『協同の發見』2000.9 No.100 総目次
特集:レイドロー報告と21世紀の協同組合 

レイドロー報告の衝撃

富沢賢治(東京都/聖学院大学)
 1. はじめに
                            
  『西暦2000年の協同組合』(レイドロー報告)が喝破したように、現代の協同組合運動は、資本主義的企業と異なる協同組合の独自の目的と役割が不明確になっているため、自らのアイデンティティを失い思想的危機に直面している。レイドロー報告の目的は、このような危機を克服するために「問題を徹底的に検討するとともに今世紀末にむけての協同組合運動の見通しを推測すること」であった。
 1848年の『共産党宣言』が当時の労働運動に大きな影響力をもったように、1980年のレイドロー報告は現代の協同組合運動に大きな衝撃を与えた。それは、世界の協同組合運動にワーカーズコープの重要性をはじめて理路整然と説き、その観点から世界の協同組合の運動方針を根本的に改めた。レイドローの問題提起は、消費協同組合が主流を占めていた当時の世界の協同組合運動に対して革命的な衝撃を与えたのである。
 今日、世界の協同組合運動の危機は、おそらくはレイドローが予測した以上に深まっている。西暦2000年の協同組合は、まさに『西暦2000年の協同組合』を徹底的に検討するとともに、レイドローの提言がこの20年間でどのように実践に移されたかを分析する必要がある。
 本稿では、レイドロー報告がどのような意味で今日の協同組合運動に衝撃を与えたかを見ることにしよう。

2. 協同組合運動の基本方針

 従前のICA報告と異なるレイドロー報告の独自性は、ワーカーズコープと協同組合セクターの重視であった。このような観点から、レイドロー報告は、世界の協同組合運動が21世紀にむけて優先的に取り組むべき4大課題をつぎのように提示している。
 ・世界の飢餓間題の解決を優先課題とする。
 ・財の生産とサービスの提供においてはとりわけワーカーズコープを重視し、その普及をはかる。
 ・流通、消費の分野では消費生協が持続可能な社会の確立をめざす。
・生産から消費にいたる各種の協同組合のネットワークをつくり、協同組合セクターを拡大強化することにより「地域コミュニティの再建」をはかる。
 第1の優先課題にかんしてレイドロー報告は、「あらゆる種類のそして様々の段階の協同組合組織は、生産者と消費者の橋渡しを率先して行わなければならない」と述べて、消費者とともに生産者の組織化の必要性、および生産者組織と消費者組織との提携の必要性を強調している。
 第2の優先課題にかんしてレイドロー報告は、ワーカーズコープの意義をつぎのように強調している。
 「過去20年間における世界の協同組合にとっての最も重要かつ大きな変化の1つは、ワーカーズコープに関するコンセプトの全面的な回復であった。ワーカーズコープに多くの期待が寄せられている。」
  「ワーカーズコープの再生は、第2次産業革命の始まりを意味するのだと予想することができる。第1次産業革命では、労働者や職人は生産手段の管理権を失い、その所有権や管理権は企業家や投資家の手に移った。つまり資本が労働を雇うようになった。ところがワーカーズコープはその関係を逆転させる。 つまり労働が資本を雇うことになる。もし大規模にこれが発展すれば、これらの協同組合は、まさに新しい産業革命の先導役をつとめることになるだろう。」 「ワーカーズコープは各種協同組合のなかのたんなる1組織だということではなくなっている。つまり労働者が同時に所有者となる新しい産業民主主義の基本的構造を形成している。そして、この種の協同組合は東西ヨーロッパのいくつかの国々や第3世界にわたって、また南北アメリカのいくつかの地域で取り入れられ、まさに世界的なものとなりつつある。」
 「ワーカーズコープは、たんなる雇用や所有しているという感覚よりも、もっと深い内面的ニーズ、つまり人間性と労働とのかかわりに触れるものである。」すなわち、「肉体的労働と知的労働の調和をはかることの必要性、さらに最高の価値基準のなかに労働の観念を、生活や人格形成に不可欠なものとして取り入れることの必要性」といった問題を提起しているのである。
 第3の優先課題にかんしてもレイドロー報告は、ワーカーズコープの役割をつぎのように強調している。
 「協同組合事業の最も深刻な弱点は、一般的にみて、協同組合における雇用者と労働者との関係である。」 協同組合は、協同組合としての特殊な性格を活かして、協同組合組織と労働者との間に新しい関係をつくるべきである。「理事会も経営者も、労働者を組織のよきパートナーと考え始めるべきである。」 組織の内部において、労働者に「共働者」としての地位を保障するとともに、「多くの場合、協同組合は、事業のある部分あるいは運営を、一定の契約のもとで、ワーカーズコープの手にゆだねることができる。」
 第4の優先課題にかんしてレイドロー報告は、「多くの種類の協同組合を活用した都市集団、隣保集団、地域集団としての地域社会を建設すること」を提言している。すなわち、「住宅、貯蓄、信用、医療、食料その他の日用品、高齢者介護、託児所、保育園などのサービスを各種の協同組合で提供することによって、はっきりとした地域社会をつくろうとする」試みであり、職住一致の生活環境をつくり、「高齢者や身障者も、職住一致の環境の中で生活できる」ような地域社会をつくろうとする試みである。そしてここでもまた、住民の多様なニーズに対応する各種のワーカーズコープを設立することによって、「地域内の多くの協同組合人が消費者としてだけでなく、生産者あるいは労働者としても協同組合活動にかかわかることができる」ような地域社会の建設が提言されている。

