『協同の發見』2000.9 No.100 総目次
特集:レイドロー報告と21世紀の協同組合 

レイドロー報告が生まれたICA大会の歴史的位置

堀越芳昭(神奈川県/山梨学院大学)

はじめに

 1980年のICA第27回モスクワ大会におけるレイドロー報告は、ICA大会の歴史上重要な意味を持っている。それは直接的には、それまでの1960−70年代の国際的な協同組合運動の批判・反省の上に形成されたからである。その意味で、レイドロー報告は、それまでのICAの歩みの中でひとつの断絶の上にあるということができる。ここでは、このようなレイドロー報告の独自性を探るという観点から、レイドロー報告の歴史的位置を検討していきたい。そのために、ICA大会を中心としたICAの歩みを検証しつつ論述していきたい。なお下記の【表:ICA大会のあゆみ】(表はこちらをクリックしてご覧ください)を参照されたい。

レイドロー以前:ICA1895−1937

 1895年に創立したICAは、第6回大会までの初期の頃は、利潤分配論争や国家補助論争など、協同組合のあり方を巡って各種の見解が錯綜していた時期で、いわば協同組合の信頼の危機とその克服を模索する時期であった。
 第1次大戦直後の、1921年の第10回大会はICAの歴史上重要な大会であった。同大会で検討されたのは、憲章(ICA定款)改正、トーマ(ILO初代事務総長)報告、オエルネ報告(ロッチデール原則定型化案)、ジード報告(協同組合精神による国際協同組合の原則)、協同組合と労働組合、イタリア問題、ロシア問題などであった。とくに定款の改正では、ICA定款に、はじめて「ロッチデール原則」の文言が取り入れられ、利潤経済に対抗する協同組合制度への転換(いわゆる協同組合社会の建設)、相互自助の原理、利益分配の方法(出資利子制限、利用高分配、教育基金、共同の積立金)が明記された。同大会は、1920・30年代の世界的な協同組合運動の黄金期を築く起点となったのである。
 その後、1937年の第17回大会で、7つの原則に基づく国際協同組合原則が定式化された。この原則のうち、4つの基本原則(@加入脱退の自由、A民主的管理(一人一票、購買高配当、C出資利子制限)は66年原則・95年原則にも引き継がれる基本中の基本原則であり、組合員志向の原則であったということができる。なお、「加入脱退の自由」原則は、ロシア問題やイタリア問題、スペイン問題、オーストリア問題、ドイツ問題等一連のファッショ運動に対峙する中で形成されたもので、組合員原則として、もっとも重要な原則であるということができる。
 もちろん1937年原則は、21年、27年の検討を踏まえ、1930年以降本格的な検討に入って結実するにいたったのであり、この時期の国際協同組合運動の一つの到達点であり、かくして協同組合の信頼の危機は回避されたのである。

レイドロー以前:ICA1946−1976

 第2次大戦後の1946年の第16回大会以降、第24回大会を除いて、国際協同組合取引、低開発国開発、協同組合の経営問題が毎回のように重要議題にとりあげられてきた。多国籍企業との競争激化とともに、協同組合の経営上の危機が到来したのである。とくに1960年の第21回大会における「ボノー報告」と1963年第22回大会における「オドヘ報告」は60・70年代の国際協同組合運動の方向を決定づけるものであった。多国籍企業に対抗できる協同組合の垂直的統合・構造改革をいかに実現するか、というものであった。1972年の第25回大会には、協同組合の金融問題・経営問題をテーマとし、外部資本の導入や株式市場への上場が検討された。
 このように、この時期の国際協同組合運動は、経営の危機とその克服の過程であったと
いうことができるが、しかし、この時期の基調は経営中心志向であり、そこでは、協同組合の思想や本質を軽視する傾向を生み出していったのである。まさに、思想の危機が醸成さて行った時期であったのである。1966年、第23回大会における協同組合原則の改訂は1937年原則を基本的に継承しつつ、協同組合の経営基盤の確立や協同組合間協同が新たに付け加えられたものであった。すなわち、1937年原則の組合員志向に対し、組合志向が新たに付け加わったのである。

レイドロー報告:ICA1980

 かくして、1980年第27回大会における「レイドロー報告」は、それまでの国際協同組合運動を総括し、とりわけ、60・70年代の経営志向にメスを入れ、現状を思想の危機ととらえ、4つの優先課題(@世界の飢えを克服する農業協同組合の役割、A新しい産業革命における労働者協同組合の役割、B保全社会における消費者協同組合の役割、C協同組合地域社会の建設)を提起したのである。またその報告では協同組合の思想や理論・実際におよび、1966年原則の批判・改訂の必要、協同組合セクター論の再評価、組合員と職員との関係、経済目的と社会目的の統一(二重の目的)、協同組合の本質論など、協同組合に対する根源的検討と新しい協同組合の評価など、世界の動向を踏まえた根本的な問題提起であったのある。このようにレイドロー報告は、それまでの国際協同組合運動の経営志向に対する批判報告であり、ICA大会の歩みのなかでは60・70年代のそれとの決別の報告であったのである。

