石塚秀雄の海外ワーカーズコープ漫遊記
イスラエルのワーカーズコープ
『仕事の発見』第15号(1996年5月)所収


イスラエルという国を作ったのは協同組合精神だと言われています。1880年代にパレスチナにユダヤ人が主にロシア、東欧から移住してきました。その彼らは自由を求めてやってきて、キブツと呼ばれる共同農場を作ったのです。 

 イギリスの政治学者I・ドイッチャーは1968年に出版された『非ユダヤ的ユダヤ人』(岩波新書)の中で「農業団体キブツはイスラエル人の平等精神の縮図である。それはまたイスラエルの倫理的、知的なあり方の中でもっとも重要な形をとっている。キブツはロシアの農民社会主義というナロードニク(人民党)の思想を直接受け継いでいる。」といって、ロバート・オウエンの協同組合の実験と同様な理想主義をキブツに見ています。キブツは文字どおり砂の上にたてられました。潅漑によってオアシスを作ることが大事な仕事でした。キブツは理想に燃えた知識階級と労働者が作ったものでした。イスラエルの「ユートピア社会主義」の砦とドイッチャーは言っています。また哲学者M.ブーバーはキブツを「もう一つの社会主義」と呼んでいます。

 しかし一方、イスラエルという国はパレスチナ占領によって、新たな迫害を作り出しているという非難もまた強いものがあります。「個性豊かで、独立心が強く、豊かな伝統文化をもつキブツのイスラエル日との姿に一種の憧憬の念さえ抱いたものだった。・・・そんな自分に”ユダヤ人”観に疑問をだきはじめるきっかけは、難民キャンプでのパレスチナ人との出会いであった。理想郷キブツの多くは砂上の楼閣であることを初めて知った。」(土井敏邦『アメリカのユダヤ人』岩波新書)と述べています。

 1993年にPLOとの歴史的和平が成立したのもつかの間、再び、レバノン国境で緊張がたかまっています。平和共存の立役者ラビン首相が極右ユダヤ教徒の青年に95年11月に暗殺されて、代わりに首相になったペレス氏は、5月29日の総選挙を前にして、イスラム過激組織ヒスボラに対する武力攻撃を進めました。首都テルアビブでは通勤バスが爆発されるなど、社会不安が増大しています。この通勤バスの会社は、鉄道のないイスラエルの運輸の90%以上を担っている運輸協同組合の最大手であるエゲドです。

 運輸協同組合はイスラエルの公的運輸網の95%を提供しています。エゲドとは「みんな結ぶあう」という意味です。1933年に4つの運輸協同組合が合併してできました。現在9000人(組合員労働者5800人、賃金労働者3200人)の労働者、4000台のバスを持っています。イスラエル国内だけでなく、ヨルダン、シリア、エジプト、イラクにも路線を持っています。

 イスラエルは鉄道のない国で、バスの利用者は毎日150万人です。人口は550万人で、そのうちユダヤ人は460万人です。最近は公共バスがテロの対象となっています。イスラム過激派の爆弾特攻隊の精神は、日本人には理解できるものかもしれません。1994年4月にバス攻撃で75人が死傷し、今年も何回かテロが発生しています。しかしエゲドは、マイカーによる自動車事故での死亡者は、エゲドのバスに乗っていて死んだ人の10倍はある、そちらのほうが危険だと主張しています。まさにユダヤジョーク集に載っていそうなブラックユーモアがあります。

 ゴラン高原のレバノン国境にあるキリヤト・シェモナの町は爆弾テロを受けています。イスラエルは安全地帯をもうけるためにレバノン国境を占領しています。レバノンのカナの町はイスラエルの砲撃をうけて国連施設で多数の死傷者がでました。イスラエルがレバノンを侵入したのは1982年でした。西岸地帯に12万人のイスラエル人シオニストが入植し120万人のパレスチナ人を抑圧している図式は許されるものではないでしょう。

 

表1. 協同組合村共同体

           キブツ、 モシャブ・チトフィ    モシャブ・オブディム

土地所有       国有    国有          国有
生産手段       共有    共有          家族
労働         共同    共同          家族
事業         共同    共同          協同組合
労働報酬       共同    家族単位        労働配当
管理         総会    総会          村会

出所:"Le Kibboutz", Que sais-je?.1983.

