『協同の發見』1999.12 No.92 目次

 
キュ−バ社会主義と協同組合
 

 
石見 尚(東京都/日本ルネッサンス研究所)
 
 

1.ビクトリア大学でキュ−バ  農民代表団との交流

 ICA大会(ケベック市)と世界高齢者団体連盟の第4回世界会議(モントリオ−ル市)に参加したあと、9月6日、ブリティシュ・コロンビア州のビクトリア大学のマクファ−ソン教授を訪問した。そこで日本の高齢者協同組合代表とカナダ西部のワ−カ−ズ・コ−プやコミュニティの研究者や現地活動家との交流を行なった。そのとき、キュ−バから農業研修のためにカナダを訪問していたグル−プがあって、マクファ−ソン教授による紹介で、同会場で日本とキュ−バとの交流がおこなわれた。

 キュ−バからの農業研修団はカナダのODAの一環としておこなわれ、カナダの協同組合ユニオンが研修プログラムに関係している。キュ−バ研修団の関心は農産物の市場販売の仕方におかれていた。交流は友好的におこなわれたが、スペイン語、英語、日本語の三元通訳でおこなわれたので、時間が足りなかった。それは仕方のないことであるが、それよりも社会主義国と資本主義国の農業問題の違いを相互に認識しあうのに時間がかかり、双方に消化不良の面が残ったのではないかと思う。とくに、キュ−バ代表が「農業を語らずしてキュ−バは語れない。農業労働の体験なくして人間教育はない」と演説口調に述べはじめたところで時間ぎれになったので、その背景の説明不足の感があった。

 幸い、私は1998年2月に日本からのキュ−バ訪問生協・協同組合交流団(団長・田中学/東京大学生協前理事長)に参加したので、キュ−バ農民代表たちが言うことの背景が私なりに理解できたように思う。キュ−バはICAに加盟していないので、協同組合が存在しないかのように思われがちであるが、「キュ−バ革命」が新しい段階に入った現在では、事実上の協同組合が形成されはじめており、ハバナ大学には協同組合研究部も設けられている。

 社会主義と協同組合の関係を研究する上で、キュ−バは貴重な情報を提供すると思われるので、キュ−バ社会主義の協同組合の現状について述べてみたい。

2.キュ−バの農業と協同組合

 キュ−バには農業協同組合に類似の組織がある。生協や労働者協同組合については政府の要人たちは関心をもっているが、現在の経済状況のもとでは組織されていない。

 ご承知のように、1492年、ジェノヴァのコロンブスはスペイン女王の援助をうけた航海で、西インド諸島を発見した。そして、キュ−バは他の中南米諸国とともにスペインの領土に編入された。その後、1898年、米西戦争の結果、キュ−バは形式的に独立したが、事実上、アメリカの植民地となった。キュ−バが名実ともに独立したのは、カストロがアメリカの傀儡バチスタ政権を倒した1959年の革命の時である。

 その年、農業改革法が公布され、アメリカ資本が所有していた農場は国営農場(農地面積の80%)となり、従来の個人農の自作地は私的所有(同20%)が認められた。ちなみにキューバの国土面積は日本の3分の1であるが、農地面積は日本よりも大きい(表1参照)。
 
   表1 日本とキューバの比較
   日 本 キューバ
国土の面積(千ha) 37,780 11,100
人口(万人) 12,352 1,100
農地面積(千ha) 5,165 7,270
農業従事人口(万人) 383 90(?)
 
 
@中小農民全国連合(略称ANAP)
 自作農は約20万人(うち女性2万7千人)で160万haを所有している。これらの農民は3,900の基礎組織を組織しており、ANAP(Asociacion Nacional de Agricultores Pequenas)を組織している。ANAPには2つの協同組合がある。
 一つは、農業生産協同組合(CPA)で、土地と生産手段の利用と作業を共同化し、労働に応じて収益を配分している。組合数は1,155、組合員は6万人である。
 他の一つは、信用・利用組合で、各人が個人経営し、組合が国からの資金を貸し付け、またその他のサ−ビスを行なっている。組合数は2,745、組合員は約16万人である。 ANAPの農地面積は全体の20%に過ぎないが、生産性が高い。農産物の生産に占めるシエアで言うと、タバコ(90%)、コ−ヒ−(65%)、野菜(60%)、穀類(60%)、芋類(30%)、牛乳(10%)、砂糖きび(22%)などである。かれら個人農は生産物の80%を国に販売し、20%は自由市場で販売してよいことになっている。
 
A協同生産基礎単位(略称UBPC)
 ソ連・東欧社会主義の経済崩壊にともなって、キュ−バにはそれらから輸入していた石油、トラクタ−、肥料、農薬、飼料が入らなくなり、キュ−バは1989〜92年に食料危機に見舞われた。危機脱出(後述)を機会に、キュ−バ政府は1993年から市場経済化を進め、その一環として国営農場を分割して、国営農場のうち320万haを農業労働者に無料で貸し付ける政策転換を行なった。創設された集団経営農民たちは1,533の協同生産組織を作り協同経営することになった。この集団農場単位がUnion Basica de Produccion Cooperativa(UBPC)と呼ばれるものである。かれらは砂糖きび、飼料、種子、穀物、養鶏、畜産などを経営している。UBPCの作る作物たとえば馬鈴薯、牛乳、牛肉などは統制品目であり、国に販売しなければならない品目が多い。しかしかれらが自由市場に販売する機会を待望していることは事実であろう。さきに述べたビクトリア大学でわれわれと交流したキュ−バからの訪問団は、実はUBPCの農民たちであった。
 1993年の政策転換の一つとして、政府は都市の退職者に一人あたり0.2haの家庭菜園を貸し付けることにした。その結果、1993年の農地の所有構造は国有地33%、UBPC45%,ANAP22%になり、国有地と民間の私有ないし経営地の比重は33:67に逆転した。