3. 協同組合セクターの重視

 レイドロー報告は、ワーカーズコープとともに協同組合セクターを重視した。1966年のICA大会原則は、異種部門間の協同を含む協同組合間協同とそれにもとづく協同組合セクターの拡大強化を強調した。レイドロー報告は、この基本的路線をさらに発展させ、従来の消費協同組合重視型の発想にとらわれることなく、1970年代から国際的に発展しつつあるワーカーズコープの運動に着目しながら、生産から消費にいたる多様なレベルにおける異種協同組合の間の協同と、それにもとづく協同組合セクターの拡大強化の必要性を強調したのである。
 レイドローの主張する協同組合セクターはつぎのような特徴をもっている。
 ・「公共セクター、私的セクターおよび協同組合セクタ一のどれをとっても、単独では、現在までのところ経済の全ての問題を解決し、完全な社会秩序をととのえることはできなかったし、どの2つをとっても同様であった。 3者が一緒に並んで活動し、相互に補完することによって、人間の力で可能な最良のものを達成しえよう。」
 ・基本的な公共サービスの提供においては、公共セクターと協同組合セクターが相互補完的な機能と役割をもっている。
 ・協同組合は、実際上の理由から私企業と取引きをするが、利潤追求という資本主義的原理にたいしては非妥協的な態度を堅持する。
 ・協同組合セクターは、思想的には、他の2セクターの中間に位置し、両セクターから望ましい特質をとりいれようとしている。
 ・協同組合セクターの文脈においては、協同組合は、資本主義の修正ではなく、基本的には資本主義に対する1つの代案(alternative)という立場にある。
 ・協同組合はすべての私企業に反対するものではない。 いくつかの私企業は反社会的であるが、別の私企業は地域社会にとって支持できるものである。 「いくらかの創業者的私企業は、われわれが良性の資本主義と呼ぶものであり、基本的には協同組合の敵ではない。」
 ・国家と私企業に対する協同組合の態度は、国家と私企業の性格如何に対応して、多面的かつ柔軟でなければならない。
 ・「協同組合間の協同」という協同組合原則は、協同組合セクターの概念に合致するものである。
 ここに見られるように、レイドローの協同組合セクター論は、今日一般化しつつある民間非営利セクター論(社会的経済セクター論、NPOやNGOを含む第3セクター論、3セクターのベストミックスを求める混合経済論、公共部門と民間非営利部門とのパートナーシップ論など)に基本的な理論的枠組みを提供していると言えよう。

4. ICAの旧原則の限界と新原則

 上述のような協同組合運動論を前提にして、レイドローはICA原則の限界をつぎのように指摘し、その改訂を促した。
 前世紀において協同組合人は消費協同組合を重視し、他の形態の協同組合を軽視しがちであったが、ICA原則もその影響を受けて、「主として消費者協同組合に準拠しているように思われ、農業協同組合、ワーカーズコープ、住宅協同組合など、他の種類の協同組合に同様に適用することはできない。」また、「原則そのものを明確にするかわりに、現在の慣行を原則の水準にまで格上げしている」。
 今日、運動論のレベルで「われわれが期待しなければならないことは、人びとが消費者および生産者の両方の資格で、住宅、医療保健サービス、保険、信用、輸送など、多くの分野の日常的二一ズを充足するために協同組合組織から利益を得られるように、組合の種類を多様化することである」。そして、協同組合セクターを拡大強化することによって地域コミュニティを活性化することである。このよう見地からの原則改定が必要とされる。
 レイドロー報告の提言を受けたICAは、15年間の検討を経て1995年にICA原則を改訂し、「自治と自立」および「コミュニティへの関与」を新原則として付加した。新原則においては、外部組織の支配下にない草の根協同組合が地域のために活動することが期待されたのである。
 このように、今日の協同組合のアイデンティティを明確にするうえでレイドロー報告が果たした役割は、決定的であった。
 協同組合のアイデンティティは明確にされたが、それに照らして現実の各種協同組合はどのような行動をとっているか。今、それが問われなければならない。
 ワーカーズコープはどうか。レイドローによれば、「ワーカーズコープは、あらゆる種類の協同組合のなかでおそらく一番複雑で、スムースかつ成功裡に運営することの難しい協同組合である」。そのような困難な条件を抱えたワーカーズコープが、レイドロー報告と「協同組合のアイデンティティ」の正当性を実証しうるか。21世紀の大きな問題がここにある。

9月号目次協同総合研究所(http://JICR.ORG)