 さて、キブツばかりが有名ですが、協同組合植民村はキブツだけではありません。モシャブ・チトフィは協同組合共同体で、ワーカーズであると同時に生協でもあるものです。モシャブ・オブディムはワーカーズ一本です。住民全員が組合員であるのがモシャブ・オブディムで、農民だけが組合員であるのがモシャブ・シィテゥフィです。だいたい250から400家族で1キブツが構成されています。キブツに比べてモシャブのほうが農民比率が少ない。一部の非農民組合員はユダヤ原理主義者で定住地での農薬や車の使用を禁止しているところもあります。キブツに参加する人々は低下しています。

 キブツには1993年で269キブツ、13万人が参加しています。所有する企業数400。労働者は数は22000人。そのうち46%が非組合員です。共同所有、直接民主制、毎週総会。参加が重視されます。1930年代はキブツの活動の90%が農業であったのが、1993年には農業は20%、産業が70%、その他サービスが10%となっいています。

 キブツ・アルチィは1927年に設立されて、4万人85キブツからなる運動体です。ホロコーストから逃れてきた人々が集まった共同体ですが、独特なのは、シオニスト運動と社会主義運動、共産主義とが融合してできたものであることで、社会主義シオニズムともよばれます。近年キブツには若者が多く入ってきて、ポストインダストリアリズム対応はかっており、教育、リハビリ、病院、高齢者、児童福祉、文化活動など、総合的な活動が展開されています。しかし1993年にはわずか国民の2.7%が加入してるだけです。人々は田舎で理想郷を作るよりも自由な都会と賃労働のほうを好みます。

 キブツは近年農業生産比率は落ちており、逆に工場を多く作っています。金属、電子機器、プラスチック、ゴム、木工、家具、ガラス、食品、建築資材。印刷、医療、化学製品などの分野です。特に大きいのはプラスチック分野です。工場はキブツが所有し、共同会社または民間会社として登記しています。新しい動きでは、キブツもモシャビムもゲストハウスづくりをしています。外国からの訪問者が絶えないからです。

 キブツ工業には393工場、22,000人が働いています(1993)。プラスチック工場が88、業界の約半分シェア。金属86。食品33。全産業の6%の販売比率。輸出が強く比率は31%です。キブツは電子機器部門の重要性が増しています。構造転換が強いられているのです。

 輸出市場をヨーロッパだけでなく、アジアにも急速に拡大しつつあります。イスラエル経済は社会主義的な保護主義から私的投資自由貿易に移行し、外国投資を引きつけている。経済成長は過去5年館で平均5.5%、今後7%が予測されています。優れた頭脳を基にしたハイテク産業、軍事技術開発で培ってきた開発能力、イスラエル政府の保護などが強みです。

 インテル、モトローラ、ネッスル、フォルクスワーゲン、ボルボ、ベンツなどといった多国籍企業がイスラエルに投資を企てています。イスラエルへの外国投資は急速にのび、1992年に850万ドルだったのが、95年には12億万ドルに急増しています。これはなによりも和平が達成されたためで、いま再び揺らいではいるが、基本的な和平の方向は変わらないでしょう。

 アメリカの有名なデスニイ・ファミリイもイスラエル最大の工業会社コール・インダストリイに2億5千万ドル投資しています。コールはヘブラト協同組合グループに属する企業です。ラビンの暗殺後もコールの投資金募集には影響なく、欧米に出資募集をしています。

 イスラエルでは、労働者協同組合センター、労働者持ち株会社の展開、消費者協同組合、生産サービス協同組合などが活動してます。キブツを含め広い意味でワーカーズコープの役割が大きいといえます。しかし、一方で、賃金労働者がワーカーズコープで増えていたり、直接民主主義や幹部と一般組合員の問題、資本調達の問題、最近新しい協同組合が増えなかったり、利潤あがらず組合員増えていない問題などが山積みされています。またロシアからの60万人をはじめ移民流入対応も迫られています。

 協同組合法はイギリスの信託統治のときの1933年にできました。いずれの協同組合も監査協同組合の審査を毎年受けなければなりません。現在、協同組合の問題はすべて、中央コンピューターにより情報がコンピューター化しており、登録協同組合に配布されています

 協同組合センターはドイツ、オランダなどとの共同基金をはじめとして、産業振興、文化活動に力を入れています。

 

表2.イスラエルの協同組合(1993)

キブツ

 284

モシャブ・オブディム(地域労働共同体)

351

モサブ・シテゥフィ(農村地域共同体)

 44

総合農協 

302

農業販売購入協同組合

 60

水供給協同組合

264

住宅協同組合

180

共済組合

20

地域コミュニティ定住協同組合

144

監査協同組合

節約年金基金

37

医療養護協同組合

16

消費者協同組合

18

生産者協同組合

48

サービス協同組合

60

運輸協同組合 

20

協同組合全体協議会

協同組合学校

DSC開発研究センター

協同組合センター

出所: "Cooperation in Israel",State of Israel,1994

                                                                                                                                                                                                    

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