他人に譲渡することはできない。こうした考えにより一般会社のような株の売買を否定している。
 最初のモンドラゴンタイプの資本勘定方式を会社登記法(The Articles of Organization)の中で使用することは、最初にマサセチューセッツ州で1982年に認められた。それ以後、同じような形の定款形式が、メーン、コネチカット、バーモント、ニュウヨーク、オレゴン、ワシントン州などで承認されている。
4.労働法とワーカーズ・コープの関係
 ワーカーズ・コープに関係する米国の労働法は国レベルでは、公正労働基準法(Fair Labor Standards Act)、全米労働関係法(National Labor Relations Act)、連邦保険料法(Federal Insurance Contributions Act)、連邦失業税法(Federal Unemployment Tax Act)などがあり、いくつかの州レベルではそれぞれに、労働法(Labor Code)に基づいた各規則を制定している(注5)。
 こうした法制に基づくワーカーズ・コープの認定方法は、一つは「統制審査」(control test)と「経済実権審査」(economic reality test)がある。前者は、誰が事業管理権と人事権を握っているのかを確かめるものであり、後者は、投資や配当など人事とどう関係しているかを確かめるものである。1979年に経済法定で示された意見では、「経済実験審査」とは、(1)労働に対する「雇用者」権利とはなにか?。(2)「従業員」が収益に参加するとはなにか?。(3)「従業員」が投資をするとはなにか?。(4)専門職に対してどのような優遇が提供されるのか?。(5)労働条件の整備度は?(6)「雇用者」はどのくらい事業に決定権をもつのか?。などであった。つまりワーカーズ・コープにおける実際的な雇用関係・労働関係はどうなっているかに焦点が当てられている。言い換えると、ワーカーズ・コープの労働者組合員は、「真の組合員」なのかそれともたんなる「独立契約者」なのか。
 カリフォルニア州の場合は、ワーカーズ・コープは「カリフォルニア会社法」に基づく。同法の関係条項は当初、消費者協同組合むけのものであったのが、ワーカーズ・コープにも拡大適用された。ワーカーズ・コープの組合員は自らを「雇われ人」(employees)とはみなさないが、しかし、労働者として企業内で働いているのであり、現実的には労働法に基づいた雇用者的な労働基準を採用しなければならない。こうしたガイドラインづくり、あるいは概念づくりが難しい問題だとされている。
 つまり労働法的には、はたして組合員が「雇用者」なのかそれとも「配当や管理権」をもった「労働者」なのかの判定に関心があり、組合員同士の相互扶助とか自助とか、社会性については判断の視野外ということである。
 米国では「経営権をもった従業員」を重視するESOP方式の方が、「自主的な労働者」を重視するワーカーズ・コープよりも数も圧倒的に多いが、やはり、この両方の最良部分の性格は接近しつつあるので、こうしたものを大きく括る枠組みすなわち「社会的経済」といったものが米国でも望ましいと思われる。 
 
 
注(1) C.ロック、M.クラインディンスト「アメリカ合衆国における『社会的経済』を求めて」(佐藤、石塚訳)、J.ドゥフルニ、J.L.モンソン『社会的経済』日本経済評論社、1995、P.344所収。
注(2) 同上、P.332.
注(3) 秋元樹『アメリカ労働運動の新潮流』、日本経済評論社、1992.
注(4) "ICA Modfel By-Laws for a Worker Cooperaive", 1983.
注(5) "The Application of Labor Law to Workers' Cooperatives", N.A. Helfman, University of California,1992.



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