『協同の發見』2000.10 No.101 総目次
特集:労協法制定を今こそ(8)

シイタケ福祉工場の構想と発展方向


古谷直道(センター事業団副理事長)

1.構想の骨子

・ 1999年の新春、筑豊の入江さんから「福祉と農業を結んで筑豊の復興」を試みたい、まず「福祉工場」という形でどんなことが可能か、いいアイデアはないか、というお話がありました。当時センター事業団では、きのこ栽培のプロである農学博士の米山さんが「きのこ労協」を立ち上げつつありました。たまたま米山博士が、福岡県宝珠山村で川村さんという農家に長年、椎茸やアガリカスの栽培指導をしているという事情もあり、かつ、米山博士は障害者にきのこ栽培を指導して治療上も好結果を得たことがあったという実績もあって、「シイタケ栽培の福祉工場」という提案をいたしました。
・ その骨子は以下のようなものでした。
 
発想の原点
・ 心身障害者と農民が協力し合えるような、農産物の加工場および施設を作る。
・ このことを通じて、炭鉱に代わる産業としての農業の復興、過疎化・高齢化の進む田川地区での地域福祉の向上に資する。
 
基本的考え方
・ 福祉工場は、事業として成立ち、継続発展するものでなくてはならない。そのためには、安定で採算性のある事業の柱が必要である。それは単純で分かり易く、市場性のある単品であろう。候補として、椎茸あるいはトマトを提案する。
・ 事業構想の中に、地域の振興と福祉の向上実現への手だてがなければならない。候補に選んだ単品は、「目の前で成長する」ことによって、障害者・高齢者・子どもに対する精神的効果が期待でき、この労働が福祉に直結したものになりうる。安定した中核事業を背景に、地域振興のテーマに取組む余裕ができる。田川地区の農業振興は如何にあるべきか、これは充分な時間をかけた研究を必要とするテーマであろう。その研究を開始すると共に、当面2,3の農作物についてその生産計画・栽培契約・商品設計・加工工程・販路開拓をし、近隣の農家との共同事業を実験的に開始する。
・ 参画する人々全員の幸せつくりが追求されなければならない。この事業に参画するグループが、それぞれの特性を生かして能力を発揮し、労働を楽しみ、成果をを享受できるように、連携の方法を工夫することが重要であろう。社会福祉法人/労働者協同組合および川崎町ならびに地元の諸組織との間で、構想の段階からよく意思疎通し、了解と納得のもとで相互の協力協同のネットワークを作り上げることが重要となる。そして、実際に工場の中あるいは周辺で働くことになる障害者の人たち、農家の人たちおよび労協センター事業団の組合員が日常的に充分なコミュニケーションをとれるような仕事の設計をやり上げることが重要であろう。
 
将来展望
・ 地域福祉については、田川地区が必要としている質の地域福祉を作り上げる上で、この福祉工場が拠点となり、周辺に高齢者福祉の施設や在宅福祉サービスの事業を展開することが期待される。
・ 資源循環型社会については、福祉工場から出る有機廃棄物(椎茸の菌床、おから等)と地区内の生ゴミや畜産系糞尿を原料とするバイオマス活用システム(肥料製造、温湯生成、発電)を地区の事業として企画する可能性がある。これは、農業の振興に直結する。また、風力発電所を建設し、福祉工場の電力をすべてまかなうことができれば、福祉工場のあり方にも新しいあり方を作れるのではないか。
・ 産業の振興については、上記のテーマが進展し福祉と農業の複合的発展が地区住民の目にも見えてくれば、さらに新しいメンバーが参入してくることになり、新しい福祉社会にふさわしい産業と地域経済を構築するという展望が開かれてくるであろう。



2.働き方・協同の在り方

・ この福祉工場を実際に運営するに当たって、どのようなことが問題となるかについて、以下のような問題提起を行いました。
問われていること
 
(1) 福祉工場構想の原点
・社会福祉法人すみれ育成会が計画する福祉工場は、「心身障害者と農民が協力しあって」働く場をつくり、 広く地域住民の力を結集して「田川地域の復興、再生」を実現していこうという志に基づくもので「福祉と農業による地域起こし」という理念型の地域経済復興政策の一環である。
 
(2) 定められている福祉工場の運営
・精神薄弱者福祉工場設置運営要綱によると、「福祉工場は社会福祉施設であるとともに一方では、労働関係法規の適用を受ける事業所であり、従来の援護施設と異なり、企業的色彩が強い施設である。」
・従業員は、「援護施設等において指導訓練を受け、一般企業に就労できる程度の作業能力を有しているが、対人関係、健康管理等の事由により、一般企業に就労できないでいる15歳以上の精神薄弱者」である。
・職員は、職種区分<施設長・事務員・指導員・指導員助手・看護婦・栄養士・医師>毎に定員・勤務形態が定められている。従業員・職員とも、社会福祉法人が雇用する。
 