3.キュ−バの有機農業への転換

 ソ連・東欧社会主義国からの農業資材の輸入が1989年に破綻したことは、キュ−バ農業に大変革をもたらした。1959年にキュ−バ革命があったことはさきに述べたとおりであるが、国の主要産業である農業の輸出生産物は砂糖とラム酒、タバコが主要なものであった。その農業形態は植民地型の大規模モノカルチャを継承していたと言うことができる。実際、キュ−バは主として砂糖、タバコを輸出し、その代金で石油、化学肥料、農薬、トラクタ−、その他の生活用品や工業資材を輸入していた。そうした貿易構造のために、ソ連型の国営大規模農業をとらざるをえなかったとも言える。

 その結果、1989年のソ連・東欧の体制崩壊は、キュ−バの存亡にかかわる深刻な食糧危機を引き起こした。危機のりきりのために、政府はトラクタ−を牛馬耕に変え、化学肥料をコンポストに、農薬のかわりに天敵利用と全国的な病害虫予察にもとづく無農薬農業に切り替えた。有機農業は労働多用型農業になるので、大規模機械利用農場の形態をとることができない。そのため、大規模農業を小規模農業に分割する政策転換を、国を挙げて推進した。それがUBPCのような農業の生産協同組合化を促進したのである。

 労働力を確保するため、都市の学生や市民を農村に2週間単位でボランティヤ労働として募集して送り込んでいる。そして農業賃金を都市の労働賃金よりも高くし、さらに農村の居住条件を都市よりもよくしている。因みにキュ−バでは住宅は国有財産で、国民は家賃を払って国から借りることになっている。また全国にある高校のなかには、午前授業をして午後全員が付属農場で働くという学校もある。

 かくてキュ−バは全国的に有機農業の技術が進んでおり、有機農業の量と質の点で世界のトップレベルにある。有機農業によって食糧危機を克服した経験と自負から、ビクトリア大学で交流したUBPCの農民は「農業を語らずしてキュ−バは語れない。農業労働の体験なくして人間教育はない」と言ったのであると思う。

4.生協、労協の組織化の可能性

 キュ−バは1990年代の食糧危機を切り抜けたが、現在、主要食糧たとえばパン、芋類、乳幼児用の粉乳、牛肉、バタ−などは配給制である。各家庭には配給通帳が交付されていて、牛肉ならば1カ月に1回定められた日に通帳をもって配給所にとりに行くという具合である。その他の主要食糧についても同様である。1994年10月から不足する分は自由市場で買うことができるようになった。日用品たとえば紙、石鹸、マッチ、衣類などは、まだ配給制である。

 このようにキュ−バの市民生活に物不足の状態が続いているのは、1962年以来、アメリカが反社会主義政策のためキュ−バにたいして行なっている経済制裁の影響によるところが大きい。アメリカはキュ−バにたいして全面的に禁輸政策をとっているが、他の国も同調することを強要してきた。日本をはじめ外国はアメリカの圧力をおそれ、キュ−バとの貿易、投資を停止してきた。アメリカのキュ−バ制裁には国際的に反対意見が次第に高まってきており、国連でのキュ−バにたいする制裁解除を求める決議は圧倒的多数で支持されるようになっている。日本政府はアメリカに気兼ねをし て、「 経済制裁解除決議案」に「棄権」の態度をとってきが、1997年についに「賛成」にまわることになった。現在、国連で制裁解除の「反対」はアメリカとイスラエルの2国だけになっている。

 しかしキュ−バには物不足の現実があり、産業の停滞のために市民の失業率はかなり高い。キュ−バでは労働者の賃金格差はほとんどないのであるが、観光産業に従事する者とそうでない者の間にドルの入手格差が拡がっており、それが住宅条件や自由市場での購買条件の格差となって現れてきている。

 生協が市民の自由意志によって組織されるには、市場経済が形成され、消費財の選択の自由が生まれ、一物一価の客観的公正性が保障される基盤がなければならない。そして市民が日常的に組合サ−ビスを利用し、また活動に参加する条件が整うことが必要である。キュ−バの現状は経済制裁がその条件の成熟を基本的に妨げているということができる。 またキュ−バの製造業を見ると、現状ではタバコ(葉巻)工場、砂糖、ラム酒工場(いずれも国営)が主要なもので、他の近代工業は部品が外国から入らないためにあまり発展していない。製造業、建設業、運輸業、医療産業など、産業が国営であるから労働者協同組合はいまのところ組織されていない。

 しかしキュ−バ政府の幹部は協同組合に関心をもっている。とくに日本の産直システム、山形県下の「米沢郷牧場」のような近代的生産協同組合に興味をもっている。また組合貿易にも関心がある。日本の首都圏コ−プ連合はキュ−バからコ−ヒ−の購入を進めており、将来はむこうのコ−ヒ−栽培農民との国際的協同組合間提携に発展させることを計画している。

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