『イタリア社会的経済の地域展開』

田中夏子　著

日本経済評論社　2004年10月
Ａ５判上製　266頁　本体3700円　 ISBN4-8188-1709-0 C3036

　 本書は、イタリアの非営利協同組 織(とりわけ｢社会的協同組合｣)に ついて、筆者のフィールドワークに 基づく実態把握と、問題意識の整理 を試みたものです。

　 現代社会の中で｢生きにくさ｣ (disagio)を抱える人々が、協同と連帯を媒介に、｢豊かな生｣を模索する、その現場になるべく近いところから、議論を組み立てていくことを心がけました。

　 ｢社会的協同組合｣という特殊な法人組織を中心に論じてはいますが、本書の事例分析や問題意識の提示は、NPOや｢社会的企業｣等をめぐる議論はもとより、中小企業論や職人企業論、あるいは内発的発展を念頭においた地域社会論とも響き合う部分があると考えています。

　 試論段階のものが多く、皆さんからのご批判をいただきながら、不十分な点を引き続き勉強していこうと思います。
　
田中夏子

社会的協同組合とは?

　 イタリアには、生協や農協、漁協、労働・生産協同組合等と並んで｢社会的協同組合｣(cooperativesociali)という呼ばれる協同組合があります。主として、福祉・医療、文化、環境、教育、情報、農業、工芸といった分野で事業活動を展開しており、現在、イタリア全体で約6500団体あるとされています。協同組合の一類型として制度化されたのは1991年のことですが、その前身となる活動は、1970年代から各地で芽生えていきました。

　例えば北東部の町、トリエステでは、1970年代半ば｢脱施設収容｣を掲げて精神医療改革運動が展開し、心病む人々とともに生きる地域社会づくりが進む中で、そうした人々の暮らしや仕事を支える｢社会的協同組合｣の前身が多く生まれていきました。若年の失業問題が深刻なイタリア南部のある町では、子供たちが抱える問題を地域ぐるみで解決しようと、若手の無業者が中心となって教育に関わる協同組合を立ち上げました。また北部の町、トレントでは、難病とともに生きる女性が、障害を持った人々が移動の自由を享受できるようにと、バリアフリーのまちづくりを進める協同組合を、地元の高校生の参加を得ながら営んでいます。ローマでは、難民や移民を中心に、IT事業を軸とした仕事起こしがみられます。

　様々な｢生きにくさ｣を原点としたこれらの運動が、制度化に安住せず、そもそも｢生きにくさ｣を生み出している社会の構造そのものに働きかけていく様子を、現場インタヴューを通じて描き出そうと試みました。
概要
（著者からいただいたデータをもとに作成しましたが、小項目については出版された本とは表現がやや異なっています。 ）

序文

第Ⅰ部　イタリアの非営利・協同とは何か―視点と問題提起

第1章　｢生活の論理｣と｢市場の社会的構築｣を支える土壌
  1. 北東部イタリア社会研究の二つの視点
  2. パットナムの見解:｢互酬性｣と｢市民的積極参加｣の有効性と課題
  3. バニャスコ：｢市場｣の｢社会的構築｣
  4. ｢生活の論理｣｢仕事の文化｣｢地域の論理｣とセイフコティネット論
第2章　暮し・文化とものづくり―ヴィチェンツィアの工房から
  1. ｢社会的経済｣と｢小規模事業者｣主体のイタリアの地方経済の連続性
  2. ｢修復の哲学｣が脈打つ家具工房
  3. 小さな金型工場の試み-ものづくり文化の再生にむけて
  4. 地元の専門高校の生徒たちの考え方
  5. ネットワーク型企業の底流にあるもの
  6. 暮らしと文化に結びついた産業の姿
第3章　イタリアにおける｢社会的経済｣とは何か
  1. ｢社会的経済｣の定義めぐって
  2. イタリア社会的協同組合の発展経過
  3. 社会的協同組合の普遍性と固有性
第4章　フィールドワークの視点と方法
  1. 研究の視点
  2. 調査の枠組み、対象及び方法

第Ⅱ部　社会的経済を担う人びと―事例研究

第5章　社会的協同組合の原基、アソチアチィオニズモをたどる
  1. 社会的協同組合の原基
  2. 農村経営のアソシエーション
  3. 農園再生を核に、社会教育を担う
  4. 社会的資源としてのアソシエーション
第6章　「共に生きる」場の創造―「プロジェットＨ」
  1. アソシエーションから社会的協同組合へ
  2. 「プロジェットＨ」の歩み―「人間に合わせた仕事」を求め続けて
  3. 「プロジェットＨ」の担い手の多様性
  4. 事業体としての拮抗と対話
第7章　事業体としての高度化の考え方―「カレイドスコーピオ(Kaleidoscopio)
  1. 事業のイノヴェーションと当事者参加
  2. カレイドスコーピオの歩み
  3. 自治体との心地よい関係に安住せず
  4. 社会的協同組合と労協の関係
第8章　社会的協同組合におけるボランティア―「ラ・レーテ(La Rete)」
  1. 社会的協同組合におけるボランティア
  2. 社会的協同組合ラ・レーテの取組みから
  3. ボランティアへのこだわりの意味
  4. 社会的協同組合のボランティアの役割
第9章　地域社会に存立する意味―ステラ・モンティス」
  1. 協同組合と社会のつながり
  2. マルチステーク性をめぐる議論
  3. 自治体との関係に関わる問題点
第10章　社会的協同組合と行政のパートナーシップ
  1. 事業委託や入札をめぐる問題点
  2. 事業の受委託からみた、社会的協同組合と地方公共団体との結びつき
  3. 実践的な事例―公示書類を題材に
  4. 契約関係の再構成がもつ社会的な意味
第11章　労働市場の社会的構築―障害者就労支援を例として
  1. ワークフェアを担う非営利・協同事業組織
  2. 社会的協同組合がもたらした雇用政策上の効果
  3. 労働市場の概況と「不利益を被る人々」への就労支援政策
  4. 労働政策の転換における非営利の役割

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