(3) 雇用労働でいいのか?
・雇用とは、「労働者が経営者に対して労働に服することを約し、経営者が労働者に賃金を与えることを約する契約」のことをいうのであり、この契約によって、「経営者が労働者の労働力を買う」、「経営者は自己の経営の目的にこの労働力を使用する」という「雇用労働」が発生する。
・前述の要綱によると、「福祉工場は・・・・(従業員として)障害者を雇用し、生活指導、健康管理等に配慮した環境の下で社会的自立を促進することを目的とする。」 そもそも雇用労働は、経営者の経営目的達成のための指揮命令に従う労働である。福祉工場経営の目的が「障害者の自立促進」であったとしても、「自立を命令する」というおかしな話になる。「福祉工場における障害者の雇用労働」は自己矛盾である。
・職員の雇用労働においても同様である。福祉工場は企業的色彩の強い施設であるから、利潤追求で運営される側面がある。「自立促進」が目的であるとしても経営者の「指揮命令による労働」は「雇われもの根性」を醸成する。このような労働形態および労働の精神は、本当の「福祉=人の幸せ」になじまない。
・このように、福祉工場における雇用労働は矛盾に満ちたものである。雇用労働が文字通りに経営者の指揮命令による労働である場合、障害者=従業員の自立促進は実現困難といえよう。ましてや今回の構想に込められた志である「福祉と農業による地域の再生」の実現は程遠いものといわざるをえない。
 
(4) 協同労働と理念優先型運営
・障害者の自立促進および地域の再生を望むのであれば、雇用労働でない働き方、すなわち協同労働を構築することによってしかその実現はないであろう。福祉工場の内部における協同労働は、それに参画するすべての人の人間的な意志と能力をもっともよく発揮させ、労働が人間の成長と自立を促進することになるであろう。また、地域の農民や広範な住民ならびに自治体・行政との協同・連携は、地域の活性化と再生の方向に大きく前進するきっかけをつくることになろう。
・したがって、この福祉工場の運営は、(法制上は雇用労働の形態をとったとしても)
障害者の自立促進と地域の活性化・再生という理念を大切し、福祉工場内部でも地域との協力においても、「協同労働」を実現するような「理念優先型の運営」が不可欠であると考えられる。

協同の形態
・ではこのような理念優先型の運営はどのようにして実現するのであろうか?
 残念ながらすぐそのまま適用できるような方式はない。今我が国では、多くの場面でこのような事業経営の方式が求められている。あちらこちらで様々な実験が進行中である。この福祉工場もそのような時代の真っ只中での貴重な実験的事業というものであろう。そのような観点から、幾つかの方式を検討することが必要と思われる。
・第1の選択肢として、もともとの志、すなわち田川地区の活性化・再生を「福祉と農業の結合で」達成しようという目標に邁進しようという立場に立って、「社会的協同組合」というものを検討してみたい。
・イタリアのボローニャにある障害者が働く協同組合カディアイは、関係あるすべての人が参画する複合的な協同組合で、障害者、障害者の家族、専門的職員、地域のボランティアなどが組合員となり、畑を耕し、動物を育て、花屋もやる、まさに「福祉と農業」が結合して地域に生きる事業を展開している。今回の福祉工場の志にもっともぴったり来る組織形態は、このような社会的協同組合であろう。
・もちろん、福祉工場は国の行政施策の中での事業であるので、社会福祉法人が行う事業として形を整えなければならない。とはいえ、その本来の志をまっとうするために、事業運営を関係者一同が参画できる場を作り、その場において思う存分に参加者が能力を発揮できるような、協同労働・協同事業のできる協同組織でありたい。
・協同労働・協同事業を現実的に達成するために、この社会的協同組合が労働者協同組合連合会に加盟して労協のノウハウと経験を吸収することが有効であろう。



3.シイタケ栽培見学と検討会

・ このような構想と問題提起を行った後、すみれ育成会の理事さんたちと4月の初めに宝珠山村の川村さんを訪問し、シイタケ栽培と出荷作業の実際を見学しました。その後、感想を出し合い、福祉工場のイメージや働き方・協同の在り方等についても意見を出し合いました。

シイタケ福祉工場は実現しそうか
・きのこ栽培を実感できた。子供が喜ぶと思う。
・話だけで確信なかったが、見てよく分かった。
・見て安心した。これは障害者にいいし、夢がある。奥さんは、原木栽培から菌床栽培に切り替える時の苦労を語っていた。川村さんの執念を感じた。我々も生産者としての原点・こうした執念を身につけることが大事だ。
 
障害者福祉への新たな挑戦/協同の形態
・知的障害者が椎茸栽培に取組むについては、栽培技術だけでなく障害者福祉の問題としても新しい課題がある。克明に記録をとり世の中にアピールできるようなものを作ろう。
・29年前に保育園を作ったときのことを思い出しながら今の時代に適合した福祉の形を作ろう。福祉を通して雇用を、生産の中に生きがいを。感動をもたらすようなもの、インパクトをあたえるものを作りたい。
・ものを育てている中に障害者が入っていく、そのことの可能性を感じた。障害者が生産の場において大きく変わる、そんな予感を感じる。
・困難な時ほど困難な課題に真正面から取り組めば、大きな成果が得られる。この事業はそんなことを感じさせる。
・障害者と健常者と農民が力を合わせて地域を活気付ける、この事業は「川崎のイメージを変える」。
 
「筑豊の振興」:筑豊からの発信
・筑豊から変えていくことを積極的に打ち出していこう。そして、「筑豊きのこネットワーク」をつくる。このネットワークの人たちが福祉工場でも働くし、田川の地域で農業や福祉の分野を開拓する。もちろん椎茸の販売ルートにもなる。
・そのとおりだ。福祉政策と地域振興政策を結合して展開する中に、田川での生活と生産の後継者を育てねばならない。青年が育ち定着することは、絶対不可欠のことだ。

10月号目次協同総合研究所(http://JICR.ORG)