『協同の發見』2000.9 No.100 総目次
コミュニティケアを担う(3)

お年よりの介護は楽しい働きの中でこそ実現できる

毛利和江(福岡県/ケアワーカーズステーション帆柱)

帆柱をはじめたきっかけ

 看護婦をしていた頃から「訪問看護」の仕事をしたいと考えていました。北九州八幡は、製鉄所があり労働者の町でした。しかし、大阪の堺市や千葉の君津へ製鉄所が移され、高齢化率もどのどん高くなり、現在は24%です。特にこの地域は高い地域で、こういった高齢者の方が多い地域でこそ、訪問看護の仕事が大切だと思っていました。しかし、この時既に市内には29ヶ所の訪問看護ステーションがあり、この八幡東区には4つできていました。市に相談にいってももう必要ないということです。そんな時、高齢者協同組合との出会いがあり、「訪問介護」の仕事おこしをしてはどうかと勧められました。私は市のヘルパー講座を受講していましたし、同じようにお年よりのお世話をする仕事だったので、いろいろ相談して、この「帆柱」を開所することになったのです。


最初のヘルパー講座

 最初に取り組んだのは、平成10年から始めたヘルパー講座です。しかし、これが大変でした。市に相談に行くと、市は既に2000人のヘルパーを養成しており、講師派遣や会場、同行訪問といったような支援はできない。民間でおやりになるならどうぞ、といった対応でまったくびっくりしてしまいました。福岡県高齢協の小林さん(事務局長:当時)から遠賀郡芦屋町の社会福祉協議会の泊イクヨ先生を紹介してもらい、先生の協力で何とか開催に漕ぎ着けることができたのです。
 ところが、ここからがまた大変で、募集しても人がこないんです。実は、北九州市はヘルパー養成に力を入れていて、受講料は無料どころか、日当まで支払っているくらいで、3万円の受講料を払って「帆柱」のヘルパー講座を受講にくる人などいません。それでもこれまでの友人につてで、必死にお願いして、中には「受講料は後払いでも」といったこともいいながら、受講生を集めました。昔の看護婦仲間や運動を通じて知っていた保母さんたちなど、介護についてもそれなりのプロが集まってきました。全部で27人です。これが最初の受講生です。この人たちに呼びかけて、最初の帆柱の事業がスタートします。
 目抜き通りで安い家賃の事務所を探したのですが、結局オーナーさんに直談判して、月額10万円で八幡駅前の事務所を借りることができました。実は、オーナーさんのお母さんは寝たきりで、話ができない状態でした。オーナーさんは、私たちがやろうとしてた介護、看護事業について、最初にその話を聞いていただいた人であり、最初の利用者になった方でした。偶然の出会いですが、今でもお母さんの介護を継続しています。

公的介護保険がはじまって

 北九州市は介護保険が始まる以前、「北九州市福祉サービス協会」が措置に関わるすべての介護を担っており、2000人のヘルパーさんが働いていました。つまり、帆柱ではこういった措置の枠外の仕事をやっていました。ですから、介護保険以前は、せいぜい15件、月の時間数も200時間ぐらいです。当然、この頃の経営は経営などと呼べるものではありません。毎月の赤字を労協の本部に頼りながらの事業でした。
 介護保険がスタートにあわせて、大手企業7社の出資で「北九州福祉サービス協会」が「株式会社」に衣替えし、結局はそこが仕事を独占するだろうと思っていました。ところが、4月を待たずに「家事援助たのめますか」という電話が急に増えてきました。結局、8月の総労働時間は884時間で、やがて1000時間になると思います。おかげで、何とか利益を残すことができるようになってきています。
 8月の実績でみると、介護保険に関係する時間が891時間中、798時間で、身体介護は38時間と極端に少なくなっています。複合型が264時間、家事援助が496時間で全体の62.2%となっています。7月以前の数字で言えば8割近くが家事援助だと思います。つまり、経営的にはもっと身体介護も増えて欲しいところです。この点は医療と結びついている介護センターは強みがあると思います。今のところはこういった状況で、お金を毎月残すことができているのも、常勤者を含めた皆さんのボランタリーな労働のおかげで、特に常勤者には十分な報酬が払えているとは言えません。毎月の収支報告は壁に張り出してありますから、みんな良く知っています。これまでケアマネージャーには無給でやってもらっていました。今月から払おうということになっていますが、報酬は話し合いの中で徐々に改善してゆくしかないと思っています。とにかく1年間は最初に決めた条件で頑張ろうとみんなで意思統一しています。
 現在は、4人の常勤者と26人の非常勤ケアワーカーが働いています。ヘルパー講座を継続していたことで、仕事が増えても今のところ何とか対応できています。常勤者の中で、所長の私とケアマネージャーが看護婦の資格をもっています。ですから、ここのセンターは3つのセンターが一緒になっています。訪問看護センター、居宅介護支援センター、訪問介護センターです。


