『協同の發見』1999.12 No.92 目次

<巻頭言>

協同組合にとって「コア」の探求を

橋本 吉広(地域と協同の協同センター)


 生協のなかでは、原点に帰れの声がますます大きくなっている。長引く不況のなか、生協ではここ3〜4年、経営不振が表面化しており、これに対して「規模が大きいかどうかが問題なのではなくて、一番のものをいくつもっているかが事業の優劣を決める時代です。無駄な贅肉がなく、コアビジネスがしっかりしていて、収益性と豊かな資金量をもつ経営が競争に勝つ条件となっているのです」(日本生協連『生協運営資料』99/3)といった指摘がなされ、また日本生協連会長の竹本成コ氏も業界誌上での対談で、次のように答えている。

 「流通業が大型店をつくれば、生協も大型店を出す。地域にSC(ショッピングセンター)ができたら、われわれも大きな駐車場を備えたSCをつくるといった具合で、確かに量は拡大したが、われわれはどこに行くのかという問題にぶつかっていったのです。……自らの力量も含め、もう一度基本戦略に立ちかえる必要があります」(チェーンストアエイジ99/9/1)。
 
◆協同組合であること自体の見直し
 
 こうした議論に示唆を与えたと思われる経営書の一つに、『コア・コンピタンス経営』(日本経済新聞社、1995年刊)がある。原題は、COMPETING FOR THE FUTUREでG.ハメル教授とC.K.プラハラード教授により1994年に刊行されたもので、アメリカでは大反響を呼んだと訳書のあとがきは紹介している。コンピタンスというと耳慣れないが、ゴルフコンペなどで使われるcompete(競う)から派生した形容詞competent(有能な 、権能のある)の名詞形がcompetenceで、この書では「コア・コンピタンス」を「顧客に対して、他社にはまねのできない自社ならではの価値を提供する、企業の中核的な力」、と定義している。“未来のための競争”では、現状手直し型のリストラクチャリングやリエンジニアリングではなくて、この「コア・コンピタンス」をもつことが大切と説く。

 ところで、私が遅ればせながらこの書に関心を寄せたのは、先に見たような生協のなかでの論議に対する興味からではない。実は、障害者福祉を先進的に担ってきた愛知県の社会福祉法人のなかから福祉協同組合が生まれて今年で10年を迎えたのだが、さきに開かれた福祉協同組合総会において、従来の社会福祉法人と福祉協同組合の一体的関係を解消し、独立と自立の関係として再出発することが決定された。

 社会福祉基礎構造改革がすすみ、(一部では営利企業の参入を含む)福祉の市場化のなかで、国の「制度」であった社会福祉法人も自立性をもった社会的経営体への転換が迫られている。今回の決定は、こうした流れを受けて、社会福祉法人強化に向けて組織全体の舵が切られたことを意味する。社会福祉法人としては、「協同の力で福祉の拡充を」のスローガンを引き続き掲げることを確認しており、この点に揺らぎはないものの、社会福祉法人理事会の経営責任が強調されるなど、この事業運動グループの中核には社会福祉法人がすわることになった。“福祉協同組合を母体とした社会福祉法人”と自らを規定してきたこの団体にとり、今回の決定の意味は重い。そこには、社会福祉法人は社会福祉法人らしい組織と運営力を強めることが、いまの社会福祉経営をめぐる環境に適合的であるとの経営意志を読み取ることができる。協同「組合」を標榜してきた組織から、いわば社会福祉法人を「コア」する組織への回帰が宣言されるに及び、私のなかで「コア・コンピタンス」への関心が膨らんだ。
 
◆協同組合の未来をひらく中核的力とは
 
 共に多様な協同組合への可能性を語り合ってきた福祉協同組合の今回の決定は、ある種のショックではあるが、同時に公的福祉制度のよき実践者となることを通して公的福祉の後退に歯止めをかけようという意味でも、時代に真っ正面から向きあって生きるこの団体の凄みさえ感じさせる。そして、その決定には、社会福祉法人ではない“協同組合は、協同組合らしい組織と運営力の内実を強めるべきである”との強いメッセージが秘めているように思われてならない。

 「他社にはまねできない自社ならではの価値を提供できる力」、言い換えれば、社会福祉法人にも株式会社にもまねできない、協同組合ならではの価値を提供できる力、つまり協同組合の「コア・コンピタンス」とは、いったい何なのか。しかも、それは単に過去の「原点」に戻ることではなく、原点を活かし“未来のための競争”に生きる創造的力でなくてはならない。

 この2年ほど、協同組合におけるガバナンスについて考えている私は、協同総研の今年の総会に際して併催された研究集会「21世紀の労働 協同の21世紀」でのコメントのなかで、いまだ試論でしかないのだが、私なりの21世紀の協同組合像のデッサンを提示している(『協同の発見』99/8所収)。そこでは、「顧客」主権論に偏した生協からの再生のために、組合員が協同組合に対してボランタリーに持ち寄る労働・情報・時間などを出資金と並ぶ重要な協同組合資本としてみなし、それらのオーナーとしての組合員主権を軸にした協同組合イメージを提起している。ここでの議論に即していえば、ボランタリーな協同組合資本を経営資源として調達し活かすことができる力、これが協同組合の「コア・コンピタンス」の本質ということになろう。

 産業組合法制定から百年を迎える明けて2000年に、協同組合の未来的原点たる「コア」とは何かの議論をリードする協同総研の役割は大きい。

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