レイドロー以後:ICA1984−1999

 レイドロー報告以降は、レイドローの問題提起がひとつづつ解決してきた過程であるということもできよう。協同組合の思想の検討、協同組合原則の改訂、協同組合の経済目的と社会目的の統一(二重の目的)、地域社会の重視、などがまさにそうである。
 1988年の第29回大会(マルコス報告)、1992年第30回大会(ベーク報告)による、協同組合の基本的価値の検討、協同組合原則の改訂提案を経て、1995年のICA百周年にあたる第31回大会において、「21世紀における協同組合原則」がまとめられ、21世紀の協同組合の基本方向はここに確定したのである。それは、「人間の尊厳を根本において、相互自助と民主主義が経済の効率性を高め、共通の利益を実現するものであるという協同組合の哲学に立脚して、組合員とその地域社会の利益を実現するという協同組合の使命を堅持して、協同組合の定義・価値・原則に基づく。」というものであるということができる。
 95年のICA新原則の特徴は、協同組合が組合員中心主義に立ち返り、あわせて地域社会への貢献等の社会志向を協同組合の最重要な課題としたということができる。職員民主主義の問題を含んだ協同組合民主主義のありかたや外部資本問題などいまだ未解決な問題が残されているが、今後の検討課題とすべきであろう。
 なお、1999年のICA第32回大会は、95年新原則の組合員中心主義を再確認し、あわせて、介護・福祉サービスなど社会目的の重要性が強調されたということができる。
 このように、1980年のレイドロー報告以前と以降とでは、ICAを中心とした国際協同組合運動の基本志向に大きな断絶が存在するということができる。そういう意味では21世紀の協同組合運動の起点をこのレイドロー報告に求めることができる。

レイドロー報告の歴史的地位:ICA105年から21世紀へ

 ICA105年のあゆみのなかでレイドロー報告はどのように位置付けられるか。これまでのICAの歴史を整理する中で結論づけたい。ICA105年の歴史は次のように3期
(5つの小期)を経て発展してきたということができる。
第1期 1895−1937〔協同組合社会建設目標と信頼構築の時代〕
 前期 1895−1913:創立期模索の時代
 後期 1921−1937:協同組合社会建設とロッチデール原則確立の時代
第2期 1946−1976〔協同組合の国際取引・発展途上国支援と経営重視の時代〕
第3期 1980−1995〔協同組合セクター・協同組合地域社会建設目標と新しい協同組合の思想(価値)・理論・原則の時代〕      
   前期 1980−1995:新しい定義・価値・原則確立の時代
   後期 1999−以降:新原則の国際レベル・地域レベルでの普遍化の時代
 ここから、レイドロー報告は、第1期の問題点(理想主義的な協同組合主義)の非現実性を踏まえ、直接的には第2期の経営志向の批判と総括から、協同組合の思想・理論による協同組合の定義・価値・原則に基づいた協同組合セクター・協同組合地域社会建設を課題とする、第3期の時代を切り拓いた起点であるということができる。すなわち、21世紀の協同組合のあり方・方向性は、レイドロー報告を出発点として把握され構築されなければならない。

むすび

 しかし、レイドローの問題提起の重要ないくつかはいまだに解決をみていない。協同組合セクターの確立の課題、協同組合地域社会建設の課題、組合員と職員の関係、職員の位置付けなど、そして協同組合の思想や理論についても未解決であるといえよう。
とくにわが国の協同組合運動の場合、1980年に総合農協が、1992年に日本型生協が国際的に高く評価されたにもかかわらず、「規模の経済」志向や人事を中心としたリストラなど、1990年代のその現実は先に見てきた1980年のレイドロー以前に逆戻りをしている感がある。それは、90年代の経営危機に起因しているのであるが、しかしながら、現在の経営危機は、かつてのそれとは異なったものである。単純な経営危機ではなく、信頼の危機と思想の危機が同時進行の複合化した危機(いわば存立の危機)に及んでいるのである。そうであるならば、その解決はレイドロー以前にではなく、レイドロ−とレイドロー以降に求めなくてはならない。
 このような、世界協同組合運動と日本協同組合運動の大きな落差は、縦割り協同組合という最大の欠陥を有する日本協同組合の現実に基本的に由来するのであるが、わが国に、日本版「レイドロー報告」が欠落していたことにもよるのである。日本協同組合運動の歴史と現実を批判的に総括しなおし、協同組合の思想と理論を再構築し、日本における協同組合の最優先課題を明らかにし、それを共通の認識とすること、日本版「レイドロー報告」がいま日本の協同組合世界に求められているのである。

付表:ICA大会のあゆみ

9月号目次協同総合研究所(http://JICR.ORG)