現実を伝えるヘルパー講座

 ヘルパー講座のことですが、最初の人集めに大変苦労してから、何とか毎回目標としていた30人を集めることができています。実は今年の7月に初めてチラシで募集しなければならない事態に追い込まれました。これはこれで理由を追求しないといけませんが、それまではずっと口コミだけで講座の受講生を広げることができました。講座は98年の7月から初めて、これまでに3級を8回、2級を2回やりました。述べ302人の修了生を送り出しました。ずい分頑張ったと思います。私たちの講座の特徴は2つあります。ひとつは講師陣の顔ぶれです。私たちはとにかく現場にいる人に講師になってもらっています。ケアワーカーとして実際現場に働いている人、障害をもって実際ケアを受けている人、その家族などの利用者が講師となります。これは現実の話です。実践にすぐに役立つ話を聞くことができます。極端に言えば座って寝ていてももらえる資格ですが、この現実の話には皆真剣になります。そういった中身が違っていると思います。もうひとつは、3級講座をやっていることです。2級のヘルパー、つまり即戦力しか養成しない業者も多いのですが、3級の基本を受けていていない人は、非常に不十分で、専門的な中身を十分理解することができません。これは大きな問題です。元気な高齢者がもっと元気に人の世話が出来るようにと、3級の講座に力をさいています。3級をやっているところは少ないため、非常に好評です。土日に講座を開いて、他で働いている人が受講できるのも魅力だったかもしれません。
 最近ヘルパー講座の受講生の中に高校生がくるようになりました。この子達をどう育てたら良いのかとすごく考えさせられています。雑巾も絞ったことがない。料理もしたことがない。こういった若者がヘルパーの仕事を本格的にやれるでしょうか。でもこれは私たち自身の将来のことでもあります。私の介護はこういった若い世代に支えられることになるからです。真剣に考えないといけないと思っています。
 先ほど言ったように今年7月に初めて定員われを経験しました。30名集まらない。介護の仕事が現実に見えてきて、高い報酬を期待できないことがはっきりしてきたり、コムスンのように事業の見通しが立たないと簡単に、解雇されてしまうというような現実が、この事態を招いているような気がします。
 私たちのヘルパー講座は資格を身につけることは勿論ですが、基本的には自分たちの仕事おこしに通じるということも話しています。雇われて働くだけではありませんから、コムスンショックに負けないような対策が必要だと思っています。


楽しい働き方

 ヘルパーの働きについて、私は「24時間365日働きます」というような働き方はしないほうが良いと思っています。確かに目の回る忙しさの中で常勤者は働いているのですが、利用者の皆さんと接するときに、忙しくて心の余裕がないようだといい介護はできないと思います。そこでヘルパーには「楽しく働こう」と言っています。高齢者がもっと元気に生きがいをもって生活をするためには、ヘルパーが仕事で疲れているようではだめだと思います。働き方もいろいろあっていいと思います。ヘルパー労働を生きがいとして、一日1時間でも、週に1日でも、楽しくゆとりをもって、相手の生活をサポートして生きる力を助けるということが大切です。時間に追われる仕事ではゆとりあるサポートはむずかしいのではないかと思います。
 私は、介護の仕事は営利では続かないだろうと思います。効率をおってはうまくいかないからです。お年寄りだから、その人の生きがいを助けるためには、ゆとりのある人が必要です。もう一つは、ボランティアの精神が半分あって、しかも無償では長続きしないので、一定の稼ぎがあるというのがいいと思います。稼ぐだけになってしまうと福祉は担えないように思います。
 ボランティア精神ということをいいましたが、いろんな場面で何度も何度も通わないといけないようなことに多くぶつかります。そんな時に効率がどうとか、いちいち考えていたら行動できません。「熱があるみたい」という電話があれば、看護婦でもありますから、体温計や血圧計もってすぐに駆けつけるわけです。住宅改修でケアマネージャーが何度も出かけてお世話をしています。親身にになって何度も話を聞き、納得されてはじめて仕事になるわけです。お年よりは話が好きです。元気な方は家に一緒にいても忙しくて必ずしもゆっくり話を聞いてあげることはできません。ヘルパーはよく話を聞いてあげる。お年よりの話し相手になることも大切な仕事の一部だと思います。公的介護保険で話し相手の仕事は認められていませんが。話相手になって欲しいということを直接申し込まれてくる方もいるくらいです。前までは、家事援助でも時間いっぱい、家事を見つけて取り組んだようなことがあるのですが、少し中身も分かってきて、話し相手になるような時間を見つけるようにしています。お年よりの表情も和んできてとても助かっていますと喜ばれる家族の方もいらっしゃいます。
 これまでのところ、ヘルパーは皆ここで働くことが楽しいと言っています。利用者の声も今のところ良好です。いい仕事をするために、もっと勉強もしようという話も自然にでてくるようになっています。他のところのヘルパーとは違うといってもらえるようにしようと思います。実は、デイケアーセンターなどで、お年寄りが集まるとヘルパーのことが話題にのぼったりするらしいのです。「うちは『帆柱』からきてもろうとる。えーよ。あんたも替えなさい」なんていう話も聞きうれしく思っています。そんなことで、これも口コミで「帆柱」のヘルパー活動が広がってゆけば良いと思います。
 他の介護センターで働いているヘルパーも中にいます。その人が帆柱に来たら「ホッ」とすると言われます。介護の仕事は、基本的に利用者の感謝で成り立っています。自分の仕事が感謝されるというのは最高のやりがいだと思います。ここに来れば、そういった満足を得ることができます。他のステーション比較すると、ヘルパー同志のつながりが違うと思います。ヘルパー講座で同じ仲間という意識もあると思います。訪問は直行直帰ではなく、しかも一人の利用者を2〜3人で受け持ちます。困難なことはみんなで解決する。仕事のことはステーションで話して、家に持ち帰らないということでしょうか。ケアの中身を変える必要がうまれた時なども、大きな組織と違いケアマネージャーと相談してすぐに対応することができます。
 ヘルパー会議も毎月行っています。聞きながらいろんな勉強ができる。料理講習会もやろうと計画しています。今度ヘルパーの「いやし旅行」をやることにしました。皆いろんなことを出しあい、和気あいあいで楽しく仕事をしています。上下がないし、気兼ねしなくてもいいという環境だからだと思います。
 ヘルパーの最年長は、70歳少し前です。働き方がいろいろだから、やれているのだと思います。3級を取得している方で、週1回、1、5時間しか働きません。踊りの趣味があったり、一日何もしない日があるほうがよいとおっしゃっています。逆に一番若いヘルパーは25歳の男性です。現代社会のテンポについてゆけず働く所が見つからなかったのですが、ここを知って3級の講座を受けて、仕事をする中で社会性をつけ始めています。ご両親も人間的な成長を非常に喜んでおられます。タクシーの運転手さんも週10時間ここで働いています。平均年齢は、40代後半から50ぐらいで生活経験の豊かな方ばかりです。今のところヘルパーの公募はしていません。講座のつながりで呼びかけて働いてもらいます。


夢をかたちに

 この帆柱ができた後、北九州では「ひまわり」「千代」という福祉事業所ができました。赤字続きで大変な事業所でしたが、それでも手本にして頂ける部分があったと思います。これからは帆柱を中心にしていろんな地域にたくさんの地域福祉事業所をつくっていきたいと思います。
 実は、帆柱で働いているヘルパーさんが、ここでいろいろ学んで、今度地元の遠賀郡岡垣町で住んでおられる自宅を提供して、宅老所をつくろうとされています。こういった人が生まれてくるのもうれしいことです。
また、ヘルパーの中には障害を持ったお子さんを抱えている人もいます。そういった人たちのために、作業所のような働く場所を作りたいと思っています。近くに宅老所、デイセンターのような施設もあれば、もっと幅広い福祉活動が可能になると思っています。
 ここは訪問看護ステーションも併設しているので、医療との結びつきももっと深いものにしないといけないところです。
 福岡ふくし生協の本部からは、地域の中での活動にもっと取り組もうといわれています。一人暮らしになっても障害があっても住みなれた地域で、生きがいを持って暮らしていけるように、働く人や利用者を大切にする非営利・協同の福祉事業所を無数につくり私たちの老後も安心して暮らすことが出来るようにすることが願いです。


9月号目次協同総合研究所(http://JICR.ORG)